07 熱血青年司祭
ルリィ「アレクにまさかの特技」
ヒルデガルドを伴いイェンスと共に迎賓院に引き返す。一般公開されている広場や大聖堂とは異なり、関係者以外立ち入り禁止になっている区画にも難なく入ることができてしまい、ヒルデガルドは拍子抜けしたように呆気にとられた顔をした。「イェンス殿が身元を保証してくださるのでしたら我々に否やはありません」とその立哨の聖堂騎士は言った。それだけ大聖堂内部でも彼の信頼は厚いのだということが窺い知れる。
「ほとんど素通り……さっきあんなに苦労したのが嘘みたい」
呟きながらきょろきょろと辺りを眺めまわしていたヒルデガルドは、やがてイェンスを見上げるとにっこりと笑った。
「イェンス様のお陰です。ありがとうございます」
「いえいえ」
雪が降るような冷たい空気の中でも、この場所だけはほわほわとした柔らかな木漏れ日の下にいるかのように錯覚させる温かな気配を感じて、ルリィはぽよぽよと弾んだ。
――なんだか春みたいな人達だなぁ。
そんな風に思いながら、二人の後ろを護るように歩く。
それでもすっかり安心しきったようなヒルデガルドに比べて、イェンスの纏う空気は常と比べて僅かに硬い。微かに滲む緊張感と警戒心。それは彼女に対するものか、はたまたそのほかの何かに対するものなのか。
荒事の予感。そういったことには慣れていないだろうから、そのせいもあるのかもしれない。
ぺしぺしと彼の足元を叩くと、見下ろしたイェンスはふっと微笑んだ。大丈夫ですよとでも言いたげだ。けれどもそれも束の間、彼の表情が曇る。
イェンスの視線の先には施療院があった。出入り口の両脇には険しい表情の聖堂騎士が立ち、周辺を巡回する騎士の姿も多く見えた。
何かあったのだろうか。その物々しい様子にイェンスはほんの少しだけ眉を顰めたけれど、そのことについて何か言及することもなく何食わぬ顔してその前を通過する。歩哨の騎士がすれ違いざまにちらりと鋭い視線を向けた。ヒルデガルドはびくりと身を竦めたが、騎士はすぐに視線を外して自らの仕事に戻っていく。
「……警備が厳しいんですね」
「ええまあ」
不安そうなヒルデガルドの問いに、イェンスは落ち着かせるような穏やかな声で言った。
「生誕祭には各地の有力者や高位聖職者が多く訪れますからね。この時期には特に警備を強化しているのですよ」
「へえ……」
ヒルデガルドは曖昧に相槌を打った。
「ホールでも同じです。コンサートやお芝居があるときには警備の人を沢山置いて、臨時で冒険者を雇ったりもするんです。ファンの中には過激な人もいて、歌手や役者さんに強引に近付こうとしたり楽屋に忍び込もうとする人もいますから」
聖堂騎士に、まさにその過激なファンの一人だと勘違いされてしまったヒルデガルドは苦笑いした。
「フェリスなんか、おうちの人が心配して専属のボディガードを付けようって言われたみたいなんですけど、やっぱりあの子くらいの人気者になると募集しても変な人も来ちゃうみたいで。どの人が信頼できるのか判断しかねるって……冒険者組合にも依頼してみたけど、ランクが高くてちゃんとした人だと、かえって逆にお断りされちゃうらしいですし」
「……なるほど、それは……人気商売も大変なのですね」
同情を滲ませてイェンスはしみじみと頷き、それから言葉を継いだ。
「ところで、ヒルデさんはお仕事は大丈夫なのですか? 急に思い立って出てきたということですが」
「はい。年末まで少し予定が空いていますから。さすがに仕事があったら誰かにお願いしていたと思います」
そう言ってからヒルデガルドは眉尻を下げて小さく笑う。
「……でも、マネージャーさんには書き置きしてきただけだから、今頃大騒ぎしているかも。歌のレッスンをさぼったことに変わりはないし」
悪戯っぽく笑って肩を竦めながらぺろりと舌を出してみせた彼女には、イェンスも苦笑するしかないらしい。
「帰ったら、よく謝るのですよ。誠心誠意謝ればきっと相手も分かってくれるでしょう――それだけ、お友達が心配だったのですね」
「はい。デビューした頃からのお友達でしたから。でも」
笑顔が一転して寂しげなものになる。
