11 迷子の捜索承ります・後日談(※黒いG的なアイツの話注意)
二話同時投稿です。
前の話を未読の方はそちらから。
なお、今回の後日談は「黒くてカサカサ移動するアイツ」と「孵化したら蝶とか蛾になるアイツ」の話です。苦手な方、食事中の方はご注意ください。
ザックはそれと対峙していた。向かうところ敵無しとまで称えられた元S級冒険者のその双眸は、今は恐怖の色を浮かべている。手にした得物を持つ手が震えた。
神聖なる居城に図々しくも上がり込んだその黒光りする侵入者は、長い触覚を不規則に揺らしながら、かさり、と彼の目の前で身動ぎした。
「うわああっ!」
みっともない悲鳴が漏れるが、今ここには彼しかいない。存分に恐れ慄き悲鳴を上げても誰も見咎める者は居ないのだ。しかしそれは同時に、ここに彼を助ける者は居ないという事も意味していた。だからこそ、彼はただ独りきりでそれと対峙しなければならなかった。
冷涼な気候の土地では本来繁殖しないはずのそれ。温暖な国外からの輸送船に紛れ込んでいた一部の個体が、寒冷地に適応して繁殖したものらしかった。
それが死ぬほど苦手なザックは、それの討伐に苦慮していた。突如室内に現れたそれに半ば発狂状態になった結果、愛剣でバッサリと真っ二つにしてしまい、半泣きになりながら胴体が生き別れになったそれの始末と、それの体液がこびり付いた愛剣の手入れをしたのは、己の人生における最大のトラウマ体験である。駆け出しの頃に巨大芋虫の触手に捕まり、危うく食われかけた時の衝撃を遥かに凌駕する想い出だ。
大蜘蛛や大百足のように、それの巨大化版の魔獣が存在しないのは僥倖であった。そんなものが目の前に出て来た日には、見ただけで死ねる自信がある。
皆はこの悍ましい生物をどう始末しているのだろうか。疑問に思って仲間達に訊いた事があるが、クレメンスは「追い立ててなんとか部屋の外に出て行ってもらう」という極めて消極的な対処法を目を泳がせながら呟き、ナディアは「そんなもの火魔法で消し炭だよ」などと何の参考にもならない事を言った。可愛い妹分に至っては「柔らかい紙の上から手掴み。一番確実だけど」などという世にも怖ろしい事を涼やかな顔で言い放った。
そんなわけで、結局半狂乱になってそれを追い立てながら丸めた新聞紙で叩き潰し、涙目で後始末をするというのがお決まりの流れであった。
だが、先日極めて効果的な対処法を小耳に挟み、今こうして実行に移そうと試みているのである。利き手に構えるのは石鹸水を詰めた霧吹き器。量さえ作れれば大蜘蛛の大群すら十数秒で死に至らしめるという、お手軽にして最強の武器である。
(さあ、最強の武器の威力、見せてもらおうか!)
霧吹き器を持つ手に力が入る。かさかさと移動していたそれがぴたりと止まった。
(――今だ!)
その瞬間を見逃さず、瞬時に霧吹き器のレバーを引いた。ふわりとした清潔な香りとともに、霧状の石鹸水がそれに吹き付けられる。それはもがくように脚をばたつかせながらも、なんとか逃れようと泡塗れのまま逃走を試みた。だが、いつもは素早いはずの動きが徐々に速度を落としていく。止めとばかりにもう一度吹き付けた。それは痙攣のひとつもしないまま、静かに事切れた。
「……すげぇな」
ザックは思わず呻くように呟いた。確かにこれは効く。効果は絶大だ。本当に数秒足らずで片が付いてしまった。次からはこれに頼ろう。そう思ってから、はたと気付く。
目の前には石鹸水に塗れて事切れたそれの姿。
「……」
けりが付くのがどれだけ早かろうが、後始末の手間は変わらない。その事実に気付いてしばしの間呆然と立ち尽くしたザックは、やがてがっくりとその場に膝を付いた。
『柔らかい紙の上から手掴み。一番確実だけど』
シオリの言葉が頭を過る。
「……あいつ、すげぇな……」
彼女と一緒に暮らせば、それの駆除も引き受けてくれるだろうか。
実に些細な理由で妹分との同居を半ば本気で考え始めたザック、四十歳の秋である。
私はティッシュの上から手掴み派です。
一番確実ですし(´∀`)




