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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第4章 聖夜の歌姫

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09 怪しい女

 あと十数分で午後三時という時刻。遅い昼食後の茶を飲み終えて一息吐いた頃には、既に日は沈みかけていた。年末近くになると日の出が午前八時を過ぎ、そして午後三時前には日没を迎えるこの国は、日本と比べて随分と日照時間が短い。

(……本当に日が短いんだなぁ……)

 フェリシア達が午後の練習の準備をする間に薄暗くなった窓の外を眺めていたシオリは、雪の中を巡回する聖堂騎士の姿に目を止めた。

「……増えたな」

 主語はなかったけれど、アレクの言葉の意味を察してシオリは頷いた。

「うん。警備を強化したんだね」

「ああ」

 日中より明らかに増えた歩哨の数は、厳戒態勢と言ってもよいほどだ。歌姫一行の騒動に事件性が認められたということなのだろう。

「事と次第によっては損害賠償ものかもしれんな」

「そうだね……」

 外部の人間の仕業ならまだしも、もし本当に内部の者による犯行だとしたら。

 王都のトップスターを呼び寄せるために支払った依頼料は決して安くはなかったはずだ。それを当の彼女達によって音楽会を台無しにされれば聖職者と言えどもさすがに黙ってはいないだろう。毒物によって楽団は現状ほとんど機能せず、それを補填するために別料金を支払って冒険者を雇わなければならなかったのだから、失敗は避けられたとしても何らかの抗議はなされるのではないだろうか。

 二人してなんとも言えない気分で窓越しの光景を眺めていると、入り口の扉が軽く叩かれた。フェリシアの入室を許可する声を待って、些か疲れた表情のコニーが入ってくる。彼は奥のフェリシア達に向かって小さく会釈しながら、こちらに足早に歩み寄った。

「……いやはや……大変でした」

 言いながら彼は、眼鏡を押し上げて草臥れた顔をへにゃりと崩した。

「騎士隊との交渉はなんとか上手くいきました。これ以上の騒ぎを起こして無関係の人を巻き込むのは困ると大分渋られましたが、最終的には大司教にまでお出まし頂き、出資者である辺境伯閣下のお名前も出してどうにかこうにか――まぁ、条件付きで本格的な事情聴取は明日以降ということにして頂きました」

 このあたりは厳格な日本の警察だったらそうもいかなかったのだろうけれど、騎士隊にはある程度の事情は考慮してもらえたようだ。訊けば辺境伯は有事の際には北方騎士隊を率いる立場にあるという。騎士隊としては彼の顔を立てる必要もあったのだろう。

「それは……良かったです。では音楽会は予定どおりに?」

「ええ、勿論。ただ、万一に備えて騎士隊の方々を何人か聖堂騎士に変装させて紛れ込ませることになっています。それに簡単な聴取と証拠品の回収はしておきたいということで、今楽団の方々は施療院で取り調べを受けていますが、終わり次第歌姫と合流したいという方もいらっしゃいました。何人かは精神的なショックが大きく、明日まで待っても参加は難しい様子ではありましたが……このあたりは僕の一存では判断いたしかねますので、フェリシアさんのご意見を伺ってからということになりますね」

 編成が変わることでまた曲目が変わるかもしれない。目まぐるしい状況の変化に混乱は避けられないだろうけれど、そこはプロとしてなんとか乗り越えてもらいたいとも思う。自分もそれなりの心積もりをしておかなければと、シオリは深呼吸した。

 アレクの意見はどうなのだろうかと背後を振り仰いだシオリは、彼が眉間に皺を寄せてあらぬ方向を見ていることに気付く。

「……アレク。どうしたの?」

 紫紺の瞳を鋭く細めた彼は、無言のまま視線で窓の方向を指し示した。ちらりと窓を見る。すっかり日が落ちて暗くなった窓に室内の光景が映り込み、窓の外の様子は見えにくい。鏡のように映った室内の方がよく見えるほどだ。

 その室内のある一点に気付いたシオリは小さく息を呑む。

 ――見ている。

 相変わらず窓の中の人々の表情まではよく見えなかったけれど、それでも誰がどこを向いているのかははっきりと分かった。フェリシア達が手元を動かして作業しているのは分かる。ただ一人を除いて。

