02 大聖堂からの依頼
会うのは初めてだったけれど、青年は人相特徴を誰かに聞きでもしたのか正確にシオリを見分けた。異邦人ということにも当然気付いただろうが、あまり気にする様子はないことに少しだけほっとする。
「シオリは私です。どのようなご依頼でしょうか?」
青年の外套の襟元から見える白装束の縁に、金糸で縫い取った月と小鳥の紋様が見えた。トリス大聖堂のシンボル。やはり大聖堂関係者だ。
「ああ……できればあまり話を大きくはしたくないので……」
後ろで様子を見守っている同僚達の視線が気になるのか、青年は彼らとシオリの顔を交互に見やってから言葉尻を濁した。
「それでしたら奥のお部屋で伺います」
依頼は基本的にはカウンターで受け付けているけれど、価格交渉や複雑な日程調整が必要なもの、そして込み入った依頼の場合は応接間に通すことになっている。
生誕祭という大規模な祭典を翌日に控えている大聖堂からの緊急依頼。何かデリケートな問題が起きたのかもしれない。指名依頼ということだったが、自分一人では荷が重い可能性も考慮しなければ。ちらりとアレクを見上げる。彼は小さく頷いた。
「私をご指名ということですが、パートナーを同席させてもよろしいでしょうか? 内容によっては一緒に担当させて頂くことになるかと思いますので」
パートナー。その言葉を口にすることに多少の気恥ずかしさを覚え、ほんの少しだけ体温が上がったような気がした。でもこれから先も一緒に仕事を続けていくのなら、慣れなければならない。アレクの手がそっと背を撫でて離れていった。
青年は一瞬躊躇う素振りを見せたが、すぐに頷いた。
背後を振り返ると、ザックは頼むなと言いながらひらりと手を振り、手元の依頼票に視線を戻してオロフ達と打ち合わせを始めた。
「ではこちらへ」
内心の焦りをどうにか押し留めている様子の青年を応接間へ案内する。席に着くのを見計らって職員が紅茶と茶菓子を出してくれた。それらが配られる間に自己紹介を済ませる。
「僕はトリス大聖堂典礼部所属のコニー・エンヴァリと申します。生誕祭の催事を担当しております」
「改めまして、私はシオリ・イズミと申します。家政魔導士、B級です。それからこちらは……」
「アレク・ディアという。魔法剣士、A級。シオリのパートナーだ」
「B級にA級ですか。では本当に信頼してお願いすることができますね」
冒険者のランクはそのまま信頼度に繋がっている。特にB級以上は昇格する際の条件として人間性も重要視されている。つまり、素行に問題がある冒険者はどう足掻いてもC級止まりということになる。
コニーはそれを知っているのだろう。彼は眼鏡の奥の蒼眼に安堵の色を浮かべた。それから勧められた紅茶を「失礼」と断って先に口に含み、ほ、と息を吐く。どことなく落ち着かない様子だった彼は、それで多少の冷静さを取り戻したようだった。
「すみません、こういったことは初めてなので緊張してしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。どうぞお気を楽にしてくださいね」
トリス大聖堂は私設の騎士団を持っているから、外向きの用事ではあまり冒険者組合を頼ることはない。こうしてわざわざ訪れたということは、何か彼らの手に余る事態が起きたのだろう。
「実は生誕祭関連の催事で少々困ったことになりまして……そうしたらフロイセン殿がシオリさんならもしかしたらどうにかできるかもしれないと教えてくれましてね」
「――フロイセン……ああ、孤児院のイェンスさんですか」
「ええ」
イェンス・フロイセンは孤児院の運営を任されている男だ。何度か慰問で訪問して知り合いになった司祭。その彼の紹介だというのなら、そう無理難題を吹っ掛けられることにはならないだろう――と思っていたのだが。
「明日開催予定の音楽会の出演者に問題が起きましてね」
「音楽会?」
「聖歌隊とは違うのか?」
美しい聖女に扮した女性達で編成される聖歌隊は生誕祭の山場とも言える催事だ。壮麗な講堂で奏でられる清雅な聖女達の聖なる調べは荘厳にして圧巻。この聖歌隊を目当てに生誕祭を訪れる者もいるらしいが、それとは違うのだろうか。
コニーは頷いた。
「ええ。あれは祭儀の一部として行われているのですが、近年は講堂の規模に対して参列希望者が多く……毎年多くの方々に諦めて頂いている状況なのです。祭儀ですから回数を増やすわけにもいかず、それでせめて何か別の形で皆様に生誕祭を楽しんで頂けるように、今年から音楽会を開催することになりました。しかし」
心底困ったというように彼の眉尻が下げられる。
「トリに王都で活躍中の歌姫を呼んだのですが、楽団員のほとんどが質の悪い風邪で臥せってしまったのです。どうも途中の宿で感染ったようなのですが、腹にくる風邪らしく、その……」