「お互いに人気が出始めた頃から忙しくてあんまりお話できなくなっちゃって。それに……」
何か言い掛けてから、ヒルデは口を噤んでしまった。言うべきか否かを迷っているようだった。
「どうしました? 何か気掛かりなことでも?」
「……うーん……なにか悪口みたいになっちゃうかなって……」
言いながらもイェンスにそっと促されて、躊躇いがちに口を開く。
「私、カリーナさんってちょっと怖くて……って、あ、カリーナさんはご存じですか? 一緒に来てると思うんですけど」
「ええ、ご挨拶に伺ったときにお会いしましたよ。フェリシアさんのマネージャーさんですね」
「はい、そうです」
言葉を続けるヒルデガルドは、両の手の指をもじもじと絡めては開きを繰り返している。この場にいない誰かを悪し様に言っていることに居心地の悪さを覚えているらしい。
「……なんていうか、センミンイシキ? っていうんですか? そういうのが強いんです。私みたいな育ちの悪い人がフェリスに近付くのを良く思っていないみたいで。最近はなんだかんだ言って門前払いされてすっかり縁が遠くなっちゃって」
眉尻を下げて見下ろしているイェンスに気付いて、彼女は少しだけ困ったような顔になった。
「私、一応男爵家のお嬢様ってことにはなってるんですけど、お妾さんの子供で下町で育ったんです。だからあんまり上品にはできなくって。フェリスも元々はどこかの劇団の見習いだったのを、たまたま舞台を見ていた今のお養父様に気に入られて養女になったらしいんです。境遇が似てるねって、それで仲良くなったんですけど……やっとトップスターになれてこれからどんどん売り出していくときに私みたいなのが近付いたら、イメージが悪くなるって」
「それは……カリーナさんに言われたのですか?」
「はい。さすがにもっと遠回しな言い方だったけど、そんなようなことを言われました。私は下町育ちなのを隠してないけど、あの子はお嬢様路線で行きたいみたいで、元は旅芸人だったなんて知れたら……って、あっ」
そこまで言い掛けて、彼女はぱっと両手で口を塞いだ。言うべきではないことまで口にしてしまったことに気付いたのだろう。血の気が引いて、焦ったようにイェンスを見上げた。
「……こういうところが育ちが悪いんだって、よく叱られるんです」
イェンスの手が躊躇いがちに伸び、ヒルデガルドの肩の辺りで止められた。そのまま静かに背の方に下ろされ、子供をあやすようにぽんぽんと軽く叩く。
「今聞いたことは私の胸にしまっておきますから安心なさい。誰しも隠しておきたいことの一つや二つはあるものです。自分で理解しているのなら、少しずつでも良いから直すように心掛けるのですよ」
「……はい」
ルリィは触手を伸ばしてぺたぺたと彼女の手を撫でる。二人とも優しいなぁ、と彼女はしょんぼりしていた顔を微笑ませた。
「――それで、せめて文通でもできれば良かったんだけど、手紙もホールの決まりでマネージャーが中身をチェックしてから渡すことになってるからそれも難しくって。だから、久しぶりにフェリスから手紙が来て凄く嬉しかったんです。本当に困ったときにはちゃんと頼ってくれたんだって。だからどうしてもあの子の力になりたいの。私ができることは少ないと思うけど、そばにいたら少しは違うんじゃないかなって」
「そうでしたか……」
それからしばらくは会話もなく無言で歩いた。少しでも元気を出してもらおうと、時折ぽよんっと弾んでみせると、ヒルデガルドはくすくすと笑ってくれた。
やがて着いた迎賓院。エントランス脇に設けられている聖堂騎士の詰め所に彼女を預けると、見知らぬ人々の中に取り残されることを不安に思ってか、ヒルデガルドは途端に不安げな表情になった。
――自分が付いていてあげよう。困ってる人を助けるのは冒険者の義務だし。
少し考えてから、ルリィは触手を伸ばして彼女を指し示してみせる。イェンスは察してくれたらしい。では彼女をお願いしますね、そう言い置いて彼は詰め所を出ていった。
打ち合わせを概ね終わらせて、一安心したところで運び込まれた昼食をフェリシア達と共に楽しんでいたシオリは、扉を叩く音に顔を上げた。