「……どうかなさいましたか?」

 不思議そうな面持ちでコニーが訊いたが、それには曖昧に返事をしてやり過ごした。

「で、彼女達はどうする。また状況が変わった訳だが」

「ええ。これから説明させて頂こうかと思っておりますよ。こうなってしまっては仕方ありません。お互いに腹を括らなければ」

「分かりました。ではこちらもその心積もりでいますね」

「ええ、よろしくお願いしますよ」

 コニーはくっと唇を引き結んで短く息を吐くと、準備を終えるところらしいフェリシア達に歩み寄った。


「――毒!? 毒って……一体どういうことですの!?」

「皆さんは大丈夫なんですか!?」

「なんて恐ろしい……」

 コニーから「事件」の説明を受けた彼女達は、皆一様に蒼褪めた。フェリシアが口火を切るのを皮切りに、それぞれが不安や疑問を口にする。

 とりあえず落ち着くようにとどうにか彼女達を宥めたコニーは、眼鏡を押し上げながらも厳しい表情を緩めずに続けた。

「毒は治療術師によって全員解毒しました。後遺症もありません。ただ」

 ほっと安堵の息を吐いて弛緩しかけた空気を、コニーは継いだ言葉で硬いものに引き戻す。

「感染症ではなく毒物を用いた事件の可能性がありますので騎士隊に通報しました。これによってフェリシア嬢と随行の方々全員が騎士隊の監視及び保護下に入ります。また、被害に遭った楽団員の方々は現在聴取を受けております」

 告げられた事実に一瞬場は静まり返る。その意味するところを即座には理解できなかったのかもしれない。それはそうだろう、騎士隊扱いの事件に巻き込まれるなど、そうそうあるものではないのだから。

 しかしコニーの言葉の意味が浸透するにつれて、それぞれが著しい反応を見せた。多くは蒼褪めたまま瞠目して固まっているか、犯罪者扱いともとれる言葉に顔を朱に染めるかのいずれかだった。

 最も激烈に反応したのがフェリシアとカリーナの二人だったが、その様子は驚くほど対照的だ。

「それでは皆様にわたくしの歌をお届けできないと仰るのね? 楽団の方々に毒を飲ませてまでわたくしの邪魔をしたい方がいらっしゃるというのね? わたくしの邪魔をなさりたいならわたくしを直接どうにかなさればよろしいのに!」

 白い肌を紅潮させ、可憐な容姿には不釣り合いなほどの苛烈さを見せたフェリシアに対して、すっかり顔色をなくして紙のような色になったカリーナはそれでも冷静さを崩さなかった。ただ、激情を宿した瞳の異様な輝きは隠しようもなく、その空恐ろしさにシオリは密かにぞっと身を竦めた。

 カリーナはフェリシアを肩を抱いて宥めると、神経質そうな細い眉をきりりと吊り上げてこちらに向き直る。

「どういうことなのです? 我々は被害者なのですよ。それを保護ならまだしも監視下におくなどとは無礼極まりません。これではまるで犯罪者扱いではございませんか。いかに大聖堂の司祭様と言えど我慢なりません。支配人を通して厳重に抗議――」

「申し訳ありませんが」

 不快感を露わにして捲し立てるカリーナの言葉に被せるようにコニーが口を開いた。

「まるで、ではなく事実そのとおりなのです。最初に感染者が認められてからその後の状況に不審点が多く、内部の者による犯行が極めて高いと判断いたしました。確かに貴女方は被害者ではありますが、それと同時に容疑者でもあるのですよ。もしこれが原因で音楽会の中止、ひいては生誕祭そのものの開催が危ぶまれるようなことになれば、事と次第によってはむしろこちらから損害賠償を請求させて頂くことになるかもしれません」

 国内外に名の知れた祭で事件を起こして主催者であるトリス大聖堂から損害賠償請求されたとなれば、歌姫や楽団を抱えるエルヴェスタム・ホールにとってはこれ以上ない醜聞だ。信用は地に落ち、ホールの経営が成り立たなくなるかもしれない。

