01 緊急依頼
新章突入です。
そして毎度悩むサブタイトル……。
国内最大級の祭りとも言われているトリス大聖堂の聖女生誕祭を翌日に控え、多くの人々で賑わうトリス市内。炙り肉や煮込み料理、焼き菓子などの良い香りの立ち上る屋台を眺めつつ歩いていたシオリは、楽しげで華やいだ空気に顔を綻ばせた。ルリィもぽよぽよと歩きながら、さりげなく屋台料理を吟味しているようだった。
「仕事が終わったら買って帰ろうね」
嬉しそうにぷるるんと震えたルリィに微笑み返してから、華やぐ街路に視線を戻す。
近隣の町や遠方の王都、南部の町からも観光客が来る生誕祭。王侯貴族だけではなく平民ですらも祭りや観光を楽しむためだけに長旅ができるほど、この国は平和で豊かな場所なのだ。
一年の半分近くが冬とも言われるこの国は元々それほど豊かではなく、領土の一部を帝国に侵略された過去も相俟って、長く貧しい生活を強いられていたという。それを憂いて改革に乗り出したのが先々代の国王だ。農業改革や交通網の整備、輸送技術の向上を率先して行ったほか、一部の特権階級のものでしかなかった技術や知識を民のために解放したという。
それから数十年、三代にかけて行われた改革の結果、今の豊かさがあるのだ。
(……私みたいな現代っ子でもなんとかやってこれたのは、やっぱりこの国が豊かで暮らしやすいからだよね)
豊かな国には余裕がある。暮らしにも、人の心にも。トリスの生誕祭に訪れる多くの観光客とその笑顔は、その象徴とも言えるだろう。
――見知らぬ世界に身一つで投げ出された自分。
落とされたのが穏やかで豊かな国だったのは、不幸中の幸いだったのだろう。温かい人々に囲まれて過ごすことができたのは、本当に運が良かったのだ。
そして――。
きぃ、と音を立てて組合の扉を開けると、真っ先にアレクが気付いて笑顔を向けた。
「おはようシオリ。よく休んだか?」
「おはようアレク。ちゃんと休んだよ」
差し伸べられた手に自分の手を重ねて、温かい想いが籠った挨拶を交わし合う。
――見知らぬ世界で最愛の人と出会えたことは、本当に――奇跡のように幸せなことなのだろう。ほわほわと胸に満ちていく充足感を噛み締めながら、柔らかく細められる紫紺の瞳を見つめ返す。
「今日はどうする? 何か依頼受ける?」
「そうだな……」
アレクは室内をぐるりと見回した。外は人で溢れているというのに、組合内は常になく人が疎らだ。生誕祭の影響で観光案内や護衛依頼が増えて、皆出払っているらしい。
「日帰りの依頼でも受けるつもりでいたが……これは待機にした方がいいかもしれんな」
「そうだねぇ……」
アンネリエの依頼を終えて帰還してから数日。十分に身体を休めて数日ぶりの仕事だから、数時間程度で終わるような依頼でも見繕うつもりでいたのだけれど、見たところ人手が不足気味なようだ。緊急の依頼に対応できる人間は残っていた方がいいだろう。
「それにしても、今年はやけに人が少ないね。いつもこんなに忙しかったっけ」
「それもそうだな。俺は何年か留守にしていたから最近の事情は分からんが……知名度が上がりでもして客が増えたか?」
「うーん……どうだろう」
生誕祭の人出はいつもと変わらないように思うのだが、今年は特別に関連依頼が多く入ってでもいるのだろうか。去年や一昨年はもう少し余力があったように思うのだけれど。
「あー……それなんだけどよ」
窓の外の雑踏を眺めながら二人で首を傾げていると、横合いからザックが割り込んだ。依頼票を仕分けする手を止め、がしがしと頭を掻く。
「出稼ぎ組が遅れてんだよ。ブロヴィート村の事件の影響らしくてな」