この場の第一責任者であるコニーが席を立ち、訪問者に応対する。ぼそぼそと話し込む声が再び閉じられた扉越しに聞こえ、しばらくしてから顔を出したコニーが「お二方、ちょっと」と声を掛けた。
シオリはアレクに目配せし、フェリシアに断りを入れて立ち上がる。部屋を出ると代わりに聖堂騎士が一人、中に入ってくれた。用件を済ます間の護りを引き受けてくれるようだ。
部屋の外では困惑した様子のイェンスとコニーが待ち構えていた。手招きされてすぐ隣の空き部屋に入る。
「どうしたんですか? 何かまたトラブルが?」
「……困りました。さすがに我々の手には余る事態になってきたかもしれません。上の判断を急いでもらいます。護衛をお願いしたお二人にも一応ご意見を伺いたいと」
眉間を揉みながら言うコニーの言葉を継いで、イェンスが言った。
「ヒルデガルドさんと仰る方がフェリシアさんを訪ねてきたのですよ」
「ヒルデガルド……?」
つい最近聞いた覚えのある名前にアレクと顔を見合わせた。
「王都の歌手か? 例のライバルとかいう……」
「ええ。ただ、話に聞いていたのとは随分と様子が違いましてね。フェリシアさんから危険を知らせる手紙が届いたと言って追いかけてきたそうです。今は一階の詰め所でルリィ君と一緒に待っていてもらっていますが……怖ろしいことです。あれがシェーナ風邪ではなく毒だとすると、この手紙の内容は決して無視できません」
些か顔色を悪くしたイェンスの言葉に、シオリは目を見開いた。
「え……毒!? 本当に毒だったんですか?」
「ああ。お前が打ち合わせ中に連絡があってな。解毒魔法で全員綺麗さっぱり完治したそうだ」
ぞっと身を竦ませたシオリの肩をアレクが抱き寄せた。そのまま鋭い視線をイェンスに向けた。
「さっき手紙と言ったが……無視できないとはどういうことだ?」
これです、と言ってイェンスが懐から問題のそれを取り出した。皺が寄った封筒。けれども真っ白できめの細かい地のそれは、品質が良く上等なものだということが分かる。
「見せてくれ」
アレクが手紙を受け取り、封筒の裏表をちらりと確かめてから中を検める。少しだけ爪先立つと、彼は背の低いシオリにも見えるように手紙をこちらの目線に合わせてくれた。
若い女性の手によるものらしい可愛らしい筆跡で書かれた短い手紙。
『――親愛なるヒルデへ。
お久しぶり。あまりお話することもなくなってしまったけれど、お元気かしら。私の方は最近おかしなことばかり起きてとても不安です。今度の音楽祭でも何か起きそうな気がして怖いの。あんまり不安過ぎて昨日は夢を見てしまったわ。皆が次々と病気になってしまって、私一人で舞台に立って、歌えなくてお客さんに笑われる夢よ。カリーナさんはそんなのはただの夢だから大丈夫と言ってくれているけれど、私、怖い。一番のお友達の貴女がいてくれたらどんなに心強いか……。でも頑張らないとね。ヒルデも頑張って。
貴女の親友フェリスより。
追伸、何があるか分からないから、念のため読んだらすぐに燃やしてください――』
「――普通の手紙だな。予知めいた内容以外は」
「うん、そうだね。それに、読んだら燃やしてっていうのも何か引っかかるけど」
「ああ。やけに思わせぶりな内容だが、これを持ってきたのは本当にヒルデガルド本人なのか? それにこの手紙の字がフェリシア殿のものなのかどうかも気になるところだ」
アレクの問いにイェンスは些か虚を突かれたような顔をしたけれど、それでも応えてくれた。
「それは……私には判断いたしかねます。ただ最初はヒルデと短縮形で名乗りましてね。王都の歌手のヒルデガルドさんかとお訊ねしたら、そうだと。お話を伺った限りではそれほど不審に思いませんでした。手紙の送り主はフェリシアさんだと信じているようでしたし」
「フェリシアさん達なら当然お分かりになるでしょうが――今の状況で会わせるのは得策ではないように思いますね。会わせるにしても、もう少し落ち着いてから……というよりは会が無事終了してからにしたいのが本音です。それに……」
イェンスとコニーの言わんとすることを察して頷く。
