08 名探偵アレク?
イェンスに勧められるままにヒルデガルドが椅子に座り、向かい合うようにしてシオリとアレク、そしてコニーも腰を下ろした。最初アレクは立っているつもりだったらしいけれど、長身で目付きが鋭い彼が見下ろすようにして立つと威圧感があるからと、多少強引に座らせたのだ。
イェンスはまるで彼女の保護者のようにヒルデガルドの隣に座り、ルリィはシオリと彼女の間に陣取った。
不安げだったヒルデガルドは、ルリィにぺたぺたと足元を叩かれてふっと笑い、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。別行動していた間に仲良くなったらしい。
(……迷子とか心細そうにしてる子とか、そういう子の扱いが上手なんだよね)
トリスに来たばかりの頃のルリィはそれほどでもなかったのだけれど、しばらく暮らしているうちにどこで覚えてきたものか、そういう気配りのような仕草が多くなった。優しくて親切な人が周りに多いせいだからなのかもしれない、そう思いながらシオリはくすりと笑った。
皆が腰を下ろして落ち着いたところで、コニーが眼鏡を押し上げながら居住まいを正す。
「さて、ではあまり時間もありませんので手短に参りましょう。僕はトリス大聖堂典礼部所属のコニー・エンヴァリと申します。明日開催予定の音楽会の責任者を務めております」
「私は冒険者組合トリス支部所属、シオリ・イズミです。音楽会のお手伝いをさせて頂いています。そちらのスライムは私の使い魔のルリィです」
「同じく、アレク・ディアだ。参加者の護衛を引き受けている」
「……私はヒルデガルド・リンディです。王都のエルヴェスタム・ホールで歌手をしています。あの……」
いまいち置かれている状況が分からないといった様子でヒルデガルドは不安げに皆の顔を見回す。
「このようなことをお訊ねするのは心苦しいのですが……貴女がフェリシアさんのお知り合いで、歌手のヒルデガルドさんである証拠は? 何か証明するものはお持ちですか?」
「えっ……」
コニーの問いに言葉を詰まらせてしまったヒルデガルドは、しばらく考えてから、いいえ、と呟くように返事した。
「フェリシアさんに会いに来たということですが、身元の分からない方を彼女に会わせる訳には参りません。知り合いだと偽って彼女に近付こうとする方も少なくないものですから」
「ああ……そうですね。仰るとおりです。私も同じような経験がありますから、それは分かります」
ファンだから、昔の知り合いだからと何かしらの理由を付けて、贔屓の歌手に会おうとする輩がいるのだと彼女は言った。
「ホールに問い合わせてもらえれば一番いいんですけど、それだと時間が掛かりますしね。あとは……うーん、先月発売したシェルヴェン出版の歌手年鑑に絵姿付きで載せてもらいましたから、もしこっちでも売られてたらそれを見てもらうくらいしか……あ、それとも今何か歌いましょうか?」
イェンスとコニーが意見を求めるようにこちらに視線を流す。
ちらりとアレクを見ると、じっと彼女を見据えていた彼は少し考えてから、いや、と首を振った。
「とりあえずは信じていいと思う。これでそつなく身元の証明になるようなものを用意してきていたら、かえってそっちの方が怪しいところだったが」
用意周到にし過ぎてむしろ不自然になってしまうというのはありがちなことだと彼は言った。
「ただ、じゃあフェリシア殿に会わせてやれるかどうかというと、それはまた別問題なんだが」
「え……っと、どういうことですか?」
「実は今少し差し迫った状況になっておりましてね。結論から申し上げますとヒルデガルドさん、貴女は今かなり難しい立場に置かれています」
場の責任者であるコニーが説明を引き受け、その彼の言葉にヒルデガルドは身を硬くする。
