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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

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50 幕間六 夕焼け色の世界(バルト、アンネリエ)

ルリィ「デニスはお休み」

 茶葉の芳しい香り漂う給仕室の棚に、所狭しと並べられた紅茶缶。ただティータイムを楽しむためだけに集められたものではない。遠い南国の景色や大輪の花、珍しい鳥獣類が描かれた異国情緒溢れる美しい装飾の缶は、この館の女主人のコレクションを兼ねている。

 香り良い紅茶とともに美しい缶の装飾を眺めてその国々に想いを馳せるのが、女主人――ロヴネル家当主アンネリエの細やかな楽しみでもあるのだ。

「今日はどれにしよっかなー」

 アンネリエの第二秘書官であるバルト・ロヴネルは、棚に収められた缶を眺めて思案する。一見気紛れに選んでいるようにも見えるが、その日の天気や仕事の進み具合、そしてアンネリエの精神状態など様々な要素を考慮した上で最も相応しい茶葉を選んでいる。

 ほとんど外すことのないその選択は、館に奉公に上がる前から数えて十六年という彼女との付き合いの中で培ったバルトでなくては為し得ない技だ。

「うーん……やっぱりこれかな」

 葉模様が散った淡い若草色の地に南国の夕景が描かれた紅茶缶。北イシャン王国の茶葉、ダーシャだ。独特な癖のある芳香だが、爽やかに抜ける目も覚めるような香りときりりとした渋味が特徴のそれは愛好者も多い。

 アンネリエお気に入りの茶葉の踊る様子が見られるガラス製の茶器と紅茶缶をワゴンにセットしたところで、手元に影が差した。

「……その茶葉を選ぶならベン・キーネの茶器でしょう。ガラスではその美しい色を十分に楽しめませんよ」

 言葉遣いこそ穏やかだが、どこか小馬鹿にしたような響きを孕んだ慇懃無礼な口調に、バルトは顔を上げてにっこりと笑って見せた。

「マニュアル通りならそうだけどね。今日はこれでいいんだよ」

 あくまでも穏やかな姿勢を崩さないバルトに、給仕の助手を務めるその青年は端正な顔を歪めた。

「分かっていませんね。紅茶のイロハもご存じでないとは。まあ、あの人騒がせな男爵の孫なのですから、この程度でも仕方ないのかもしれませんが……貴方のような男が第二秘書官ではロヴネル家の家名に泥を塗るとは思いませんか」

 明らかな嫌味にバルトは笑った。馬鹿にするのでもない、ただいつも浮かべるような朗らかな笑み。本気で相手にするまでもない。だから、いつも通りに笑うだけ。

(――子供の口喧嘩程度の嫌がらせしかできない肝っ玉の持ち主なんて、本気で相手にするようなもんでもないしね)

 もっと直接行動に出てくれれば相手のしようもあるのだが。

 彼の目的はバルトを秘書官の座から引きずり下ろすこと。だがこの程度の嫌味はどうということはない。今までデニスが浴びせられてきた数々の罵詈雑言に比べれば、子供の悪口のようなものだ。そもそも自分やデニスが秘書官を辞したからと言って、この男がその空いた椅子に座れる訳でもあるまいに。

 それにバルトを第二秘書官に選んだのはアンネリエなのだ。青年はそれと知らずに女主人を馬鹿にしたのだということに気付いているのだろうか。

「うーん、なら君がいいと思う茶器を一緒に持っていけばいい。アンネリエ様がお気に召したら、君の方を選んでくださるかもしれないよ」

 その言葉に彼の瞳が意地の悪い形に歪められた。女主人の前でバルトに恥をかかせる機会を得たと思ったのかもしれないが。

(マニュアル対応しかできない君が恥をかくだけだと思うんだけどね)

 意気揚々と自らが推すベン・キーネの茶器を用意する青年に苦笑いしながら、ワゴンを押して執務室へと向かう。

「お待たせしました」

 書類の山に埋もれていたアンネリエは顔を上げて微笑み、忙しく書類仕事に没頭していた部下にも休むよう声を掛ける。

 どれだけ忙しくとも必ず取るようにしている執務の合間のティータイムはロヴネル家の習慣の一つだ。効率良く質の良い仕事をするためには心身を休める時間もまた必要なのだ。

「……時間が経つのが早いわね。もうお茶の時間なのだもの」

「それだけ充実しているということでしょう」

 伸びをして身体を解しつつ長椅子に移動したアンネリエが腰を下ろすのを見計らって、料理長自慢の焼菓子を卓に置いた。

「まぁ……アロルドったら」

 好物の雪葡萄のリキュール漬けを練り込んだその焼菓子を見て、アンネリエは仄かに頬を染めて微苦笑した。

「本当によく見ているのね」

 アンネリエが生まれる前からロヴネル家に勤めていた料理長のアロルドは、仕えるべき主人とその家族の意に沿う料理を提供することを得意としている。朝食の給仕の際には必ず顔を出し、主人一家の様子を観察してその日の気分や体調に合わせた献立を作るのだ。