「そうですね。双方の言うことに食い違いがありますし」
「それに手紙にあるとおり、現実に『何か』起きてしまったのは確かなんだ。今会わせても混乱を招くだけだろうな」
「でしょうね」
二人は同意して頷いた。
「とりあえず、ご本人にお会いしてみますか?」
「ああ」
イェンスがそっと部屋から出ていき、扉が閉まるのを確かめてから、アレクは再び手紙に視線を戻した。その内容に目を走らせ、紫紺の瞳を鋭く細めてしばらく考え込んでいた彼は、今度は便箋を裏返して何かを確かめている。
「……何か分かる?」
その場に残ったコニーと二人で興味深く彼がすることを眺めていると、やがてアレクはふっと短く息を吐き、手紙をこちらに手渡した。
「……この手紙。恐らく偽造だ」
「え!?」
「どういうことです? 筆跡がフェリシアさんのものかは分からないんでしょう? それでも偽造と分かるんですか?」
「ああ。彼女の筆跡は勿論俺も知らんが、それでも恐らく誰が見ても彼女の筆跡だと認めるように偽造されたものだと思う。よく見てみろ。不自然な点がいくつか見受けられる」
アレクに言われて手元の手紙に視線を落とす。
「まず各単語の位置関係だ。見ろ。下のラインが全て揃わずにバラバラだ。普通文章を書くと、どんなに雑な奴が書いても揃うものなんだが……ほら、この単語の前後を見比べても分かる。左隣はやや上、右隣は逆にやや下に書かれている。罫線のない便箋なのが俺達にとっては幸いだったな。ばらけているのがかなり目立つぞ」
「あー……言われてみれば」
自分の手帳を取り出して、筆跡を確かめてみる。同じようにして懐から大聖堂のシンボルが刻印された手帳を取り出して眺めていたコニーと顔を見合わせた。
「本当だ。確かに……何の気なしに書いていましたが、走り書きのように雑に描いたものでも下のラインはそれなりに揃ってますね。こっちなんか慌てて書いて自分でも読めないくらいなのに、それでも下はきちんと揃っています」
「私のも……公用語を習ってから四年くらいしか経ってないけど、ちゃんと揃ってる」
それに比べてこの手紙の文章は各単語のラインが微妙に揃わず、据わりの悪い印象を与えていた。
「それに、跳ねやはらい、大きくカーブを描くような文字が全体的にぎこちない。流れるように書いたとは言い難いな」
互いの手帳を見比べていたシオリとコニーは、アレクの声で顔を上げた。
「特に大ぶりに書く癖があるこれとこの文字が顕著だな。カーブとはらいの部分が妙に歪だ」
「うーん……そう言われてみればそうかも。直線はそうでもないけど、曲線とか跳ね、はらいの部分がちょっとぎこちないね。線が歪んでる」
指摘されて見るとどの文字も力んで書いたかのような歪さがあり、そのことが若干の違和感を感じさせる。
「あ……これ、あれだ」
ふと気付いてシオリは声を上げた。
「なんだ?」
「なんだか書き取りの練習したときの字みたい」
手本どおりに書こうとするあまりに筆運びに緩急がなく、丁寧でありながら躍動感のない、覚束なさを感じさせる文字。それは四年前に必死に練習していた頃の自分の字を連想させた。
「……上手いこと言いますね。確かにそのとおりです。修行の一環で聖典を写本したりするのですが、そのとき書く字の印象に似ていますよ」
コニーがしみじみと頷いて同意した。
これらの意味するところは即ち。
「そうだ。つまりこの手紙の文字は、何者かがフェリシア殿の筆跡を真似て書いた――というよりは、彼女の文字を上からなぞって書いたという方が正しいだろうな。単語の下のラインが揃っていないのは、一語書くたびに筆を置いて次に書き写す単語をサンプルから探し、紙を上から置き直すという作業が入ったためだ。その証拠に、見ろ」
アレクは手紙を裏返し、数か所を指先で指し示した。
「……あ」
「……なるほど」
そのつもりで見なければ分からないほどのその痕跡に気付き、シオリとコニーは声を上げた。
便箋の裏面をよく見れば、薄っすらと粉っぽい青色が文字の形にこびり付いていた。
