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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第4章 聖夜の歌姫

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19 交響詩「ストリィディア」

雪男「いいですよねぇ出番……(ギリィ」

 開演前の講堂内は人々のざわめきに満ちていた。聴衆の興奮と期待が控え室まで伝わり、緊張したのかシオリは胸元に手を当てて深呼吸を繰り返している。彼女の様子に薄く笑ったアレクは、その剥き出しになった肩にそっと手を触れた。

「やはり緊張するか」

「うん……ちょっとドキドキしてきた。前に出る訳じゃないけど、やっぱり……」

 己を見上げて気後れしたように微苦笑するシオリは気もそぞろだ。そんな彼女に微笑みかけながら、露わになった項に掛かる後れ毛を指先でつまむ。

「この格好にさせられたのはさすがに想定外だったしな」

「そうだね……」

 心許なそうに首筋や肩を撫でているシオリの背を、落ち着かせるようにとんとんと軽く叩いてやる。

 ――多くの貴族が臨席する音楽会だ。裏方とはいえそれなりの服装をする必要があると、急遽用意された衣装を着せられてしまった。

 己は漆黒の裾の長い三つ揃えの礼装。帯剣できるよう冒険者向けの特殊な作りになっているエナンデル商会製のものだ。栗毛も整髪料で流行の形に緩く整えられている。

 シオリは淡いラベンダー色の、袖裾のゆったりと広がるフレアが上品なロングドレス。黒髪もそれに合わせて結い上げられ、ドレスと同色のリボンがふわりと結ばれている。

 よくよく見れば二人とも微妙にサイズが合っていないのだが、それは典礼部の専門の者がなんとか頑張ってくれた。可能な限り不自然に見えないよう、上手い具合に着せ付けてくれたようだ。

「……おかしくない? 大丈夫?」

 それでもシオリは不安げだ。王国の成人女性と比べると小柄な彼女に合うドレスは急ぎで手配できる貸衣装にはほとんどなく、若い娘用のものを着せられていた。しかし華美ではないシンプルな意匠ゆえか、さほど不自然には見えない。

『本当に若いお嬢さんが着たら地味でしょうけど、シオリさんくらいのお歳の方なら違和感はないわ』

 着付けを手伝ってくれた女もそう言っていた。

「大丈夫だ」

 アレクは微笑んだ。

「むしろ控えめなお前によく似合っている」

 控室代わりになっている、かつては礼拝堂として使われていたその部屋の柔らかな光を受けて佇むその姿はまるで、月の女神のようだ、と。

 そう思って言い掛けたその言葉は喉元で押し留めて呑み込んだ。それを口にすれば余計に彼女を動揺させるだけだと思い至ったからだ。

「……そっか。それなら……良かった」

 ほんの少し安堵したように微笑んだ彼女に目を細めてみせたアレクは、何気ない動作で周囲に視線を巡らせた。

 先ほどから感じている視線。悪意めいたものはないが、時折向けられるいくつかの視線がいささか気に掛かった。自分に向けられたものではない。これは恐らくシオリに対するものだ。

 どうやらあの幻影魔法による「映像」の演出が気になるらしく、どうにかしてシオリと接触しようと試みている輩もいるようだ。

 しかし隣のアレクを見て躊躇するらしい。王国人でもかなりの長身、それも目付きがかなり鋭いという自覚もある。一般人には近付きがたいだろう。

 己の存在がある程度の抑止力になっていると思えば、やはり彼女と組んで仕事をするという選択は間違いではなかったと思う。

(ただ仕事を依頼したいというのなら構わんが)

 著名な文化人がまさか仕事と称して妙な真似をするとは思いたくないが、異人の女と見れば商売女のように扱おうとする輩はいないでもない。楽壇も華やかなだけの世界ではないと聞く。仕事のために身体を売る者――それを強要する者。そんな後ろ暗い一面もあるのだから。

(――それにしても……)

 ふと先ほどの再会を思い出してアレクは一人苦笑した。

 音楽会への出資者として臨席することは聞かされていたが、あの場でまさかクリストフェルが直に接触してくるとは思わなかった。己へのご機嫌伺い――表向きにはそうは見えなかっただろうが――もあるだろうが、あれはむしろシオリ目当てだったのではないだろうか。

