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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

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55 幕間十一 想い出の絵(アンネリエとデニスのご先祖様)

誰得で私得で、ついでにデニスとバルトの爺様m9(^Д^)プギャー な話です。

まったくもって需要がない話かとは思いますが、どうしても書きたかったので……。

 かつん、かつん。

 荒れ果てた室内の石壁に掛けた風景画を無言で眺めていた男は、規則正しいその足音にゆっくりと振り返った。

「――どうだったよ」

 訊けば、足音の主――陽光のような輝く金髪に意志の強さを感じさせる鋭い鳶色の瞳の女は、溜息と共に小さく肩を竦めてみせた。

「……どこもかしこも荒らされてひどい有様だ。財宝どころか宝箱の装飾から燭台の魔法石に至るまで、盗れる物はなんでもといった(てい)だな。盗賊団でもここまではするまいよ。元は美しい塔だったが……無残なものだ」

 かつては白い貴婦人とまで呼ばれていたシルヴェリアの塔は破壊と略奪の限りを尽くされて、朽ち果てた廃墟と化した。

「……そうかい。まぁ、仕方ねぇわな」

 仕方ない、と。口ではそう言った男の碧眼が、ひどく切なげに細められる。

 先年の領土奪還作戦は、王国側の圧倒的勝利に終わった。衰退の一途を辿る帝国に軍を維持するだけの余裕は既になく、士気が低下していた帝国軍は時間を掛けて兵力を蓄えていた王国軍にとって敵ではなかったのだ。

 奪還した領土に残された帝国の遺物は飢えた民衆によって根こそぎ奪い尽くされたが、これまでに多くのもの――土地や財産はおろか、人権から人の命に至るまでのあらゆるものが帝国によって奪われたことを思えば、それは仕方のないことと言えた。

 男は目を伏せ、しばしの間祈りを捧げた。帝国によって奪われた全てのものへ。そして――いずれ滅びを迎えるだろう、捨ててきた祖国へと。


 ――男の生家は元々は帝国の片隅に小さな領地を持つ男爵家だ。芸術を愛する一家は無名ではあったが絵画を嗜み、素朴だが美しい風景やそこに暮らす人々、日常の細やかな幸せを描く画家一族だ。

 だが、祖父の代に新王朝が成立。祖父は新皇帝の勅命を無視した(かど)で処刑され、一家は領地を追われた。

 自らが美しいと思うもの、心に残ったものだけを描くことを信条に掲げていた祖父。たまたま彼の絵を目に留めた新皇帝に帝室を称える絵を描けと命じられ、暴君の片鱗を見せつつあったこの皇帝を支持していなかった祖父は、信条に反するとこれを断ったのだ。

 祖父はその場で斬殺された。

 一家は温情を掛けられ処刑は免れたものの平民に落とされ、領地を追われることになった。細々と暮らしながらも創作生活を続けた彼らは、徐々に荒んでいく帝国に見切りを付けて祖国を脱出。以後、それぞれの理想の風景を求めて各地に散り、流浪の画家として旅を続けることになったのだった。


「……たった二十年で、国ってのは簡単に変わるんだな」

 名を王国風に改めて素性を隠し、各地を転々とする日々。生活は豊かとは言えなかったが、祖父と同じように自らが描きたいと思うものだけを描き続ける日々は幸せだった。始めこそ見向きもされず、稼げる絵の描き方を指南するお節介者もいたが、信念を曲げずに好きなものだけを描き続けた結果、衣食住に困らない程度には稼げるようになっていた。