 ――歌手と楽団一つを解雇して済まされるような話ではないのだ。

 この言葉にカリーナは蒼白を通り越して土気色になった。事の重大さにようやく思い至ったのだろう。何か言い掛けて口を噤み、必死に内心の動揺を押し殺そうと努めているようだった。けれども身体の震えは隠しきれず、唇の端が戦慄いている。

「……ヒルデガルド……」

 カリーナは絞り出すようにして一つの名前を口にした。

「ヒルデガルド・リンディの仕業ですわ。きっとそうに決まっています。今までだって何度も嫌がらせを――」

 コニーはちらりとこちらを見た。隣のアレクは小さく頷いてみせる。

「……そのヒルデガルドさんですが、現在聖堂騎士団にて保護しております」

 この言葉にフェリシアは目を見開いたが、カリーナはぱっと顔を輝かせた。驚くでもなくむしろ喜ばしいといったその表情。状況にそぐわない彼女の様子にシオリは眉を顰めた。目の前のコニーもまた似たような表情をしているあたり、何かを感じ取ったに違いなかった。

 違和感。

「まぁ! ではやはり彼女が! きっと……きっとフェリシアが失敗するのを嘲笑いに来たに違いありませんわ。それどころかフェリシアの舞台を乗っ取って自分の評判を高めようと――」

 鬼の首でも取ったかのような高揚ぶりに薄ら寒くなったシオリはそっと目を伏せた。

(これはもう――)

「……黒だな」

 アレクがぽつりと落とした呟きに同意するよりほかはない。しかしフェリシアも含めた周りの女性達は異常事態に思考が麻痺しているのか、カリーナの異様な様子に気付いてはいないようだった。

「そういう思惑があるかどうかまでは分かりませんが、彼女もまた容疑者であると同時に被害者である可能性が示唆されています」

「ヒルデが被害者ですって? どういうことですの?」

 かつては親しかったというヒルデガルドが被害者かもしれないという言葉にフェリシアが反応した。その問いに今度はアレクが答える。

「フェリシア殿の名を騙る何者かに呼び出されたようだ。貴女の筆跡を真似て書かれた手紙を持参していた」

「わたくしを騙って? 筆跡を真似た手紙?」

「ああ。手紙には偽造を示唆する不審な点が複数認められた。その文面もまるで事件を予見するかのような内容でな。しかも読んだ後は焼き捨てるように指示して証拠隠滅を図るという周到さだ。焼き捨ててしまえば疑惑の目はヒルデガルド殿に向けられるが、焼き捨てなくてもフェリシア殿に疑いが掛かる――という訳で、フェリシア殿とヒルデガルド殿の両方に何らかの悪意を持つ者の犯行ではないかと我々は見ている」

 そこまで言ってアレクは言葉を切る。水を打ったように静まり返る室内。

「まぁ、いずれにせよ騎士隊が詳しく調べてくれるだろう。この手紙を彼女に配達したという配達人も含めて――な」

 フェリシアは蒼褪めたまま、エメラルドのような美しい碧眼を丸くして立ち尽くしていた。しかしそれも束の間、白い頬を微かに上気させて安堵したようにゆっくりと息を吐いた。

「それでは――ヒルデは、犯人ではありませんのね?」

「まだ決まったわけではありませんが、その可能性は高いのではないかと」

 コニーの言葉にフェリシアは嬉しそうに微笑んだ。

「良かった……ヒルデとは一時期はとても仲良くしていたんですの。最近はお互いに忙しくてすっかり疎遠になってしまったけれど、もう少し落ち着いたらまた前みたいに……って、あら? では今までの嫌がらせはどうなるのかしら」

「それは本人が否定した。全面的に彼女の言い分を信じた訳ではないからなんとも言えんが、それも今回の事件と関連が認められれば騎士隊の調査が入るだろう。王都騎士隊の管轄にはなるが、まぁそのあたりは北方騎士隊が上手くやるだろうさ」

