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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第4章 聖夜の歌姫

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16 痛みと癒し、そして赦し

 深夜、日付が変わって大分過ぎた時間。

 一部を残して楽団員のほとんどは休むように言い渡された。コニーの好意で精神安定効果のある薬湯が届けられ、それを手に彼らは与えられた部屋に戻っていった。

 それから数十分の後、北方騎士隊はあらかたの事情聴取と現場検証を終えてひとまずは引き上げることにしたようだ。

「僕達も休みましょう。色々あった後で眠れないかもしれませんが、横になって目を閉じるだけでも違いますから」

 起床時間は予定の時刻よりも一時間遅くするとコニーは言った。日程に影響しないぎりぎりの範囲だというが、それでもありがたかった。シオリを少しでも長く休ませてやりたい。

「――あの、お二人とも」

 言うか否か幾分躊躇ってから、フェリシアは遠慮がちに口を開く。口調も声色も歌姫らしいものに戻っていた。けれどもあの蓮っ葉な素の口調があまりに衝撃的過ぎて、咄嗟に返事ができずにアレクとシオリは押し黙った。

 それに気付いた彼女もまた口を噤み、しばらく気まずげに視線を彷徨わせてから小さく溜息を吐いた。がしがしと頭を掻きながら苦笑いする。

「……いや、あんたらの前では取り繕うのやめとくわ。なんかもういまさらだしな」

 儚げでたおやかな見た目と粗野な仕草の不均衡に多少の違和感こそあるものの、こちらの方がしっくりくる気がしてアレクはほっと息を吐いた。どうにも取り繕った女は苦手なのだ。己の顔を見上げたシオリが苦笑いしている。

「カリーナは連れていかれちまったし、オレ一人で寝るのも寂しいんだわ。色々考えちまって寝られる気がしねーし。本当はヒルデがいりゃあ一番いいんだけど」

 ちら、とフェリシアはコニーに視線を流すが、彼もその隣の騎士も苦笑しながら首を横に振った。まだ疑いが晴れていない者をそばに寄せるわけにはいかないのだ。それは彼女も分かっているのだろう。

「だから、二人に部屋に来てもらいてーんだ。ベッドに空きはあるからちょうどいいだろ」

 ほんの少し話し相手をしてもらって、そうしたら頑張って寝てみると言う彼女の笑顔には力がない。強がって見せてはいるが、一番信頼を寄せていただろう友人が自身を裏切っていたという事実に打ちのめされているのだろう。

 ちらりと見下ろすと、シオリは微笑んで頷いた。了承の意だ。

「――ああ、分かった。歌姫殿の護衛の依頼はまだ有効だからな」

 その答えにフェリシアはほっとした表情で薄く笑った。


 コニーやその場に見張りとして残った騎士に就寝の挨拶を告げ、フェリシアに招き入れられて室内に入る。現場検証のために煌々と明かりが灯された広い室内の、壁際には寝台が三つ。うち二つは使った形跡が残されていた。

「あ……わりぃ。他人が使ったベッドだとあんま気分はよくねーか」

 寝相が悪いのか、シーツも肌掛けもぐちゃぐちゃに乱れた中央の寝台はフェリシアが寝ていたものらしい。

 もう片方の寝台はカリーナが使っていたのだろう。騎士隊が証拠品を調べるために不要なものを除けたらしく、肌掛けや毛布は取り去られ、申し訳程度に畳んで枕とともに端に積み上げられていた。

 その上には脱ぎ捨てられた寝衣。これはカリーナが着ていたものだろう。仮にも淑女が寝衣のままで室外に出るには抵抗があったのだろうか。先ほどの彼女は昼間見た衣服に着替えていたが、カリーナにしろランナルにしろ、そういう些細な習慣やこだわりを捨てきれないあたり、やはり大掛かりな犯罪には向かない性質のように思われた。