「明日開催予定の音楽会、このトリを務めることになっている歌姫の楽団のほとんどが感染症の疑いで現在治療中です。ここまでは貴女もお聞きになっておられるのですよね?」
「……はい」
「この感染症ですが、感染経路やその後の状況に疑わしい点がありまして――調べた結果、毒物による中毒であることが判明しました」
「ど……毒!?」
ぎょっとして腰を浮かせたヒルデガルドをイェンスが宥め、彼女は蒼褪めたままゆっくりと腰を下ろした。
「皆さんは……大丈夫、なんですか」
瞳を恐怖に見開き唇の端を戦慄かせて訊くその様子を見て、シオリはほんの少しだけ眉尻を下げた。
――とても演技であるようには見えない。もしこれが演技だというのなら、よほどの女優だ。けれどもそれを否定できるほど彼女に関する情報を持たない以上、この件に何のかかわりもないと言い切れないのも事実だ。あるのは「トップスターの座を巡ってフェリシアと対立し、悪質な嫌がらせを繰り返している」というカリーナの言葉のみ。
(――カリーナさん、かぁ……)
何がどうとは上手く説明できないのだけれども、薄っすらとした敵意、警戒心のようなものがふとした瞬間に感じられて、どうにも居心地が悪い。これと言って思い当たる理由がないだけに、なおさら。
「――魔法で完全に解毒しましたよ。皆さんかなり動揺しておられるようではありますが、幸い後遺症もなく疲労以外に特に目立った問題はないようです」
「そう……ですか。良かった、楽団にはちょっと仲の良い人も何人かいるんです。でも、毒なんて、どうして……」
知人の無事を聞いてほっと胸を撫でおろし、そして再び表情を曇らせたヒルデガルドにコニーは痛ましげな視線を向けた。ほんの僅かに躊躇い、それから言いにくそうに口を開く。
「それはまだ分かりません。が……今回のこの騒ぎを、フェリシアさん達は貴女の仕業ではないかと疑っているのですよ。貴女が彼女を妬んでやったことなのではないかと」
ヒルデガルドは目を見開いて何か言い掛け、そのまま言葉が出ずにゆっくりと口元を押さえる。
「――これまでにあった嫌がらせも貴女によるものだと、そう伺いました」
重苦しい沈黙が下りた。
そのまま俯いてしまった彼女を二人の聖職者が気遣わしく見やる。ちらりと見た隣のアレクは顎先に手を当てたまま眉間に皺を寄せ、じっと彼女を観察しているようだった。彼女の人となりを見定めているのかもしれない。
「……確かに、どんどん人気が出ていくフェリスに嫉妬していたときもありました。少しきついことを言ってしまったこともあります。一時期は私があの子に嫌がらせしてるって噂が立ったこともあったけど、それでむしろ逆に迷惑だって思ったくらいなの。でも、あるとき歌に対する覚悟が私とは全然違うんだって知って――そういう嫌な気持ちは吹き飛んじゃいました」
ヒルデガルドの手を、しゅるりと伸びた瑠璃色の触手が優しく撫でる。泣きそうな顔で見下ろした彼女は、しばらくじっとルリィを眺めてから、少し無理をして口元を笑みの形に引き上げた。
「私みたいにのんびり屋で今が良ければいいやーって、そういうのとは全然違うの。ずっと先のことまでちゃんと考えてて……だから、あそこまで頑張るのは無理でも、あの子を背中を追い掛けるくらいなら私にもできるかなって、そうしたら私でもあの子の二番手くらいにはなれたんです。今では感謝してるくらい。だから嫌がらせなんて……まさか毒まで使うなんてそんなこと。でも、そっかぁ……」
じわ、と滲んだ涙がぽろりと落ちる。
「やっぱりフェリスには疑われてたんだ……」
嗚咽し始めてしまったヒルデガルドの背を、子供をあやす様にイェンスがそっと撫でた。コニーはこういった事柄に慣れていないのか、目に見えて狼狽え始めた。