 この日のティータイムのために用意された焼菓子は――これは、想い出の一品(ひとしな)。デニスとバルトに初めて会った、あの想い出深い日に供されたあの焼菓子だ。

 今までにも何度か茶菓子として出されたそれ。それはいずれも、アンネリエがどうしても叶わぬ恋に胸を痛めていた日だったと記憶している。

「婚約を決めてから初めてのデニスの休暇ですからね」

 半日でも顔を合わせないのは寂しかろうと、アロルドは気を利かせてこの想い出の焼菓子を焼いてくれた。とするならば、それに合わせる紅茶は一つしかない。

 温めた茶器に茶葉を入れ、沸かしたての湯をティーポットに注ぐ。水泡とともにふわりと浮上した茶葉はやがて水分を含んで重みを増し、鮮やかに色付いていくガラスポットの中をゆっくりと沈んでいく。

 対流で踊る茶葉を目を細めて眺めていたアンネリエは、ほう、と小さく吐息を漏らした。どこか夢心地の女主人の様子に微笑しながら、バルトはガラスのカップに紅茶を注ぐ。

「……綺麗な色」

 日の光に透かして鮮やかなその色を楽しむアンネリエに、従者の青年がおずおずと声を掛けた。

「あの……」

「なにかしら?」

「……こちらの茶器ではなくてよろしいので?」

 彼が用意したベン・キーネの茶器には目もくれず、当然のようにしてガラスのそれで紅茶を楽しむ女主人はにっこりと微笑んだ。

「マニュアル通りならそれで正解ね。でも私はこちらの方が今の気分に合うの。さすがバルトね。十六年一緒にいただけのことはあるわ」

 バルトに対する惜しみのない称賛の言葉はしかし、対して青年の矜持を引き裂いた。

 ――十六年一緒にいただけのことはあるわ――。

 その十六年という歳月は実のところ、青年が彼女に仕えた年数でもあった。バルトやデニスとほぼ同時期に本家に奉公に上がった青年。

 同じだけの月日を過ごしながら、女主人の機微を読むこともできず、教本通りの対応しかできない――間接的ながらも痛烈な批判に青年はぐっと口を噤むと、失礼しますとぼそぼそと呟きながら会釈して、茶器を抱えたまま逃げるように執務室を出ていった。

「……困った人ね」

 一連の出来事を眺めていた部下達が苦笑する中、アンネリエもまた眉尻を下げて苦笑いする。

「仕事は丁寧なんですがね。しかしそれだけです。状況を読むことができないというのは頂けませんね」

 秘書官の補佐を務める男が紅茶を啜りながら言った。

 彼の言う通り、かの青年は仕事は丁寧なのだ。まさに教本通りに非の打ちどころがないほどに。しかし、その場の状況や相手の機微を読まずに「常識」ばかりを重要視する彼は、融通の利く仕事ができない。ロヴネル家でなくとも上に上がれるような人材にはなり得ないだろう。だからこそ、勤めて十六年経っていながら未だに役の付かない従者止まりなのだ。

「仕事は丁寧だから置いていたけれど、足を引っ張るようなら――彼もそろそろ考えなければならないかしら、ね」

 言いながらアンネリエはガラスのカップを再び日に透かして目を細める。

 カップの中の紅茶は鮮やかな金赤色。その色を透かして見る世界はまるで夕陽に染まったようで。

 きっと、その色を通して燃えるような夕焼け色の赤毛の青年を想っているのだろうことがそのうっとりとした表情から窺い知れて、バルトは口元を綻ばせた。

 ――北イシャン王国が誇る最高級の茶葉、ダーシャ。

 その名が「デニス」を北イシャン語読みしたものであることを――あの従者の青年は、知らない。

雪男「マニュアルを逸脱した方法で駆逐された私が通りますよ!!!!」

ルリィ「落ち着いて」

ペルゥ「深呼吸して」


マニュアルを覚えたら次は応用にチャレンジしましょう☆ というお話です(そうか?)

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