 大人しく刑に服して罪を償い、真っ当な道に戻ってくれればいい。シオリを害そうとしたことに許せない気持ちもあるが、そう思う。

 フェリシアはカリーナが使うはずだった寝台を見て眉尻を下げた。

「……そっちは多分端っこに座ってただけで寝ちゃいねーと思うけど」

 どうやら持ち込んだ本を読むなどして時間を潰していたらしい。近頃の彼女は眠れないことも多く、そうして起きていたことにフェリシアは何の疑問も持たなかったようだ。

「そんでもシーツと寝間着くらいは替えてもらうか」

 気遣ってくれたのだろうが、あと数分で深夜二時になろうとしている時刻だ。人の手を煩わせて時間を取るよりは、自分で整えて休んだ方がいい。そう伝えると、フェリシアは「そっか」と呟くように言ってニッと笑い、そのままぽすんと軽い音を立てて仰向けに寝台に倒れ込む。

「んじゃ、悪いけど両脇のベッド、使ってくれよ。寝間着は……」

「俺はこのままでいい。少し仮眠を取る程度だからな。シオリ、お前は着替えて休め」

 その言葉にはシオリよりもむしろフェリシアの方が驚いたようだ。

「え、あんた、まだ護衛する気でいんの? 犯人は捕まったし、別に寝ちまってもいーんじゃねーの。騎士さんがいりゃ十分だろ?」

 犯人という言葉を口にした彼女の表情に痛みにも似た色が浮かぶのを見て取ったが、それには気付かないふりをした。

「まぁ、そうかもしれんが」

 アレクは苦笑する。

「念のためだ。音楽会が無事終了するまでは気を抜かずにいることにするさ」

 カリーナはランナルを共犯者に挙げたが、事情聴取に当たった騎士の口ぶりでは二人を唆した者がいるような印象を受けた。実際にはその人物は王都で座して待っているだけだったのだが、このときのアレクにそれを知る由はなく、警戒しておくに越したことはないと彼は思った。

「はーん……真面目だなぁ、あんた」

 呆れたような感心したような微妙な表情で彼女が言う。

「でも、本当にいいの? 遠征のときみたいに交代でも大丈夫だけれど」

「今回はお前の仕事がメインなんだ。構わずに寝てくれ。朝、二時間ほど休ませてくれればそれでいい。起床時間よりは早めに起きてもらうことになるが」

 衝立の後ろで着替えを済ませたシオリにそう返すと、ほんの少しだけ逡巡してから彼女は大人しく頷いた。

 未使用の寝台にシオリを寝かせ、枕元の魔法灯に明かりを灯してから室内灯を消す。闇に沈んだ室内の、寝台周りだけが温かい橙色の光に照らされた。

 シオリとフェリシアが肌掛けに包まるのを確かめてから、アレクはカリーナが使うはずだった寝台に腰を下ろした。

 しばしの沈黙。

「……なぁ。シオリさんってこの国に来てどんくらい?」

 夜語り代わりにでもするつもりなのだろうか。フェリシアがぽつりと落とした問いにシオリは目を瞬かせた。

「四年くらいになります」

「東方って言葉も違うんだろ。それはどうしたんだ?」

「保護者代わりになってくれた人達に教えてもらいました。今では頼れる同僚で仲の良い友人なんです」

「へぇ……友達かぁ。じゃあ冒険者のこととかもそいつらに?」

「ええ。お陰でどうにかここまでやってこれました」

「……そっかぁ。じゃ、オレとおんなじだな」

 そう言った彼女の微笑みはどこか切ない。

「シュクジョの立ち居振る舞いなんかは養母かあさんにも教わったけど、正直教え方はカリーナの方が上手かったんだよな。馬鹿過ぎて何が分からねーのかも分からねぇオレに辛抱強く付き合ってくれてさ」

 あいつがいたから今のオレがあるんだ。

 そう言ってから彼女は利き腕で目元を覆った。

「――ここんところ、なんとなくあいつの様子がおかしかったのは分かってたんだ。でもなんでなのかは分からなかった。まさかオレに嫉妬してたなんて……思わなかったなぁ……」