「え……ああ、そういえば今年はまだ見てないね」
出稼ぎ組とは冒険者に設けられた特別枠のようなものだ。農閑期の農民や大工のように冬の間はあまり仕事ができないような職に就いている者達が、期間限定で冒険者として働くことができる仕組み。活動期間は年の半分弱と短いためにランクはあまり高くない者が多いが、農作業や狩りで鍛えた腕や、採集に必要な知識は確かで信頼できる。夏期よりも細々とした依頼が増える冬期には貴重な人材だった。
いつもなら十一月の半ばほどから集まり始めるのだが、今年はまだほとんど来ていないらしい。
「蒼の森や周辺の様子がまだ落ち着いてねぇからな。さすがに雪狼の群れはもう来ねぇだろうが、いつもは出ねぇ魔獣も人里近くまで降りてきてんだ。どうもその対策で時間食ってるらしいぜ」
「へぇえ……」
「……なるほどな」
ブロヴィート村の雪狼襲撃事件が意外な形で影響を及ぼしている。シオリはアレクと二人で顔を見合わせ、なんとも言えない苦笑いを浮かべた。ルリィも足元でぷるんと震える。
雪のない季節には自分で済ますような採集などの街の外での仕事も、雪が積もり危険な魔獣が出るような冬ともなれば一般市民にとっては命懸けだ。
それに街道を外れて小径を分け入った場所にあるような地域の小さな村々などは、冬の移動には護衛が必要な場合も多い。
そういった理由から、冬になると小さな依頼が多く冒険者組合に寄せられるのだ。
それらの仕事を引き受けてくれる出稼ぎ組が、生誕祭を翌日に控えた今日になってもまだ集まらないとなると、しばらくは忙しい日が続くかもしれない。
シオリ達同様待機していた同僚と共に依頼票を眺めて、誰からともなく溜息を吐く。
と。
俄かに組合の外が騒がしくなり、それと同時に扉が開いて体格の良い男達が雪崩れ込んでくる。
「おっ……ようやくお出ましか。待ちかねたぜ」
どこかほっとしたような笑みを浮かべてザックが手を振り、それに応えて彼らは日に焼けた顔に豪快な笑みを浮かべてみせた。噂の出稼ぎ組だ。
「いやあ、悪かったなぁマスター。柵の設置やら自警団の選出やらで大分手間取ってなぁ」
「着いたのが昨日の閉門ギリギリでな。しかしまぁなんとか生誕祭に間に合って良かったよ」
「いや、助かった。ほとんど出払っちまっててな。急ぎじゃねぇ依頼はいくつか待ってもらってる状況だったんだ」
「アレクも久しぶりだな。四年ぶりか」
「ああ、長い仕事をようやく片付けてな。夏に帰ってきたんだ」
「シオリも元気そうでなによりだ」
「はい、お陰様で」
半年ぶりの彼らとの再会に、短い近況報告とともに力強い握手を交わし合う。
「俺達の村はブロヴィートから距離もあるし、トリスを挟んで向かい側にあるだろ? だから心配はないとは思ったんだけどねぇ」
「村の連中がどうしても不安だって言うんでね。近くの森にも雪狼はいるしな。柵を増設したり家畜小屋の扉を頑丈なものに変えたりとまぁ、大変だったよ……っと、それにしても」
出稼ぎ組の男――オロフという名の農夫兼剣士の男はこちらに視線を寄越した。
「アレクが帰ってるとは聞いてたけど、なんというか……ちょっと雰囲気変わったな。それに……」
顎先に指を押し当てて首を傾げ、アレクとシオリを交互に見比べる。
「――なんかお前ら、距離近くない?」
彼らの視線が一気にこちらに集まり、その視線の強さにたじろいでしまう。が、アレクはそれをものともせずににやりと笑い、ぐっとシオリの肩を抱き寄せた。
「……まぁ、こういうことだ。そんなわけだから、シオリには手を出すなよ」
「ちょ、アレクっ」
