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47 幕間三 妄想被害(ザック、ラーシュ)

前話「妄想との戦い」のザック視点。


ルリィ「ナニもないない」

「すみません、マスター。今日は休みなのに」

「いや、このくれぇは構わねぇよ。こっちこそ悪ぃな。忙しいってのによ」

 仕分け済みの手紙を受け取りながら言うザックに、その若い事務職員は眉尻を下げて苦笑いして見せた。

「いやむしろ休んでくださいよ。先月の末あたりからずっと働きっぱなしでしょ。せっかく手が空いたんですから」

 年末近くともなると書類仕事に各所との会合のほか、年内に済ませたいという急ぎの依頼や生誕祭絡みの細かい依頼が増える。受付処理専門の職員はいるが、今年は依頼人との折衝や担当する冒険者の割り振りに難しい判断の要るものが多く、その処理のために残業や休日出勤を重ねる羽目になったのだ。

「それ届けたらちゃんと休んでくださいね」

 久しぶりに取れた休日ではあったが、買い物ついでに様子を見るために組合(ギルド)に立ち寄ったところ、この手紙を手渡されたというわけだ。

 シオリ宛で差出人は名門ロヴネル家。親しくなったというから私信かもしれないが、依頼絡みの可能性も考えて早めに手渡した方がいいだろう。

 手紙を懐に入れて組合(ギルド)を後にする。徒歩数分の場所にあるシオリのアパルトメントに足を踏み入れると、エントランスのカウンターで帳簿を捲っていた管理人が顔を上げた。

「おや、ザックさん。シオリさんのところですか?」

「ああ。あいつはいるか?」

 管理人のラーシュは柔らかく微笑みながら頷いた。

「ええ、いらっしゃいますよ。アレクさんも一緒です」

「……アレクも?」

 ちらりと視線を向けた時計は十三時を少し回った時刻を示している。この時間にいるということは、昼食を馳走になったのかもしれない。

 二人の兄貴分としては多少複雑な思いもないではないが、恋人同士の時間を邪魔するのも無粋だ。用件だけ済ましたらさっさと退散しようと思いながら、ラーシュに軽く手を振ってシオリの部屋に向かう。そしていざその扉を叩こうとしたその瞬間。

『あっ……』

 シオリのか細い声が聞こえて、ザックはぎくりと動きを止めた。

 ――しばしの静寂。気のせいだったかと思い、再び手を振り上げたその途端――。

『んっ……あっ……』

 切なげな声とともにぎしぎしと何かが軋む音が聞こえ、いよいよ本格的にザックは硬直した。固まって思考停止している間にも、扉の向こうからはシオリの甘い微かな声と何かが軋む音が響く。

「……」

 恋人同士の遊戯に耽っているらしい物音に、ザックは内心激しく動揺した。

(真昼間っからかよ……)

 いくらそういう仲とはいえ少々盛んに過ぎるのではないかとも思ったが、考えてみれば相手の男はアレクである。馴染みの娼館では絶倫とか底無しで鳴らしていた彼のことだから別段不思議ではないのかもしれないが、それにしても――と思いかけて、ふと思い出した。

 そういえば前にも似たようなことがなかったか。

 あのときもシオリの部屋から卑猥な声が――それもアレクが責められている声が聞こえて大いに焦ったものだったが、いざ蓋を開けてみれば実際にはただ単にシオリがアレクに指圧を施していただけだった。

(そうだよな、きっと今回もマッサージだよな。あの真面目なシオリがこんな日も高ぇうちから身体を許すとも思えねぇしよ)

 それにアレクにしても、些か溺愛気味ではないかとも思えるほどにシオリを大事にしているのだ。多くの人間が起きているような時間帯に事に及んで、大事な女のあられもない声をほかの誰かに聞かせるような真似をするとも思えない。

(そうだよな、さすがに真昼間っからはねぇよな。マッサージだマッ――)

『……痛くはないか?』

『んっ……もう少し優しく……』

『……これくらいか?』

『あっ……うんっ……気持ちイイ……』

(――サージじゃねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)

 マッサージだと自らに言い聞かせようとした矢先に素晴らしく如何わしい会話が耳に飛び込み、ザックは心の内で絶叫しながら転がるようにしてその場から逃げ出した。

 熱く掠れたアレクの声、甘く甲高いシオリの声。よく見知った、それも極めて身近な人間が事に及んでいる現場に居合わせるほど居た堪れないものはない。

 ばたばたと階段を駆け下りると、帳簿仕事を終えたらしいラーシュが帳面を閉じながら目を丸くした。

「どうなさったんです」

「……ラーシュさんよぉ……」

 カウンターに肘をつき、げっそりと項垂れる。

「……ここの壁、ちっとばかり薄過ぎやしねぇか」

 瞠目してしばらく沈黙していたラーシュは何かに思い至ると、ああ、と頷きながらにこやかに言い放った。

「大丈夫ですよ。ご夫婦や恋人同士のお部屋からナニが聞こえても、誰も気にしませんって」

「いや、気にするよ!」

 二、三十代の色んな意味で盛んな年代の入居者が多いアパルトメントの管理人であるから、あの手(・・・)の物音にも慣れているのかもしれないが。

 それとも認めたくはないが、自分は独り身だから堪えるのだろうか。

 うんうん唸りながら頭を抱えるザックの目の前に、香ばしい香りが立ち上るカップが差し出された。

「まぁ、珈琲でもいかがです。落ち着きますよ」

「おっ……珍しいな。高級品じゃねぇか。せっかくだから頂くか」

 この数十年で食料事情が大幅に改善されたこの国では、特に農業研究が盛んである。世界各国から取り寄せた農産物を国の気候に合うよう品種改良を行ってきたが、どうしても環境が合わずに完全輸入に頼っている品種がいくつかある。レモンなどの柑橘類やバナナといった南国系果実のほか、珈琲や紅茶、カカオなどといった嗜好品の類いがそれだ。