 趣味で歌を習っていたということは知っていた。だがそれは趣味などではなかった。本気だったのだ。本気で歌の世界を目指していたのだ。けれども芽が出ずに自ら見切りを付けて諦めた世界。

 それを後から来た娘が、結果を残せずに終わった己が教えた娘が自身を追い越し、あっという間に頂上に登り詰めてしまった――。

「歌姫の座はあいつと一緒に取ったと思ってた。でもあいつはきっと違ったんだな。あいつが欲しかったものを、オレが盗ったって思ってたんだなぁ……」

 フェリシアとカリーナが歩んだ道を見てきた訳ではないアレクには、全てを察することはできない。カリーナにはなかった才能がフェリシアにはあったのかもしれないし、それ以上に歌に掛ける覚悟がそもそもの初めから違ったのかもしれない。それでも自らが諦めたものを、手塩に掛けて育てた教え子が――親友が手にしてしまったとき、彼女はそれを純粋に喜ぶことができなかったのだろう。

 そして惚れた男でさえも自分ではなく親友に心を傾けてしまったときに、あの女は心の均衡を崩してしまったのに違いなかった。

(――どう足掻いても人の心は自分の思いどおりにはならないのにな)

 例えば、どれだけ謙虚に振舞いどれだけ努力しても認めてはくれなかった宮廷貴族達のように。どれだけ真摯に向き合おうとしても、それを受け入れられずに絶交を言い渡したかつての恋人のように。

 そして人の人生もまた、誰の思いどおりにもできないのだ。それを、カリーナは己の思うままに操ろうとした。親友とその友人の名誉を汚し、人生を捻じ曲げてまでも思いどおりにしようとした――それこそが彼女の過ちだ。

 思いどおりにはできなくとも、己の好いた相手の人生にかかわり、そしてその人生を共に生きていく――そのことにこそ喜びを感じたい。そうありたいとアレクは思う。

 先日の旅で知己を得たアンネリエとデニスのように。

 そして、己とシオリのように。

 ザックもクレメンスもナディアも、異母弟も――全てが異なる人生を送りながら、様々な偶然や奇跡を経て出会った得難き友だ。

「……オレ、さ。あいつのこと許せるかな」

 顔を覆ったままフェリシアは呟く。

「……今すぐには難しいかもしれません。でも、カリーナさんが心から反省して罪を償ったら……そのときに考えればいいんじゃないでしょうか」

 シオリの静かな言葉。それを口にした瞬間彼女の瞳が揺らいだが、顔を覆ったままのフェリシアは気付かない。

 フェリシアはシオリの言葉をゆっくりと呑み込んでいるようだった。改悛したカリーナを許したいという気持ちがあるのなら、そのときにはきっと受け入れられるだろう。

「そう……だな。そーだなぁ。友達で恩人なんだ。危うく台無しにされちまうところだったけどさ、オレ……それでもあいつを」

 続きの言葉はなかった。だが、フェリシアの想いは感じる。

 許せるかな、と言った彼女の言葉。きっとそれは「許したい」と同義だ。

「――ありがとな、話聞いてくれて。少しすっきりした」

 こんな話、かえって知ってる奴らにはできねーしな、とフェリシアは苦笑した。出会って間もない、彼らのことを深くは知らない自分達だからこそ気安く話せたのかもしれない。

「いや、これといった助言はできなかったが、役に立てたのなら何よりだ」

 アレクの言葉にフェリシアは頷き、「んじゃ、寝るな」と言って枕元の魔法灯に手を伸ばす。

「おやすみー」

 ぱちりという小さな音と共に灯りが消えた。それに倣ってシオリも灯りを消し、アレクは警護のために常夜灯に切り替える。

 柔らかな闇に沈む室内。

 やがて、フェリシアの寝息が聞こえ始めた。元々が豪胆な質なのだろう。切り替えも早いのかもしれない。

 アレクは小さく安堵の嘆息を漏らしてそっと立ち上がり、シオリの寝台に静かに歩み寄る。もぞりと肌掛けが動いた。

「……まだ眠れないか」

 話し掛けると、うっすらと目を開いたシオリは小さく頷く。

「ちょっとまだ気持ちが昂ってるかもしれない。なんとなく眠い感じはするんだけど」

 ちらりとフェリシアに視線を向けて寝入っているのを確かめてから、アレクは寝台の傍らに膝を付いた。手を伸ばして柔らかな黒髪を撫でる。

「お前……」

「……うん?」

「大丈夫、か?」

 心から悔い改めて罪を償ったなら、そのとき考えればいい、と。そう言ったときのシオリは何かを思い出しているようだった。それは多分、彼女を害そうとしたカリーナのことではない。