「ああ……」
彼は明言せずに言葉を濁したが、おおむねを察してシオリはアレクと顔を見合わせた。茶菓子をもらって食べていたルリィがぷるるんと小さく震える。
「……それは……辛いですね。それだと外には出られないのでは」
「そうなんです。吐き気と腹痛でとても出演できる状況ではありません。リハーサルも当然できませんし、無理に出て感染者を増やしても困りますからね。幸い歌姫と女性の楽団員は彼らとは馬車も宿泊した部屋も別でしたので無事でした。しかし今から編成を見直していたのでは間に合いませんし、代わりを務められる水準の楽団は既に参加登録済みで残念ながら……」
「お話は分かりました。でも、そこでどうして私が?」
家政婦業が主な仕事の家政魔導士に出る幕はないように思えるのだけれど。
「聞けばシオリさんは幻影魔法が得意だとか。フロイセン殿から幻影魔法で素晴らしい音楽と絵を表現されると聞きまして、それで是非ご協力頂きたいと伺った次第です。大聖堂でも孤児院での『活弁映画』は噂になっているのですよ」
孤児院の慰問で披露している「活弁映画」は、音楽と映像を幻影魔法で展開しながらお伽噺を語って聞かせる独自の魔法だ。噂を聞きつけて密かに物陰から楽しんでいた者もいるという。
「え」
子供達以外にも観覧者がいたことに驚いたが、予想以上の大仕事にさすがに狼狽えた。国内最大級の祭りで催される音楽会の、トリを務める歌姫の演出を手伝えということなのだ。話が大き過ぎるのではないだろうか。それも明日の午後の上演だ。覚悟するにも準備するにも時間が足りない。
「歌姫は自分達の落ち度なのでなんとかするとは言っておりますが、楽器に片寄りがありますし人数が人数ですのであまりにも小規模で……いかな王都一の歌姫といえど、トリを務めるには少々盛り上がりに欠けるのではないかと不安視する声が出ているのです」
コニーは眼鏡を押し上げながら厳しい表情を作った。
「聖職につく身でするには生々しい話で恐縮なのですが、音楽会には開催の趣旨にご賛同くださった多くの有力貴族の方々が寄付を寄せてくださっております。期待を寄せられている方々をがっかりさせれば寄付を打ち切られてしまうかもしれません。最大の支持者である辺境伯ご夫妻やエンクヴィスト伯はご観覧される予定ですし、かの有名なロヴネル家からも寄付を頂いているのです。それに……辺境伯夫人からは辺境伯家とはまた別にご自身のポケットマネーからもご寄付いただいておりますので……」
失敗は許されないのです、と。そう言ってコニーは膝の上で両の拳を握り締めた。
国内最大級の有名な祭典で催される音楽祭。聖歌隊と同等に注力しているということが窺えた。
「お一人では心配だということでしたら、パートナーのアレクさんに同行して頂いても構いません。ですから」
ちら、とアレクがこちらに視線を向けるのが分かった。決断するのを待っているのだ。受けるか否かをこの場で即決しなければならない大きな依頼。
噂に聞く辺境伯夫妻は温厚で民にも好かれ、秋の迷子騒動で一度だけ会ったことがあるエンクヴィスト伯も幼いながらも優れた人柄だということは知っている。先日の依頼で親しくなったロヴネル家に至っては言わずもがなだ。事情を聞けば失敗したとしてもそう目くじらを立てることはないかもしれないが、どの家もかなりの影響力を持っているということは調べて知ってしまった。とすれば、それに追従する寄付者の顔ぶれもおおよそ想像はできる。
失敗は許されないという彼の言うことは理解できた。
「……分かりました。お引き受けします」
おお、とも、ああ、ともつかない声混じりの嘆息を漏らしてコニーは喜色を浮かべた。
「ありがたい! では早速大聖堂へお連れします。ともかくまず歌姫に会って頂きたい」
歌姫自身は自分達でどうにかすると言ったようではあったけれど、内心不安はあったのだろう。大聖堂側からの提案に二つ返事で頷いたということだった。
急ぐ様子のコニーを宥め、依頼票の記入と契約書へのサインを促す。金額には糸目は付けないらしく、アレクが提示した依頼料はそのままの金額で了承してくれた。
「では参りましょう」
コニーに促され、アレクと頷き合う。足元のルリィがぷるんと震えた。
ルリィ「トリというと、魔王サツィー……」
雪男「いやいやいやいや」
ペルゥ「楽団いなくてもいいレベル」
書いている間にどうもあのお方がチラついてしまって……
2巻発売日が近くなりましたので、活動報告でちょこっとだけ見所のご紹介してます。もう店頭に並んでいるところやお手元に届いた方もいらっしゃるようですね。ありがとうございます。