「そうですのね。でも」

 フェリシアは微笑んだ。

「わたくし、彼女を信じていますわ。だって――お友達なんですもの」

 汚れのない笑み。心からの笑みだ。

 ――目を見開いたまま土気色の顔を俯けてしまったカリーナとは対照的な――。

「……ともかく、そういう訳ですので申し訳ありませんが、皆さんは聖堂騎士団及び騎士隊の保護下に入って頂きます。音楽会は予定どおり開催し、皆さんにも参加して頂きます。施療院の皆さんも聴取が終わり次第合流したいとのことですから、これは後で時間を取りましょう。終了後の処遇については騎士隊に完全に任せることになりますが、どうかご理解ください」

「分かりましたわ」

 黙りこくってしまったカリーナに代わり、フェリシアは頷いた。不安そうに視線を交わし合う女性団員達を落ち着かせるように微笑んでみせる。

「事件のことはそちらに全てお任せいたします。わたくし達は音楽会に全力を尽くしましょう。こんなことで失敗するようではプロを名乗れませんもの。必ず成功させてみせますわよ」

 歌姫の力強い言葉。それに元気付けられた彼女達もまた笑みを浮かべて頷き合った。

 話は纏まったようだ。振り向いたフェリシアがシオリの手を取った。

「多分……わたくし達のトラブルに巻き込んでしまうことになるけれど、シオリさんもどうかよろしくお願いいたしますわ。アレクさんも」

 魔法灯の光を映し込んできらきらと星をまぶしたように輝く瞳に見つめられて、二人もまた頷いた。

「せっかく素敵な映像も決めたのですもの、なるべく曲目は先ほど決めたものから変えないようにするつもりですわ。一、二曲はもしかしたら元々演奏予定だったものになるかもしれませんけれど……それはよろしくて?」

「ええ。ただ私の想像力にも限界がありますから、変更がある場合はなるべく多くの助言を頂けると助かります」

「勿論ですわ――ああ、俄然やる気になりましたわよ。どこのどなたかは存じ上げませんけれど、皆様のための音楽会を『困ったさん』の好きにはさせなくてよ」

 ふんす、と鼻息が聞こえそうな勢いで宣言したフェリシアに、シオリはつい噴き出してしまった。


 扉を叩く音と共に聖堂騎士が顔を覗かせ、コニーに目配せをした。フェリシア達に会釈してから立ち去る間際、アレクの前で足を止めた彼は、彼女達には聞こえないような低い声で言葉を落とした。

「――僕は一時期教戒師を務めていたことがありましてね。受刑者と対話しその懺悔に耳を傾け、そして教え諭す――そういうお仕事でした。多くは罪を深く悔い改め己を見つめ直してくれました。しかし、中にはどうしても自分の罪を認められない者もいましてね。これは冤罪だ、自分は悪くない、こうなったのは周りのせいだとそのように訴えてくる者もいました」

 眼鏡の下の瞳が悲しげに歪み、そして微かな不快感を滲ませる。

「あのときの彼女(・・)の顔は彼らによく似ていましたよ。あれは――自分の罪を正当化して他者に責任転嫁しようとする者の顔だ」

 しばしの沈黙の後に、彼は苦笑いした。

「……いや、証拠もなく犯人だと決めつけるのはよくありませんね。しかし監視は特に強化しましょう――カリーナ女史を重点的に」

「……ああ。そうしてくれ。俺達も最大限に警戒することにする。下手人は彼女一人とは限らんからな」

 コニーはそれに目礼で返し、そして部屋を出ていった。

 何食わぬ顔で室内に視線を戻す。

 楽団と合流するまでの時間も惜しいと練習を始めたフェリシア達を眺めていたアレクは、肌を撫でる独特の感覚に気付いて密かに臨戦態勢に入る。

 微弱な魔力の流れ。これはシオリのものとは違う。魔法を繰り幻影を映し出していた彼女も気付いたのだろう、仕事の手は休めないまま、やはり警戒しているのが分かった。

(……まさかこの場で襲ってきたりはしないだろうが)

 動揺と昂る心を抑えきれなくなったのだろう。表面的には平静を取り戻したようでありながらも、仮面のように無表情な顔に仄暗い情念を宿してシオリを見つめるカリーナの、その身体から滲み出るのは刺客が放つものと同種のそれ――極めて微弱な、しかし明らかな敵意交じりの魔力だ。

ルリィ「これで黒幕がコニーだったらびっくりだよね」

コニー「やめてくださいよないですよ!!」


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