 ザックは敢えて詳細までは語らなかったが、トリスを旅立ったアレク(王兄)と入れ違いに突然、それも不可思議な状況下で現れた異人の彼女は当然情報部の監視下にあったはずだ。とすれば、北部防衛の要であるクリストフェルが知らない訳はない。恐らくザック自ら報告しただろう。

 シオリ自身の人柄が知れた今は好意的に見ているようだが、それでもその女に王兄が入れ込んでいるとすれば、やはり気に掛かるに違いない。

 あの男もまたザックのように己に心を砕いてくれた、言うなればもう一人の兄のような存在であるからだ。

 ――もっともアレク自身はクリストフェルに対する負い目ゆえに、多少の苦手意識を抱いていることも事実だ。

 少年時代。王族として国内の主要貴族である彼とは何度か顔を合わせて会話したことはあったが、個人的にはそれほど親しくはない相手だった。そんな彼が病んだアレクの療養先として辺境伯家の静養地を提供してくれたのだ。いくら王や友人の頼みだったとしても、健康を損ねて出奔した庶子の王子を数ヶ月もの間匿うリスクと労力は相当なものだったはずだ。

 しかし彼はアレクの心情を察したのだろう。療養中も時折様子を見に来る以外は下手にご機嫌伺いに訪れたりはしなかった。本当に穏やかに過ごせるよう気を配ってくれた。

『世話になったと負い目に感じることはない。私は仕事として陛下からの依頼を受けただけに過ぎないのだからな』

 ――恩義などと堅苦しいことは考えずに、気が向いたときにでも遊びに来てくれれば良い、と。どうにか健康を取り戻して街に下りるときも、クリストフェルはそう言って送り出してくれた。

 だから危急の用件で呼ばれることでもなければ敢えて訪ねたりもせず、その言葉に甘えさせてもらっている。

 シオリと同じように、己もまた見守られているのだ。オリヴィエルやザック、クリストフェルに――そして多分、クレメンスやナディアにも。

(……できるだけ早く片を付けて、皆を安心させてやらないと、な)

 華奢な彼女の肩を静かに抱き寄せると、黒曜石にも見紛う瞳が細められた。

 二人で笑みを交わし合い、そして気を引き締め直したそのとき、控室の空気が微かに揺れた。扉が開いたのだ。コニーの顔が覗き、いよいよ開演かと思ったがどうやら違うらしい。視線を巡らせてこちらを見た彼は、連れを三人伴って足早に歩み寄ってくる。

 その背後には瑠璃色の塊が見えた。予想外のスライムの登場に周囲はざわつくが、それに構わずぷるんと震えたルリィはしゅるんと触手を伸ばして振ってみせた。

「……あれって、ヒルデガルドさん?」

 瑠璃色の友人に手を振り返しながら、シオリは首を傾げる。

「……だな。疑いは完全に晴れたのか?」

 ヒルデガルドの両脇を固めているのは自分と同じ三つ揃え姿の男達。しかし帯剣したその姿、そして隙の無い身のこなしから察するに、どちらも騎士だ。

「騎士隊の許可が下りましてね。どうにも落ち着かない様子でしたので、お連れしましたよ」

 お友達とお話しすれば少しは元気になるでしょうから。コニーは眼鏡を押し上げながらそう言って微笑んだ。

 開演直前のこのタイミングで「容疑者」の一人だった人物を連れてくるとはなかなかの豪胆さだが、彼の判断に間違いはなかったようだ。

 親しい友人だったというフェリシアとヒルデガルド。それまでどこか愁いを帯びた表情だった二人は、互いを認識するなりぱっと花が綻ぶような笑顔を見せた。まるで大輪の花が咲いたのではないかと錯覚するほどにその場の空気が華やぐ。

「――やっぱり華があるね。すごいなぁ、周りの空気が変わったよ」

 二人の歌姫の存在感。ただ歌唱力や容姿が優れているからだけではない、その内から溢れる輝きが圧倒的に違うのだ。

「お疲れ様、ルリィ」

 護衛の任を解かれてぽよぽよと帰還したルリィが足元でぷるんと震えた。

「ルリィ君は大活躍だったようですよ。やり手の冒険者ともなると、使い魔も優秀なのですね。昨晩はヒルデガルドさんを護って不届き者(・・・・)を自ら捕らえたそうですから。それに、不安がる彼女を宥めてくださったそうで」

