12 喧嘩の御相手は承れません(1)
今回の話はちょっと仄暗い感じになると思います。
職業差別やいじめに関する内容です。
でも外せない話だと思うので。
「蛍茸に森海月の傘、月下蝶……確かに受け取った。品質も申し分無い。助かったよ。本当は着いて行きたかったけど、まだ当分は無理そうだしね」
薬師のニルスは依頼の品を大事そうに受け取ると、足をさすりながら苦笑した。普段なら薬の材料の採集は決して人任せにはしないのだが、先日出先で足を負傷してしまい、一ヶ月の安静を言い渡されてしまったという。自宅内の歩行ならそれほど問題も無いのだが、未だに痛みの残る足では、街の外に出るような仕事は当分控えなければならないということだった。
店売りの薬品類の材料ならば自家薬草園で事足りるが、既に受注してしまっていた特殊依頼品の材料ともなれば、危険な場所に分け入らなければ入手出来ない物も多い。そんなわけで、アレクら上級冒険者に依頼される事になったのだった。
「まぁ、無理せずにしっかり養生することだね。なんかあったら、またあたしらが採って来てやるさ」
ナディアの妖艶な微笑みに、よろしく頼むよと返しながらニルスは依頼票に完了のサインを書き込んでいく。それからそれをこちらに手渡そうとして、ふとその眉が僅かに顰められた。ニルスの視線がアレク達の背後に向けられている。不思議に思って振り返ってみるが、店内とその窓の外の景色が見えるばかりだ。
「どうした?」
「うーん……」
ニルスは少しばかり難しい顔をしたまま立ち上がると、やや足を引き摺りながら窓際に移動した。窓の外を眺めながら、何やら思案するような顔つきになる。
アレクは仲間達と顔を見合わせると、同じように窓際に歩み寄る。窓の外は東門に向かう大通りだ。通りに沿って商店街や繁華街が広がり、買い物客や旅行者で賑わいを見せている。ニルスが気にしているのは、そのある一点らしい。
「あそこ、見てみなよ」
ニルスが指し示す通りの向こう側、雑貨屋の店頭で、店の女将と談笑しているらしいシオリの姿が見えた。足元にはぽよんぽよんと愛想を振り撒きながら、道行く人々の笑いを誘っているルリィの姿。すれ違いざまに街着姿の二人連れがシオリに声を掛け、彼女もまたそれに答えて手を振った。店から出て来た客もまた彼女に何事かを話し掛け、それからにこやかに笑いながら歩き去っていく。顔見知りが多く、好かれている様子がよくわかる光景だ。
「シオリ……? が、どうかしたの」
エレンの問いにニルスは頭を振る。
「彼女もそうなんだけど……あの、ほら、あっちのちょっと離れた古書店の脇」
彼の指差す方向に視線を向けると、通行人に紛れて他とは様子の違う三人の娘達の姿があった。冒険者姿のその娘達は、一見すると街角でお喋りに興じているだけのように見える。だが、しばらく観察していると、話しながらも頻繁にシオリの居る方向に目を向けているのがわかる。と、娘達が笑った。あまり、良い笑い方ではないように感じられる。
「……なんだかヤな笑い方だねー」
ぼそりとリヌスが呟く。やはり同じことを思ったらしい。
「どうもあの子達、ここ最近彼女をつけ回してるようなんだよね。いつもああやって、少し離れた所から彼女を見てるんだ。最初は偶々(たまたま)かと思ったんだけど、偶然にしては回数が多過ぎる」
昨日もニルスの店先に陣取り、通りの向こう側で買い出し中のシオリを眺めている様子だったという。ひそひそと話し、時折嘲るような笑い声を上げながら。
「……『雑魚いじめ』ってやつかもしれないね、ありゃ」
「雑魚?」
ナディアの言葉に思わず鸚鵡返しする。ナディアはエレンやニルスと顔を見合わせて苦々しい顔をした。
「あんたみたいな前衛職にはあんまり馴染みがないだろうけどね。後衛職には結構多いんだよ。同じ冒険者からの嫌がらせがさ」