公衆の面前での俺の女発言にシオリは首筋まで真っ赤になる。アレクは涼しい顔だが、彼の言葉は爆炎魔法級の衝撃を与えたらしい。一瞬の沈黙の後、悲鳴とも絶叫ともつかぬ驚愕の声が響き渡った。
「はああああああ!?」
「アレクに恋人!?」
「どんだけいい女に言い寄られても素っ気なかったこいつに彼女!?」
「うっそだろ!? この男前っぷりで特定の女の一人も作ったことがないまさかの素人童ふごっ!?」
何か言いかけたオロフの口を勢いよくアレクが塞いだ。何事かと目を丸くして彼を見ると、ふごふご言ってもがくオロフを押さえつけていたアレクは、何かその場を取り繕うような微妙な笑みを見せた。
「え……何? 素人? 何が?」
「いや……お前は気にするな。大したことじゃ……いや、大したことか……いやいや、うーん……」
「……?」
押さえつけられたままのオロフのように何か口の中でもごもごと呟き始めたアレクから視線を外してザックを見ると、何故か彼もまた気まずそうに視線を逸らした。
何だろう。何か聞いてはいけないことでもあるのだろうか。それにしてはあまり深刻そうな様子でもないのだけれど。
足元でぷるんぷるんと身体を揺らしているルリィと顔を見合わせていると、ようやくアレクの拘束から抜け出したオロフが深呼吸する。そして、日に焼けた顔の目尻に皺を寄せて笑うのだ。
「でもまぁ……良かった、な」
何がどうとは言わなかったのだけれども。
良かった、と。その言葉一つに込められた想いを感じ取って、シオリは微笑んだ。
「……はい。ありがとうございます」
ザックのようにどこか気まずそうだったアレクを見上げる。なんとはなしに情けない表情だった顔に、彼は今度は優しい笑みを浮かべた。
騒がしかった場の空気が穏やかなものになる。
「あー……っと、そうだ。これを。いつものやつだ。取っといてくれ」
言いながらオロフは仲間達と共に荷を解いて中身を卓の上に並べ始める。様々な瓶詰や干物にしたトリスサーモン、干し肉等々。本業は農夫の彼ら謹製の保存食だ。中には新鮮な生肉の塊もある。組合の備蓄用として土産に持ってきてくれたらしい。
「おっ、いつも悪いな。助かるぜ。最初の報酬にいくらか上乗せしとくから受け取ってくれ」
「ああ。ありがたい」
「生肉は食堂に運んでくれ。残りは貯蔵庫に頼む」
職員に指示を出して保存食を運ばせたザックは、カウンターの上に載せたままになっていた依頼票の束を卓の上に広げた。人手が足りずに期限を延ばしてもらっていた依頼だ。
「じゃあ早速で悪いが、溜まってた採集依頼を――」
ザックが言いかけたところで馬車が止まる音がした。通りに面した窓の外に、横付けした雪馬車が見える。扉が開いて中から眼鏡の青年が顔を出した。どこか慌ただしい様子で馬車を下りた青年は、足早に歩きながら窓越しにこちらに視線を寄越した。
「依頼人か?」
「かなぁ」
皆が見守る中、組合の飴色に変色した扉が開き、先ほどの青年がやや強張った顔を覗かせた。上質そうな仕立ての良い外套の裾や襟元からちらりと見えた白装束。
「あれは……」
アレクが呟いた。それに応えるように、棚の隙間を覗き込んでいたルリィがぷるんと震える。
「……うん。大聖堂の人……かな?」
後ろ手に扉を閉めた青年は視線を彷徨わせ、そしてこちらに気付いて動きを止めた。彼と視線が合う。青年は口を開いた。
「あの……急ぎの依頼をお願いしたいのです。シオリさんという方に」
指名での緊急依頼。
シオリはアレクと顔を見合わせた。
ペルゥ「……」
雪男「……」
ルリィ「知っている人は知っていた」
新章早々何かすみません。
あ、活動報告に2巻の特典情報掲載しましたのでよろしければどうぞ。