シオリはそっと立ち上がると、ヒルデガルドのそばに寄ってハンカチを差し出した。彼女は俯いたまま、ありがと、と小さく言い、受け取ったハンカチで目元を拭った。しゅるりと膝の上に上ったルリィを、そのままぎゅっと抱き締めて顔を埋める。
彼女の言うことを全て信じた訳ではない。良い人だと思っていた人に裏切られて恐ろしい思いをしたからこそ、初対面の人間にあまり信用も期待も寄せないようになってしまったけれど、でも。
(――信じたいって、思うなぁ……)
ヒルデガルドがフェリシアに寄せる、その想いを。この流す涙を。
「……アレク」
「……ああ」
先ほどからずっと考え込んでいるアレクに声を掛ける。彼は頷き、背凭れに預けていた身体を起こした。
「ヒルデガルド殿」
「……は、い」
しゃくり上げながらも顔を上げた彼女に、アレクは言った。
「ヒルデガルド殿の言ったことを全て信じた訳ではない。が、だからと言ってフェリシア殿を全面的に信じている訳でもない。双方の言い分に食い違いがあり、なおかつ現状王都での出来事について検証することができない以上、こちらとしては慎重に対応せざるを得ない――というのは分かってもらえるか」
「……はい。私は、フェリスには会わせてもらえないということですよね」
「ああ、そうだ。だが、だからと言ってこのまま帰す訳にもいかない」
アレクの言葉にヒルデガルドは涙に濡れたままの目を見開いた。
「えっ……あ、そうなんですか?」
「全面的に信用するだけの確証が得られないということは、ヒルデガルド殿がやはり今回の事件の黒幕である疑いは払拭できない。容疑者をみすみす逃すわけにはいかないんだ。しかし――それどころかむしろ、逆に巻き込まれた被害者である可能性もある」
ぎょっとして身を強張らせ、力が入ってしまった彼女の腕の中でルリィがぴこぴこと身動ぎした。それに気付いて慌てたヒルデガルドが腕を緩めると、ルリィはずるりと這い出てから気にするなとでも言うようにぷるんと震える。
それを横目に見ながら、アレクは預かっていた手紙を取り出して卓の上に広げる。
「これを見せてもらったが……これは本当にフェリシア殿からの手紙か?」
「えっ? でも……これ、フェリスの字ですよ?」
「確かなのか?」
アレクの問いにヒルデガルドは少し考え、旅行鞄の内ポケットから可愛らしい花模様の表紙の手帳を取り出した。目当ての頁を探して見やすいように広げると、こちらに示してみせる。
「……これ、フェリスに書いてもらったんです。あの子の家の住所」
失礼と呟いてそれを受け取ったアレクは、鋭い視線で問題のその頁を眺めている。彼の手元を覗き込むと、同じようにしてコニーも身を乗り出した。
手紙と手帳、一目見てそれは同じ人物の筆跡だと分かる。アレクが指摘した不自然な点に気付かなければ、同一人物が書いたものだと確かにそう思うだろう。
「……青いインクだね」
「ですね。あ、触ったら少し擦れますよ。指に付いた」
「……だな。ヒルデガルド殿、これはどこで書かれたものだ?」
「ホールです。仲良くなったばかりの頃に、あの子の楽屋で書いてもらいました」
コニーが意味深長な視線を寄越した。ホールの青いインク。手紙の裏にこびり付いていた、青いインクの粉。
「住所交換したなら、家に直接手紙を送れば良かったんじゃないか? それならマネージャーの手は通らないだろう」
「……ああ、それは……」
アレクの問いにヒルデガルドは苦笑いした。
「カリーナさん、彼女の家に住み込みなんですよ。もらわれっ子で上流階級の付き合いには疎いだろうからって、あの子の交友関係の管理も任されてるんだそうです。だからおうちに手紙を出しても……多分あの子の手元には届かないんじゃないかなぁ」