標的への直接攻撃が可能な前衛職とは違い、目に見える形での貢献度が分かり難い後衛職は下に見られる事も多い。それを直接態度で表したものが、いわゆる『後衛職いじめ』と呼ばれるものだ。攻撃力が足りない、安全圏で支援しているだけ、後方で楽をしている等々、とにかく直接戦闘に貢献しているわけでもない者が評価されるのは気に食わないというのが彼らの言い分だ。
「後衛職への嫌がらせの話ならよく聞くが……その、『雑魚』ってのは何なんだ」
「――僕らみたいな薬師とか治療術師とか、彼女みたいな家政魔導士のような、非戦闘員の蔑称だよ。弱くて戦えない、簡単に死ぬ、だから雑魚」
「同じ後衛職の人が好んで使う蔑称なの。攻撃系魔導士とか召喚士みたいに積極的に戦闘参加出来る人達がね。……自分らは後衛でも立派に戦って貢献してるのに、戦いにも参加出来ないようなのが冒険者面してるのはおかしいって」
エレンがニルスの言葉を引き継いで言う。アレクは絶句した。
「何も魔獣と戦って倒すだけが冒険者の仕事じゃないだろう。お前達が支援してくれるからこそ、俺達は存分に力を発揮して戦えるんだ。なのにそんな」
「そう思わない奴も居るってことさ。流石にB級まで上がって来ると、そんな事言う奴はほとんど居なくなるんだけどね。C級くらいまでなら補助職が居なくても力押しでなんとかなったりもするから思い上がっちまうんだろうね。特に初期能力の高い奴らが顕著だよ、雑魚いじめに走るのはさ……見なよ、あの子達」
ナディアが顎で娘達を指し示し、アレクはもう一度彼女たちに視線を向ける。魔法剣士風の出で立ちをした娘の他に、魔導士と、弓使いの娘。
「つい最近C級に昇格した子達なんだけどね。同期より昇級が少しばかり早かったんでちょっと尊大になっちまってさ。新入り相手にご高説をぶっててちょいとばかり鼻に付き始めたところなのさ。でもまさかシオリにちょっかい出してたとはねぇ」
「シオリってば、この間大活躍だったんだろ? どっかの貴族から使者が来てたらしいじゃん。なんかそれで一部から妬まれてるみたいだよ」
つい先日の迷子騒動。救助した伯爵家当主直筆の礼状を携えて訪ねて来たエリアスから、熱烈に謝意を示された事は記憶に新しい。アレクとクレメンスは謝意と共に熱心に握手を求められ、シオリはといえば、救助の際に如何に素晴らしい働きをしたか声高に称賛されながら、贈答用らしい高級石鹸の詰め合わせを押し付けられて困惑しきりだった。
その事で、あまり彼女の事を知らない一部の新人から胡乱な目で見られているらしい。低級魔導士、家政婦風情が何故ああも称賛されるのか、と。
見ているうちに、シオリが女将との世間話に区切りをつけたようだった。女将に手を振って見送られ、東門に向かって歩いて行く。それを見ていた娘達は顔を見合わせて頷き合うと、一定の距離を保ってシオリの後を尾行て行った。
「どうする? 面白くない事になりそうな雰囲気だけどー」
リヌスの言葉に皆唸り声を漏らす。良くは思っていないだろう相手を尾行回すなど、碌なことを考えていないに違いなかった。
「シオリだって伊達にB級じゃないんだよ。それなりにあしらえるだろうさ」
ナディアはそう言うが、エレンとニルスは不安げな顔をした。非戦闘員、質が悪い連中が言うところの『雑魚』として何か思うところがあるのかもしれなかった。
「俺達も行ってみるか」
シオリはB級、娘達はC級とは言え、純粋な戦闘力で言えば娘達の方が遥かに有利だ。考えたくはないが、もし万が一の事態になれば。ナディアらは同意した。やはり心配なのだろう。
「後で結果だけでも教えてくれよ」
そう言うニルスに見送られて、シオリらを追って歩き出した。
MMORPGでも職業蔑視とか所持スキルによっても差別があるくらいですから、リアル世界なら当然ありますよねっていう……。