 そんななかでも時折思い出すのは、少年期を過ごした祖国のことだ。

 あれ以来帝国は随分と荒れたらしい。極端な軍事に傾き無理な税の取り立てを続けて辺境から廃れていったあの国は、今は中央を維持するのが精一杯の有様だという。

 士気が下がり続ける一方の国境警備隊が護る関所の砦は、素通りも同然だ。亡命者は増加し続けている。

 美しかった生地(せいち)は見る影もなく荒れ果てたと風の噂に聞いたのは、もう随分と前の話だ。

「二十年でこの辺境地帯もすっかり護りが薄くなったからな。でなければ帝国貴族所有のこの地に、部外者の我々が簡単に入り込めたはずがない」

 ――そして、きっと出会うことさえなかった。

 女は熱を帯びた瞳で男を見据えた。

 腕試しにシルヴェリアの塔を訪れていた女と、昔を懐かしんで少しでも故郷に近い場所の風景を描こうとこの地を旅していた男。

 出会いは偶然。豪胆な女剣士と流浪の画家。共通項はまるでないように思える二人だったが、彼女とは驚くほど気が合った。

 剣士だったが実家が己と同じく芸術家の一門だという女は絵画に関する造詣が深く、自分が好きだと思える絵ならば無名の作品でも素直に愛した。その性質が好ましく、護衛として雇った女と王国内を旅してまわるうちにいつしか彼女を愛するようになっていた。女もまた己を好いてくれた。

 いずれは妻に迎えたいと思っていた矢先――彼女は実家に呼び戻された。兄が流行り病で急死し、家を継がねばならなくなった、と。

「……できることならば剣の道を極めたかったが――兄亡き今、領地を守れるのは私だけだ。これもロヴネル嫡流の血を引く者の務め」

 ――女は名門ロヴネル家の令嬢だった。女子でも家督が継げる伯爵家。家を継いでいた兄に妻子はおらず、彼女が後を継ぐより他はなかった。

 既に爵位を継いで女伯となった彼女に、生粋の帝国人である己は釣り合わない。敗戦国の貴族であった己が、彼女を娶るわけにも婿に収まるわけにもいかない。

 そう言って身を引こうとした男を彼女は強く引き留めたばかりか、出会いの地であるシルヴェリアの塔にまで強引に連れてきて、それはそれは熱心に口説いてくれたのだ。終いには耳を塞いで逃げ出したくなるほどに恥ずかしい熱烈な愛の言葉を囁いて。

『信念を曲げずに自らが美しいと思えるものだけを描くお前の姿勢、その生き方は美しい。それに様々な国の絵画に通じるお前の知識量には目を瞠るものがある。私はそんなお前に惚れた。私は幸い領地運営の才能には恵まれたらしいが、残念ながら芸術の才能はないに等しい。ロヴネルにはそのどちらも必要不可欠だ。私にはないその才能を持つお前を――心の底から惚れたお前を、私は欲しいのだ。帝国人であることなど関係ない。私にはお前が必要だ。どうか私と添い遂げてはくれまいか』

 愛した女にここまで言われてそれでも首を横に振るなど男が廃る。彼は遂に首を縦に振った。

「……なんとも豪胆で情熱的なお姫さんだな、リース」

 男は愛する女を愛称で呼んだ。

「いや、この場合姫は俺か?」

 冗談を口にすれば、リース――リースベット・ロヴネルもまた美しい鳶色の瞳を細めて笑った。

「そうだな。ならば私はお前を護る騎士だ。愛するお前を虐げんとする愚か者はこの私が蹴散らしてくれよう」

 言いながら手をこちらに差し伸べた。その手に自らの手を重ねると引き寄せられ、指先に口付けられる。そして落とされる誓いの言葉。

「我が人生と愛を、愛しき姫に」

 男もまた笑い、そして返すのだ。

「我が人生と愛を、愛しき騎士に」

 男女の配役が入れ替わった、あべこべの誓いの言葉。

 くすくすと笑い合う声はやがて、重ねられた唇と共に溶け合った。

 ――濃厚な口付けを交わし、そうしてしばらくの間抱き合った後。

「……そろそろ行くか。日が落ちる前に街に戻らねぇとな」

 危険の少ない夏とはいえ、夜間はそれなりの魔獣も出没する上、野盗の危険もあるのだ。

 リースベットは身体を離すと頷いた。

 そして二人手を取り合い、その場を後にしようとして――リースベットは後ろを振り返った。その視線の先には、石壁に飾られた――荒れ果てた部屋には不釣り合いな美しい絵があった。男が先ほどまで眺めていた、あの風景画。