「……なるほど。とするとこの手紙はどこからどうやって届いたんだ? 封筒には宛て名しか書かれていないが」
「朝、お屋敷に。郵便配達の人がフェリスに頼まれたって持ってきたんです。急ぎだから局を通したら間に合わないって直接頼まれたらしくて……」
「……小遣い稼ぎか。そっちも調べさせた方がいいな。本人だったかどうか」
小遣い稼ぎ。局の規定で私的に郵便物を預かってはいけないことになってはいるらしいが、小遣い欲しさに客から直接仕事を請け負ってしまう配達人は案外多いらしい。怪しげな手紙はこの少々行儀が悪い配達人を使って届けられたもののようだ。
返された手帳の、フェリシアの書いた文字を指先でなぞりながら、ヒルデガルドは問わず語りに語り出す。
「カリーナさんってフェリスのお養父様の親戚らしくて、元々はあの子の家庭教師を兼ねたお話相手だったんだそうです。歳が近くて話も合うだろうからって引き合わされて、そこでカリーナさんの趣味だった声楽を少し教えられて、才能があるから習ってみたらって勧められたとかで。フェリスの才能を見出したのは彼女なんだそうです。あの人がいなかったら今の自分はないんだって、あの子、事あるごとに言っていました。大事なお友達で、恩師でもあるんだって……って、あ」
はっと口を押えた彼女は、なぜかちらりとイェンスを見た。視線を向けられた彼は、少し困ったように苦笑いしている。
「……話を本題に戻すぞ」
「……あ、はい。すみません」
若干呆れ気味なアレクに、ヒルデガルドは首を竦めた。
「ええと……私も被害者かもしれないって話ですよね」
「ああ。この手紙は何者かがフェリシア殿の字を真似て書いたものである可能性が高い。そう判断した理由については省かせてもらうが、そもそも一連の嫌がらせをしたと疑っている相手にわざわざ助けを乞う手紙を送るのはおかしい」
フェリシアが出発した当日に「ライバル」に届くように送り、しかもそれを読んだ後は焼き捨てるように指示している――。
「歌姫に同行した楽団員がタイミングを計ったように病に倒れ、窮地に立たされた彼女の前にここにいないはずのライバルが現れれば……そのライバルが歌姫を蹴落とそうと仕組んだように見えるだろうな」
手紙を焼き捨ててしまえば呼び出されたという証拠も残らない。それどころか。
「……万一手紙を焼き捨ててなくても、これから起きる事件を予知するような内容がフェリシアさんの字で書かれていたら――」
「彼女が自作自演で目障りな二番手を潰そうとしているようにも見えますね」
次々と明かされる内情に、ようやく自らが置かれている状況を理解したヒルデガルドは震え上がった。
「……そんな。え、でも、それじゃあ一体誰が何のために」
「残念ながら分かりません。私達も依頼を受けてここに来てからまだほんの数時間なんです。判断材料が少な過ぎて」
ただ一つだけ言えることは。
「嫌な話ですが、フェリシアさんとヒルデガルドさん、そのどちらも潰したいと思っている第三者がいる……ってことですね」
コニーが話を統括した。
「そういう訳だから、もしこの説が正しかった場合、ヒルデガルド殿の身にも危険が及ぶ可能性がある。相手が何者か分からない以上、ここに留まってもらった方がいい。少なくとも、大聖堂側が事件をどう扱うか決めるまではな」
「僕はこれからすぐ部長に相談してきます。毒物による傷害事件であると分かった時点で上に報告はしましたが、僕としては音楽会はなんとしても成功させるつもりですから、騎士隊と交渉しなければなりませんし。ああ、ヒルデガルドさんには聖堂騎士を護衛に付けましょう。最低でも二人態勢で警護できるよう必ず手配します」
ヒルデガルドは神妙な顔で頷いた。
