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07 ザックの祈り

 午後三時半をいくらか過ぎた時刻。大陸北部に位置するストリィディア王国の冬の日没は早く、もうすっかりと日は暮れていた。街に夜の帳が落ち、家々に魔法灯の灯りが灯っている。

 人々が家路を急ぐ温かな光に照らされた街路を窓越しに眺めていたザックは、微笑を浮かべて手元の書類綴りに視線を戻した。

 組合(ギルド)員や各部署から提出された報告書類を纏めたものだ。頁を繰って目を通し、不備があるもの――と言っても組合(ギルド)マスターの手元に届くものはほとんどが修正済みで不備はほぼないのだが――は付箋に要確認箇所をメモ書きして再提出の箱に放り込み、問題がなければ最終確認者としてサインしていく。

「――お疲れさん。これで全部だ。直しは年明けで構わねぇから、もう上がりにしてくれ。連中はもう始めてんだろ」

 一連の作業を終えて事務長に書類綴りを手渡しながらそう伝えると、同年代のその男は「マスターも適当なところで切り上げて来てくださいよ」と言い置いて出ていった。

 部屋の扉が閉まるその瞬間、どっと沸く楽しげな笑い声が響き渡る。慰労会の参加者達の声だ。

 どの支部で誰がいつ頃から始めた習慣なのかは定かではないが、いつの頃からか組合(ギルド)の各支部で行われるようになった年末の慰労会は、今では予算にも組み込まれている恒例行事の一つである。この予算に合わせて組合(ギルド)マスターや高ランク保持者からの寄付もあり、抱える冒険者の数が多い都市部の支部ほど盛大に開かれる傾向にある。

「楽しんでんなら何よりだな」

 出資者の一人でもあるザックはそう言いながら席を立ち、手元で保管する書類綴りを書棚に収めた。ほとんどはすぐ手に取れるようにそのまま書棚に保管するが、隣接する書庫内の鍵が掛かる棚に収めるものもいくつかある。

 取引に関する帳簿や顧客名簿、人事関係書類などの部外秘にあたる書類だ。中には所属する組合(ギルド)員がかかわった不祥事の記録も含まれている。

 ――無論、【暁】の事件に関する記録もだ。

 部外秘と押印されたその書類綴りをほとんど無意識に手に取ったザックは、ぱらりとそれを繰った。事件の内容やかかわった者達に下された処分などが詳細に記されてはいるが、それはあくまでもトリス支部内での内容に限られる。

 彼らが移籍した後の顛末までは記されてはおらず、主犯格とされる前任のマスター、ランヴァルド・ルンベックの結末については言わずもがなだ。ただ、解雇処分と記録されているのみ。

 ごく一部の者を除き、ランヴァルドが実は国際問題に発展しかねない重大事件の主犯であり、その後極秘に「極刑」に処されたことは誰も知らない。記録に残されているとすれば、それは王国騎士団本部かトリスヴァル辺境伯家の極秘書類の保管庫だけだ。