 果たして、彼女は言った。

「……よく分からない。ほとんど皆死んじゃったって聞いたし。けど、最近思い出すようになったの」

 言いながら伸ばされた小さな手を、そっと握ってやる。

「私を捨てた仲間がね。皆じゃないけど、あのとき多分……泣いてたの」

 このまま捨て置けば確実に死に至ると分かっていながら、シオリを迷宮に置き去りにしたかつての仲間達。

 イヴァルは冷たく突き放すように言ったくせに、その言葉の端が震えていた。

 スヴェンとバートは言い訳を並べ立てたけれど、やはり震えて視線を合わせようとはしなかった。

 ラケルは「余所者だし別にいいよね、ね?」と念を押すように言いながら、しゃくり上げていた。

 トーレは……受け入れた訳でもないのに勝手に恋人面をしていたトーレは、ごめんなごめんな、と。泣きそうな顔で何度も何度もそう言っていた。

「――本当は今でも許せないよ。沢山酷いこと言われて、持ってるもの全部取り上げられて、最後には殺されかけたんだもの。目の前に現れたら、ふざけるなって怒鳴りつけてしまうかもしれない。けど……」

 立ち去る間際の彼らから感じたそれが、真実罪悪感であったかどうかは分からない。

 けれども多少なりとも悔恨の念を感じていたというのなら、そう感じるだけのほんの一欠けらでも真っ当な人の心が残されていたというのなら、自分の宙に浮いたままのこの心も少しは救われるのではないか。

 そう語ったシオリのその手が微かに震え、アレクは両手で包み込むようにしてそっと撫でる。

 仮に危害を加えた者が刑に服して罪を償ったとしても、被害を受けた者の心は容易には癒されない。何年経とうとも小さな傷痕となっていつまでも残る。シオリはその傷痕に向き合おうとしているのだ。打ち勝つにせよ、忘れるにせよ、どの手段を取ろうとも自分はそれを見守りたい。支えたい。助けが欲しいというのなら、その手を取って共に戦うのもいいだろう。

 だから彼女が伸ばした手を己は取る。支える者がそばにいるのだと伝えるのだ。

「もし本当に心から悔い改めたというのなら、お前が許そうが許すまいが奴らがそのいずれも受け入れるだろう。だからお前が許せなかったのだとしても、それを気に病む必要はない」

 人知の及ばぬ領域にある裁きの場へと向かった彼らにどのような判決が下されたかは神のみぞ知る。だからシオリがそのことに煩わされる必要はないのだ。ただただ、その傷付いた心を癒していけばそれで良い。

「――そう、俺は思っているよ」

 黒曜に見紛う色の瞳が微かに揺らめいた。それから笑みの形に細められる。

「……うん、ありがと。やっぱり優しいなぁ、アレクは」

 伸ばされたもう片方の手が己の頬に触れた。

 引き寄せられるようにしてその唇に己のそれを重ねる。

 ――軽く触れ啄むだけの口付けはしかし、互いの傷を癒し合うかのように柔らかく、温かかった。

フェリシア「正直濡れ場デバガメるのも嫌いじゃねーんだわ」

ルリィ「濡れてない濡れてない。まだ濡れてない」

住み込み雪男「時間の問題じゃないですかねぇ……」

ペルゥ「……そのスケッチブックと鉛筆は何」

雪熊「さらっと誰か混ざってるのは誰も突っ込まないのか」



本編ではちゃんと寝てますよ。寝てるの確認済みですよ。

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