46 幕間二 妄想との戦い(アレク、シオリ、ルリィ)
ルリィ「ヒーローの妄想タイム」
「うーん……やっぱりマッサージしてこようかなぁ」
食後の片付けを終えたシオリは首筋をさすりながら、ほう、と長い溜息を吐く。大荷物になる遠征の後はどうしても肩や背中の筋が張り、人によっては痛むこともあるのだ。肩周りの筋肉を鍛えている剣士系には無縁とも思われがちだが、さすがに遠征後はそれなりに凝りを感じることもある。
それはさておき。
「マッサージ? 按摩師に頼むのか?」
近隣で商売している按摩師の顔ぶれを思い浮かべてみるが、どれもこれも……。
(……男ばっかりじゃないか)
開業こそしてはいないが、有資格者の同僚もいたはずだ。だが、それも男。
自分以外の男に大事な女の身体を触らせるのが癪で、アレクは眉を顰めた。顔見知りの按摩師は皆信頼できる者ばかりだったが、それでも施術中はかなり際どい場所まで触るはずだ。恋人としては面白かろうはずがない。
かといって凝りをそのままにしておくのもかわいそうだ。ルリィにとんとんと肩を叩かせているシオリを眺めているうちに、アレクは妙案を思い付いてにやりと笑った。
そうだ。自分がやればいいではないか。自分だって時折シオリに指圧してもらっているのだから。
「シオリ。俺がしてやろうか?」
「え? でも……いいの?」
提案すると驚いた様子ではあったが、反応は悪くはない。
「構わんぞ。いつもはお前がしてくれるじゃないか。遠慮せずにほら、横になれ」
遠慮なくシオリの身体を触り倒す口実を見つけて緩みそうになる口元をどうにかきりりと引き締め、さり気ない動作で彼女を寝台に誘導する。
「うん……じゃあ、お願いするね」
そう言うとシオリは、枕に頭を預けてうつ伏せになる。邪魔にならないように束ねた黒髪を横に流すと、項と華奢な肩が露わになった。
施術のために彼女の横に膝をつき、そっとその背に両手を触れる。そうすると華奢な女を押さえつけて組み伏せているような錯覚に襲われて、アレクは思わず口元を覆った。
これは思った以上に――。
(そそる……な)
無意識にその肩甲骨から細い腰を通り過ぎて丸みを帯びた膨らみの辺りまで撫でおろしてしまい、怪しげな手の動きに驚いたシオリが小さな悲鳴を上げた。
「ア、アレク?」
「……っ、ああ、凝り具合を確かめていただけだ。じっとしていろ」
「え? あ、う、うん……」
凝り具合を調べるのに尻を撫でる必要はまったくないのだが、シオリは大人しく言いなりになる。自分で誘導しておきながら、まるきり据え膳の状況にアレクは内心動揺したが、表面的には何食わぬ顔をした。
先ほどからルリィが寝台の脇で興味深そうにじっと見上げているような気もするが、これも気にしないことにする。
「凝っているのは肩と首か?」
「……うん。あとは背中が少し」
「そうか。じゃあ、肩周りを重点的に解すか」
「うん、お願い」
「ああ」
力加減を間違えるとこの小柄で華奢な身体を折ってしまいそうだ。アレクはかなり加減して肩に指先を押し込んだ。途端に、
「んっ……」
というか細い声交じりの吐息が漏れて、アレクはぎくりと手を止めた。が、気を取り直してもう一度指圧する。
「あっ……」
(うわああああああああああああああああ)
再び漏れる吐息が妙に艶めかしく、アレクは心の内で悲鳴を上げた。
(まずい、これはまずい!)
これはそそるを通り越して扇情的に過ぎる。シオリの唇から漏れる切ない吐息の破壊力に動悸が早まった。
(覚えたての小僧でもあるまいに)
こんなことで興奮するのはなにか阿呆のような気がして、アレクは相当の労力を掛けて内心の動揺を押し殺した。はたから見ればまるきり阿呆そのものなのだがそれに気付くこともなく、彼はなるべく心を無にするように努めながら、シオリの肩や背を押し続ける。
「んっ……あっ……」
シオリも無意識なのだろうが、刺激するたびに艶めかしい吐息を漏らし、その都度アレクの理性をがりがりと削っていった。削れる理性とは対照的に昂っていく身体は実に正直だ。削り切ってゼロになったらそのまま美味しく頂いてしまいそうだ。
しかしこの状況でなし崩し的に雪崩れ込むのはさすがによろしくない。シオリの全てをもらうのは彼女の心の傷がもっと癒えてからだと自身で決めていたというのに、ほんの少しの悪戯心が招いたこの状況に、アレクは激しく心の内で苦悶した。
「あ……力加減はどうだ? 痛くはないか?」
どうにかして平常心を保とうと、無駄に問いかけなどを差し挟んでみた。
だが――。
「んっ……もう少し優しくしてくれると……イイかな」
(イイ!? もっと優しく!?)
どうにも状況は悪くなる一方である。
「あ、いや……そ、そうか、じゃあ……これくらいか?」
「あっ……うんっ……気持ちイイ……」
(ああああああああああああ逆効果!!)
シオリの背を指圧しながら息も絶え絶えになっているアレクをルリィが不思議そうに見上げているが、それに気付くこともなく彼は必死で内心の葛藤と戦っていた。
「ん……ねぇ、アレク……? 何か息切れしてるけど大丈夫?」
指圧を続けながら何故か呼吸が荒くなっている彼を、シオリが身を捩って見上げる。
身体が解されていく心地よさに頬を上気させてうっとりとしているその様子がこれ以上の快楽をねだるようにも見えて、細く引き伸ばされた理性の糸がぶっつりと千切れそうになった。それをぎりぎりのところでどうにか堪えると、アレクはゆらりと身体を起こした。
「……あまりにひどく凝っていたからつい熱心にやってしまった。少し……シャワーを借りてもいいか?」
「……あ、うん、どうぞ。ありがとう、アレク。凄く気持ち良かった」
「よ、良かっ……ああいや、すまないが借りてくる」
これ以上会話を続けていては、シオリの言葉を脳内でおかしな方向に変換してしまいそうになる。早いところ頭を冷やさなければ、本当に彼女を頂いてしまいそうだ。慌てて会話を打ち切ったアレクは、転がるように浴室に飛び込んだ。
その背を見送ったルリィはぷるんと震えると、触手を伸ばしてうとうとと微睡み始めたシオリにそっとショールを掛けてやった。
浴室からはざあざあと勢いよく流れるシャワーの音が聞こえてくる。
――指圧マッサージって、やってる方も気持ち良くなれるのか。
そんな風に思いながら、ルリィは愉快そうにもう一度ぷるんと震えた。
ルリィ「前から薄々思ってたけど……アレクって素人童t
ペルゥ・雪男「「やめてさしあげろ」」
……やめてさしあげろ。