 珈琲やカカオなどの熱帯にのみ生育する品種は特に希少価値が高く、王侯貴族でも滅多に口にすることはない。

 公爵家に身を置いていた自分でさえ、年に一度口にするかどうかといったところだ。

「知人が旅先から送ってくれたんですよ」

 大事に飲みたいところだが、あまり大事にし過ぎて傷んでしまっては元も子もない。生誕祭などの来客が多いときに、客人と楽しんでいるのだという。

 一口啜るとほろ苦い香りが鼻を抜け、その後に微かな甘みと酸味が口内に残った。

「……美味いな」

「……ですねぇ。産地周辺では庶民でも毎日珈琲を楽しむところもあるそうですよ」

「そりゃあ贅沢だな」

 もっとも南方では逆に、王国では日常的に口にする林檎やベリー、そして乳牛などの北方系の農産物が珍重されているというというから、そういった楽しみ方は産地ならではといったところだろう。

 ふわりふわりと豊かな香りがエントランスに漂っていく。

「……シオリさんが仰るには」

 珈琲の香りに目を細めながら、ラーシュがぽつりと言った。

「珈琲にはリラックス効果や集中力を高める効果があるんだそうですよ」

 だから故国では、寝起きや仕事前に飲む者も多かったという。

「はぁ……なるほどねぇ」

 シオリが物知りなのは周知の事実であるが、それにしても――。

「東方っていやぁ、それほど豊かじゃねぇ国ばかりだって聞いてたがな。珈琲を日常的に飲むたぁ……なんというか」

「とても贅沢ですよね。相変わらず謎なご婦人です」

 ラーシュと二人で苦笑し合う。

 物知りで料理上手なシオリは様々な食材の調理法に精通しているが、彼女が口にしたことがある食材の中には高級品が数多く含まれていて、随分と驚かされたものだった。チョコレート菓子やココア飲料、南国系果物の加工品が子供の小遣いでも買えるような環境にいたと聞かされたときには、一体どこの楽園の姫君だと思ったものだ。

「……ああ、美味かった。ご馳走さん。高価なものをありがとな」

「いえいえ。またご馳走いたしますよ」

 この礼に王室御用達の茶菓子でも取り寄せるかと思いながら、そろそろ頃合いかとシオリの部屋に戻る。

(……いくらなんでももう終わってるよな。終わらせたよな!?)

 あれから何やかやで数十分は経っている。念のため聞き耳を立ててみるが、室内は静かだった。いかな底無しのアレクでも、シオリ相手にそう何度もがっついたりはしないだろう。

 安堵しながら扉を叩くと、僅かな沈黙の後に室内で何かが動く気配があった。ややあってから、がちゃりと扉が開く――が、そこには誰もおらず、一瞬ぎょっとしてから足元の気配に気付いて見下ろすと、瑠璃色の塊がぷるるんと震えた。

 ルリィはしゅるんと伸ばした触手を左右に振って挨拶する。

「おう、ルリィ。シオリは――」

 言いながらふと部屋の奥に視線を向けたザックは、またしてもその場でぎくりと固まった。

 ――視線の先にある寝台には、うつ伏せになって眠るシオリの姿。気怠げながらもどこか恍惚とした満足げな表情、寝乱れて広がる艶やかな黒髪。その身体には大判のショールが掛けられているがはみ出した手足は素肌が剥き出しで、隠れて見えない部分は裸体であることを容易に連想させた。

 そして――浴室から聞こえるシャワーの音。アレクが汗を流しているのだろう。

 ぎぎぎと顔を足元に向けたザックは預かっていた手紙を取り出すと、ぎこちない動作でルリィにそれを手渡した。

「……あー……その、なんだ。悪ぃが……これ、シオリにな、渡しといてくれるか」

 了解したと言うように、ルリィはぷるんと震える。

「じゃ、じゃあ……まぁ、二人によろしく、な」

 不自然なほどに途切れ途切れの言葉を掛けると、ルリィは別れの挨拶代わりに触手を再びふるふると左右に振った。

 そっと扉を閉めたザックはよろよろと数歩進んでから、両手で顔を覆ってその場に蹲った。

(――事後が生々しい!!)

 事後も何もそんな事実はどこにもなく、ただ単に指圧マッサージの後だっただけなのだが。そのことに気付くこともなくザックはゆらりと立ち上がると、クレメンスがいなくて良かったなどと頭の片隅で考えながら、ふらふらとその場を後にした。

 ――年の瀬、小雪が散らつくある冬の午後の出来事である。

雪男「ザックさんは経験者って感じしますよね」

ルリィ「ナンの?」

ペルゥ「ナニの」


まぁこちらは素人なんちゃらではないと思います。

下品な話ばっかりで申し訳ございませんが、別にナニもしていないので大丈夫かな!

……大丈夫だよな。

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[気になる点] この手の本職なのですが余り艶めかしい声を聞いたことは一度もありません。凝っているのは酸欠による深部痛なので気持ち良く感じるのは酸素が通ることによります。 と言うか痛みを感じさせると恒…
2020/01/19 18:04 退会済み
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