 ふと、ランヴァルドの最期の瞬間が脳裏を過ぎる。

 ――処刑人としてこの手であの男を斬った、そのときの感触も。

 あのときの怒りと空虚感は未だに忘れられない。見逃していた、何もできなかった己への怒りもだ。

「……シオリ」

 書類綴りに記された、被害者となった女の名を指先でなぞる。己が保護し、監視対象として預かり、そしていつしか特別な感情を抱くようになった女。

「もう悪夢は終わったんだ。お前には心強い仲間が沢山いる。それに――多分、生涯の伴侶もな」

 恐ろしい死の底から救い出した友人がいる。あの事件に心を痛め、見守ってきた仲間がいる。そして痛みを分かち合い、支え合える恋人がいる。

「お前は一人じゃねぇ。俺達の仲間、俺の妹、アレク(あいつ)の――」

 閉じた瞼の裏に、いずれ近い将来に己の弟分に嫁ぐだろうシオリの花嫁姿が浮かんで消えた。口の端に微かな笑みが浮かぶ。

「――おい、そろそろ終わったか? 皆待ってるぞ」

 ノックの音と共に扉が開き、アレクが顔を覗かせた。いつもの装備を解き、代わりに真っ白な前掛けと三角巾を身に付けた弟分の姿に思わず噴き出す。

 きっと厨房に入ったシオリを手伝っていたのだろう。時折人手が足りなくなる食堂を手伝う彼女に付いて、アレクもまた配膳に手を貸すこともあるのだ。

 大人しく食堂の「正装」に身を包んでいるその姿が妙に板に付いていて、可笑しいやら微笑ましいやらで愉快な気分になったザックは小さく声を立てて笑った。

「……なんだ」

 理由は分かっているだろうに、それでもむっとした表情を見せて問うたアレクににやりと笑ってみせる。

「まぁ、なんだ。案外似合うもんだなと思ってよ」

「言ってろ」

 眉間に皺を寄せてそう返したアレクはしかし、すぐに表情を緩めてみせる。

「切りのいいところで切り上げてあんたも来いよ。若いのがS級冒険者様の話を聞きたがってるぞ」

「話……つったってなぁ」

 A級、S級ともなると新人や若手に話をせがまれることも多いのだが、第一線を引いた身としては些か荷が重い。

 赤毛の頭を掻きながらそう言うと、促すように背を叩かれる。

「自覚はないかもしれんが、あんたには華がある。いるだけでも場が盛り上がるんだ。いいからさっさと顔を出してやれ。若いのが喜ぶ」

「……そういうもんかい」

 どうにも面映ゆい心持ちになるが、悪い気はしない。

 一瞬だけ手元の書類綴りに視線を走らせてから、それをそっと閉じて書類棚に戻す。それから背を向けて先に戻ろうとしていたアレクに声を掛けた。

「……アレクよぉ」

 振り返った彼の栗毛を隠している三角巾がふわりと揺れる。

 これまでの彼からは想像もつかないその姿に、人間切っ掛けがあればどうとでも変わるもんだなと内心思いながらザックは言った。

「幸せになれよ」

 アレクは虚を突かれたような顔をした。目を見開いてザックを見つめていた彼はやがて、力強く頷く。

「――ああ。勿論だ」

 そう言ってから彼は笑った。

「驚いた。実を言うと同じようなことをつい最近言われたんだ。シオリと二人で幸せになれってな」

「へぇ?」

 つまりは同じように彼らの幸せを願う者は他にもいるということだ。そう、自分だけではないのだ。そのことがひどく嬉しい。

 顔を綻ばせたザックはアレクの背を叩く。

「さ、行こうぜ。お前達も適当なところで出てこいよ。店屋物だけでも十分足りてるんだしよ」

 追加の料理は食堂の女将達とシオリの好意なのだが、トリス支部を束ねる立場にあるザックとしては彼らも含めて皆を労いたいのだ。慰労会当日まで彼らに仕事をさせるのは申し訳ないとも思う。

「ああ。もうすぐ料理は出揃う。あんたの言葉も伝えとくよ」

「頼んだぜ」

 シオリが待つ食堂に引き返していったアレクの背を見送り、部屋の扉に錠を降ろしたザックは慰労会の会場である談話室に足を向けた。

 ――この一年で命を落とした者、あるいは引退して組合(ギルド)を去った者もいる。そんな仲間を悼み、惜しんで思い出話に浸る者もいるだろう。それも含めて過ぎ行く年を振り返り、そして労い合うのがこの年末の慰労会だ。

 足を向けた先から聞こえるのは楽しげな笑い声。それらはどれも明るく温かい。

 色々あった一年だったが、来る新たな年が幸多きものであるようにとザックは祈る。

 そうしてまた一年後のこの日を、皆で楽しく穏やかに過ごせるといい。

 そう願いながら、ザックは仲間達が待つ部屋に足を踏み入れた。


ルリィ「一発芸やりまーす」

ルリィ・ペルゥ「フューーーーーーーーージョン!」

雪男「……真ん中で見事に色分かれてますね」

雪熊「色混じって紫色になるのかと」


……王冠被ったでかいやつにもなりません。


次回は慰労会を中継(?)します。

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