「あの絵――本当にいいのか? お前のお爺様の遺品なのだろう」

 それは、平民に落とされて家を出る際に持ち出した絵画の一つ。祖父の、たった一つの遺品。

 それは祖父が描いた少年時代の想い出――彼が一番大切に温めていた想い出を描いたものだという。

「……いいんだよ」

 祖父が幼い頃、父親に連れられて創作旅行で訪れたこのシルヴェリアの地。ここで彼は、ある一人の少女と出会った。療養でシルヴェリアに滞在していた王国の下流貴族の娘。

 まだ幼い二人にとって帝国と王国という括りはなく、ただ気の合う仲の良いお友達として一緒に遊んで日々を過ごすうちに、いつしか芽生えていた小さな恋。

 けれども幼いながらに貴族としての教育が行き届いていた彼らは、この恋は最初から叶わぬものと覚悟してもいた。いつかは領地を継ぐ帝国貴族の嫡子たる祖父と、既に婚約者が決められていた王国貴族の少女。互いの立場と役割を理解していた二人はその想いを胸に秘めたまま、永遠の別離の日を迎えた。

 ――この絵はその別れの前日を描いたものだという。いつの日か生涯を終えたそのときには、魂となってこの地に戻ろうと。そしてそのときこそは共に手を取り合って自由な世界へ旅立とうと。

 遠く高い、シルヴェリアの抜けるような美しい青空を眺めながら、そう誓い合った幼い二人の後姿を描いたその絵。

「――これは爺さんの大切な想い出だ。爺さんが自分のためだけに描いた絵なんだ。これは彼のためだけに在ればいい。だからこれは俺が彼を思い出すために持っていちゃいけねぇんだ。あの人の想い出のシルヴェリアに置いていくのが一番いいんだよ」

 これだけありとあらゆるものを取り尽くされたこの塔には、きっとしばらくの間は誰も寄り付かないだろう。誰かがこの絵を見ることもなく、静かにこの場所で朽ちていくだろう。祖父の想い出は、想い出のシルヴェリアの地に静かに降り積もり――そしていつの日かこの地の一部となるだろう。

 それで、いい。

「……そうか」

 リースベットは微笑み頷いた。

 その手を強く握りしめて、男は静かに歩き出した。二人の、未来に向かって。


 ――男はその後、ロヴネル家当主リースベットの伴侶として迎えられた。男は当主であり妻であるリースベットをよく支え、生涯仲睦まじく過ごしたという。名門伯爵家当主の婿として収まった生国不明の流浪の画家を、得体の知れぬ余所者として口さがなく揶揄する者も多かったというが、夫を愛してやまないリースベットがその都度宣言通りに蹴散らしたという。


 ミケール・サリアンという名だった男の真の名はミハイル・サラエフ。後に著名な画家として評価されたルキヤン・サラエフの、孫息子だ。


 ――これは、誰にも語り継がれることのなかった物語。

雪男「うぃーーーーるすてーーーぃふぉーえーーーーヴぁーーーでぃすうぇーーーーい、ゆーあーーせーふいんまいはーとえーんど、まいはーとうぃーーーーるごーおーーーーんあーーーんどーーーーーん」

ルリィ「すんごい声量!!」

ペルゥ「すんごい美声!!」

雪熊「意外な特技だ」



……とっくの昔に嫡流に帝国の血が混じってたというお話でした。

爺様乙。


覚えておられん方がほとんどだとは思いますが、「ルキヤン・サラエフ」と「壁面の絵画」については第3章18話「エンカウント」内、リースベットについては22話「うつりゆく無垢の風景(1)」で触れています。朽ちた名画の真相。

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