「ヒルデガルド殿。俺達としてはなるべく判断材料は多く欲しい。恨みを持つ人間や、二人が消えることによって得をする人物に心当たりはあるか? なんでもいいから気になることがあれば全て教えて欲しいんだ。判断はこちらでする」
「う、うーん……人気商売だからどこでどう恨まれているか分からないし、私達がいなくなったら得をする人って正直沢山いると思うんですよね……これでも一応ツートップだし」
アレクの問いにヒルデガルドは視線を彷徨わせながらも必死に考えているようだった。
「……でも、待ってくださいね。恨んでるかどうかは分からないけど、フェリスに言い寄って振られた人なら何人か知ってます。楽団員さんの中にもいました。えーと……チェロのコンラードさんにフルートのヘルゲさん。ファンの方になるとちょっとお名前までは分かりません。私の方は、ビオラのマウリッツさんとホルンのポントゥスさんに一時期アプローチ掛けられてましたけど、ちょっと好みじゃなくって……でもポントゥスさんは最近結婚したからどうかなぁ。得をする人は……すみません、ちょっと分からないです。心当たりが多過ぎて。あんまり仲が良くないライバル歌手は皆怪しく見えちゃう」
つらつらと挙げられたいくつかの名を、アレクは手帳に記していく。コニーがぼそりと耳打ちした。
「――一番最初に感染したという方のお名前が、確かヘルゲさんでした」
視線を手元に落としたままの彼は、手帳にペンを走らせながら小さく頷いた。記した名前の脇に、今得た情報をメモ書きする。
それを確かめてから、コニーは席を立った。
「では僕はこれから部長に掛け合ってきます。フェリシアさん達に事件をお知らせするのはこちらの方針が決まり次第ということで」
「ええ、分かりました」
「なら、俺達は一旦彼女達のところへ戻ろう」
当面の方針は定まった。フェリシアは予定どおり音楽会に参加する。自分達はその彼女の演出と護衛を担当し、ヒルデガルドは護衛と監視を兼ねて聖堂騎士団に身柄を預けられることになった。
「私はさすがにそろそろ子供達のところに戻らなければ」
イェンスもまた席を立つと、コニーに促されて立ち上がったヒルデガルドはひどく不安そうな顔で彼に視線を向けた。少しでも心を許した相手と離れることが不安なのかもしれない。
(――私もそうだったなぁ……)
四年前の自分を思い出して、シオリは苦笑いした。
環境に慣れるまでの最初の数ヶ月は、親切に面倒を見てくれたザックやナディアがほんの少し席を外しただけでひどく心細く思ったものだった。
ふと足元を見る。ルリィがぷるんと震えた。
「……ね、ルリィ。もし良かったら、ヒルデガルドさんに付いててあげてくれる?」
シオリの言葉にルリィは少しだけ考える素振りを見せてから、「いいよ!」と言うようにもう一度ぷるんと震えた。
「そっか。ありがと」
ルリィは頷くように震えてから、触手を伸ばしてアレクをつついた。それからシオリを指し示してぷるるんと震える。
アレクは一瞬目を丸くしてから、ルリィの意図を察して頷いてみせた。
「ああ。シオリは任せておけ。お前も彼女を頼んだぞ」
しゅるりと伸びた触手がアレクの手元に触れた。拳をつき出した彼と、触手を突き合わせる。
それはまるで男同士の誓いの儀式のようで、シオリは小さく微笑んだ。それに応えるようにしてぷるんと震えてから、ルリィはヒルデガルドの足元に陣取った。
「えっ、いいの?」
ルリィにも心を許していたらしい彼女は、蒼褪めていた顔をぱっと綻ばせた。伸ばされた触手をぎゅっと握る。まるで、手を繋ぐように。
「……あの。ありがとうございます、シオリさん」
「いいえ。じゃあルリィ、よろしくね」
コニーに参りましょうと促され、ヒルデガルドは護衛のルリィを伴って部屋を出ていく。イェンスも微笑みながら頭を下げると、彼らの後ろを追うようにして立ち去った。