 手放しの賛辞に、ルリィは照れたように身体をくねらせた。その妙に人間的な仕草に噴き出しながら、シオリを真似て魔法で水を出してやる。するとルリィはそれを全て飲み干し、ご馳走様というようにぷるんと震える。

 その様子に目を細め、それから二人の歌姫に視線を戻す。

 それまでの行き違いを正して和解したフェリシアとヒルデガルド。友情を取り戻した二人を仲間達が祝福している。

「良かったね」

「ああ」

 頼れる仲間と信じていた者から裏切られた傷はそう簡単に消えはしないだろうが、その代わりに取り戻したものは貴い。きっとこれから先の二人の友情が揺らぐことは決してないだろう。そんな確信めいた思いを抱く。

「……良かった。本番前にどうかとは思いましたが、何の憂いもない状態で臨んで頂きたいですからね。お二人とも、本当に良い表情かおです」

 豪胆なフェリシアのことだ。憂慮することがなくなった今、最高の歌を披露してくれるだろう。

「……あの」

 手を取り合って親友と何事かを語らっていたフェリシアが前に進み出た。その背後には見守るヒルデガルドやヘルゲ達の姿がある。

「無理を承知で司祭様にお願いがございますの」

 彼女もその後ろに控える者達も皆、何かを決意したような表情だ。

「……何でしょう?」

 ただならぬ彼らの様子にコニーは目を瞬かせた。

「皆様のお陰で事件はほぼ解決し、友人とも和解することができました。わたくし達の仲間が多大なご迷惑をお掛けしたそのお詫びと、そして友人と再び手を取り合うことができたこの喜びを、皆様に歌という形でお届けしたいのです」

 言葉を切ったフェリシアはぐるりと控室を見回した。視線の先には興味津々に成り行きを見守っている音楽家達の姿。

「――素晴らしい音楽家の皆様が、せっかくこうして一堂に会しているのですもの。会の一番最後は、この方々と――そしてヒルデガルドと共に歌いたいのです」

 音楽会の締め括りには、奏者全員で一つの曲を。

 事件で欠員が出なければ、元々最後に演奏するつもりだったというその交響詩。

 歌姫が口にしたある曲名に、室内は静まり返った。互いに目配せをし合い、数拍遅れて小声で話し合う小さなさざめきがそこかしこで起きる。だがそれも束の間、振り返った彼らは力強く頷いた。

「いい提案だ。是非やらせてもらいたい」

「王国人なら誰もが知っている曲です。聴衆の皆さんも参加できますよ」

「そうね。何度も演奏した曲ですもの。楽譜はそらんじているわ」

 口々に言い募る音楽家達に目を丸くしてぽかんとしていたコニーはやがて、大きく頷いた。

「いいでしょう。やりましょう。いえ、是非こちらからお願いします。ぶっつけ本番になりますが、きっと皆さんなら失敗はなさらないでしょうから」

 彼は聖職者にあるまじき不敵な笑みを浮かべて言った。

「もし失敗しても僕が責任を取ります。その上でエルヴェスタム・ホールからはがっぽりと賠償金をふんだくってやりますよ」

 コニーの威勢のいいセリフに皆がどっと涌いた。

 ――熱気が溢れる室内。ただ一人、いささか展開についていけない様子で佇んでいたシオリが訊いた。

「そんなに有名な曲なの?」

「ああ。恐らく国歌よりもな」

 国を象徴する歌曲よりも有名なそれは、曲名に国の名を冠している。

 ――王国の圧倒的な勝利に終わった百五十年前の領土奪還作戦。ドルガスト帝国の圧政から解放されたその喜びと愛国心を情熱的に綴った交響詩『ストリィディア』だ。

雪男「本当に羨ましいですよねぇ、出番(ギリギリ」

ペルゥ「……あ、今雪男が噛んでるそれ、王妃様のドレスの裾」

雪男「えっ」


\(^o^)/



私信:いつも感想メッセージありがとうございます(*´Д`)ノシ

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