「書き写し用に使った書類のインクだろう。粗悪な材料を使った安いインクを使うと乾いても擦っただけで移ることがある。多分安宿か……いや、この場合はミュージックホールあたりのものか。経費をけちって備品に安物を使うようなところもあるんだ」
「そうするとつまり、フェリシアさんがミュージックホールで書いた書類を使って偽造した、ということですか」
「わぁ……凄い」
アレクの鮮やかな推理に、シオリは感嘆の声交じりの吐息を漏らした。
「凄いねアレク。まるで探偵みたいだよ」
心からの称賛にアレクはうっと声を詰まらせ、次いでほんの僅かばかり頬を赤らめた。照れ臭そうに指先で頬を掻く。
「……まぁ、その、なんだ。大したことじゃない。実家で家業の手伝いをしていたときに覚えさせられたんだ。偽造書類の見抜き方をな」
「えっ……仕事でそんなことも覚えるの? 大変……」
「まぁな」
絶句したシオリにアレクは苦笑いした。
「不正を見抜くためにある程度は必要な技能なんだ。誰かが邪魔な人間をはめて追い落とすために、筆跡を真似て不正をでっちあげる場合もあるしな」
――この手紙のように。
「しかしまあ、この手紙は正直分かりやすい。多分こういうことはやり慣れていない素人だろう」
「……でも、アレクがいなかったら気付かなかったかもしれないよ。騎士隊だったら調べたかもしれないけど……」
「……それも、この文面の指示どおりにヒルデガルドさんが燃やしてしまっていたら、それこそ誰にも分からなくなる訳ですね。彼女が誰かに呼ばれて来たという証明ができなくなる」
極めて不自然な状況で次々と楽団員が「感染症」に倒れ、音楽会のトリを務めることが難しい状況に置かれてしまった歌姫のもとに単身現れたライバル歌手――傍目にはこのライバル歌手が歌姫を陥れようと画策したように見えなくもない。
コニーの陰鬱な声で落とされた言葉を最後に、沈黙が下りた。しばしの間の後、あああ、と呻きながらコニーが頭を掻きむしった。
「――なんでこういうことになるかなぁ。僕達はただ皆さんに楽しんで頂ければそれで良かったんです。こうして年末を皆で楽しく過ごしているところを神々にお見せしたかったんですよ。なのになんでこんな水差すようなことするかなぁ……なんでこんな罪もない人達を苦しませるようなことするかなぁ……毒まで使うとかマジないわ。ないない」
とうとう最後の方は聖職者らしからぬ今どきの若者らしい言葉遣いになってしまっているけれど、当の本人は気付いていない。
なんとも反応に困ってしまい、シオリはアレクを見上げると彼もまた似たような表情になっていた。いずれにせよ、聖なる祭典の最中に下劣な企みをする輩がいるということは確かなのだ。
「よし! 決めました。僕はやりますよ」
勢いよく顔を上げたコニーは、ずり下がった眼鏡を押し上げるときりりとした表情を作った。
「明日の音楽会はなんとしても成功させます。参加者の皆さんには気持ち良く演奏して頂いて、お客さん達には目一杯楽しんで頂きます。そして誰一人傷付けさせはしません。神聖な日に悪事を企むようなふざけた人間の思うようにはさせません!」
顔を上気させて宣言した彼は、こちらに向き直る。その双眸に宿るのは強い決意の色だ。
「しかしそのためにはお二人の力が必要です。歌姫の舞台を成功させるためにはシオリさんの演出は必要不可欠。それにアレクさんはこういったことには慣れておられるようだ。是非、よろしくお願いいたします!」
癒しの聖女を奉る教団の信徒らしく、春の日差しのように穏やかな青年だと思っていたけれど、その身の内には夏の太陽のような熱い心を秘めていたらしい。
見事な直角に腰を折って頭を下げたコニーに目を丸くしたシオリとアレクは、互いに微笑み合うと力強く頷いた。
「こちらからも是非。協力させてください」
「よろしく頼む」
熱い握手を交わし合う三人に、ヒルデガルドを伴って戻ってきたイェンスが何事かと目を丸くする。ヒルデガルドは首を傾げてきょとんとし、足元のルリィがぷるるんと震えた。
アレクの特技が歌だと思った人は挙手。
ペルゥ「王兄殿下の推理が冴え渡る」
氷柱付き雪男「ところでルリィさんほかの女性に浮気してません?」
……仕事です。仕事です。