――室内に下りた静寂。
「……どう思う?」
落とされた問いに、シオリは正直に答えた。
「私が感じた印象が当てになるかどうかは分からないけど……あの人は嘘は言ってないんじゃないかなぁ。色んな意味で、凄く素直な人のような気がするよ」
「同感だ」
アレクは頷いた。
「良くも悪くも嘘が吐けない人間のようだ。ああいった人間にこれだけの陰謀を無事遂行できるとも思えんな。あれが演技だとしたら相当なものだぞ。それに、ここに留め置かれることにも護衛を付けられることにも嫌がる素振りは見せなかった。何かを企んでいるなら、監視下に置かれるような状況は望むまいよ」
「うん」
位の高い貴族家の出身らしい彼。貴族同士の化かし合いや腹芸は日常茶飯事だったかもしれない彼がそう判断したのなら、きっとそのとおりなのだろう。
「――お前は、内部に下手人がいると思うか?」
「え? うーん……」
この問いには正直に答えて良いものかどうか少し悩み、シオリは首を傾げた。
「内部の人かどうかは分からないけど……もし彼女達を恨んでる人の仕業だとしたら、相手が罠に掛かるところを自分の目で見たいって思うかもしれないなとは思った。だとすれば近くにはいるかもしれない」
「……なるほどな」
「アレクはどうなの? 誰か怪しいって思う人はいる?」
逆に問い返されて、彼は一瞬押し黙った。顎先に手を当てて考えているあたり、心当たりがあるにはあるけれど確証はないのかもしれない。果たして、彼は遠慮がちに口を開いた。
「下手人かどうかまでは断言できんが――挙動が妙だと思った人物ならいるな。ほんの些細なものなんだが」
「……誰?」
訊くと、アレクは紫紺の瞳を眇めて言った。
「――カリーナ・スヴァンホルム。歌姫のマネージャー殿だ」
漠然と予想していたとおりの名にシオリは息を呑む。無表情に、それでいて何か得体の知れない情念を垣間見せる女の顔が脳裏に浮かんだ。
「どうした。心当たりがありそうな顔だな」
「うーん……まぁね。気が付くとこっちを見てるときがあるの。見てるときは無表情で分かりにくいんだけど……あんまり好意的な感じではなかったかも」
そうかと呟きながら、彼は眉間に皺を寄せた。
「実はな、俺も何度か見たんだ。フェリシア殿をどう思っているのかまでは正直俺も分からんが、少なくともお前を良く思っているようには見えなかったな」
「……そうなんだ? アレクも気になるくらいには私を見てたってことなんだね。一体何だろう」
アレクは肩を竦めた。
「それも何とも言えんが……俺が見たときもやはり無表情でな。ほかを見ているときはそうでもないんだが、お前を見るときだけ目に見えて無表情になる。意識して無関心を装おうとする人間にありがちなんだ、ああいうのは。いずれにせよ、何か他意があるとみておいた方がいいだろうな」
シオリはきゅっと唇を引き結んだ。彼女の思惑はどうあれ、依頼は完遂させなければならない。完遂、させたい。コニーの熱意を無駄にしたくはなかった。生誕祭を、音楽会を楽しみに待っている人々のためにも、彼らのその楽しみをつまらない理由で台無しにしたくはなかった。
「シオリ」
アレクの節くれ立った武骨な手が、自分の肩を力強く掴んだ。
「お前も――歌姫も、俺が必ず護る。だが、お前も十分に気を付けてくれ」
「……うん、分かった。アレクを信じてる。私も絶対油断はしないから」
――静かに身を屈めた彼の唇が近付く。シオリもまた彼に身を寄せて爪先立ち、自身の唇でその熱い唇に触れた。
ルリィ「アレクもシオリも歌姫も超努力型の成功者」
ペルゥ「オリヴィエもだよー」
雪熊「あれ、雪男は?」
雪狼「冷凍倉庫の作業員のバイト」
どこぞのピンクのように犯人を公開全裸とかいうことにはいたしませんのでご安心を('ω')ノ




