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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

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45 幕間一 弟のおねだり(ザック、アレク)

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。


 品の良い調度類や落ち着いた色合いのファブリックで纏めたザックの部屋は、男の一人住まいにしては小奇麗で居心地が良く、ごく親しい仲間内の飲みの場になることも多い。

 屋台料理を手土産に訪れたアレクに椅子を勧め、ザックは棚からお気に入りの銘柄のエールを取り出した。卓の上に並べた二つのグラスにエールを注ぐと、グラスに当たって弾けた琥珀色のそれは、穀類の香ばしさと果実の爽やかさが入り混じった独特な香りを放った。

「――お疲れさん。とりあえずはひと段落ってところか」

「ああ。あんたもな」

 エールを満たしたグラスを掲げながら、互いに労いの言葉を掛け合う。

 ――アレク達がロヴネル家の依頼を終えて帰還してから数日後の夜。彼から個人的な用向きで話がしたいと誘われてはいたが、都合が合わずに結局今日まで延びてしまった。

 年末、特に生誕祭の前後は書類仕事や駆け込みの依頼、それに各所との会合が多く、締めの作業が終業時間を過ぎることも少なくないのだ。

「付き合せて悪いな。久々に定時上がりだったんだろう」

「気にすんな。飯食うか本読む以外にゃ特にすることもねぇしな。飲みの誘いなら大歓迎だ」

 気遣う様子のアレクにそう返すと、彼はそうかと苦笑しながらエールを呷った。互いに用意した肴を広げ、適当に取り分けてつつく。

「……お前。少し変わったな」

 酒を飲み、肴をつまむアレクをなんとはなしに眺めていたザックはぽつりと呟いた。

 二枚貝のオイル漬を咀嚼しながら目を細めていた彼は、動きを止めて瞠目する。

「……変わった? 何がだ?」

「雰囲気が、な。少し柔らかくなった」

「そうか? それほど変わったつもりもないが……」

 エールのグラスを手にしたまま不思議そうに首を捻るアレクに、笑って見せる。

「ああ、それ。そういう顔だよ。ちょっとしたことで表情が動くようになった。表情が豊かになったって言えばいいか」

 アレクはどちらかと言えば喜怒哀楽は明確な方だ。だが、怒りや不快感といった感情は特に顕著に表すが、それ以外についてはどこか硬さ混じりだったように思う。それに、あまり細かい感情までは表に出さなかった。慣れない者から見れば冷たいようにも思えたかもしれない。

 それが今はどうだ。嬉しければ柔らかく目を細め、楽しければ素直に笑い、そして哀しければ切なげに眉尻を下げる。心の柔らかな部分で感じた思いを露わにするようになった。

「――だとするならそれは……シオリのおかげだろうな」

 そんな風に言いながら、今もこうしてひどく柔らかく笑うのだ。

 ――手に入れたい、護りたいと思って彼女に近付くうちに、いつしか彼自身が癒されていた。感情の発露を押さえつけていた心の奥底に冷えて凝り固まったものを、彼女の陽だまりのような優しさと温かさが溶かしたのだろう。

 ――彼が抱えた心の傷。父と弟に次いで良き理解者であるはずだった恋人からの、別れの際に投げ付けられた「貴方にはなんの価値もない」という言葉は今でも彼を苛んでいる。

 初めてその話を聞かされたときに抱いた激しい怒りは今でも覚えている。彼が傷付いて壊れそうになっていた心をどうにか保っていたことなど、身近にいたその女が一番よく知っていただろうに――止めを刺すような惨い真似がよくもできたものだ。

 そのときもしその場に居合わせていたのなら――まだ二十歳をいくらか過ぎたばかりの血気盛んなあの頃の自分だったら即座に斬り捨てていたかもしれない。

 多感な少年期に付けられた傷は時を経ても癒えることなく、心の奥底に沈んだままじくじくと膿み、時折首をもたげては彼を苛むのだ。

 あれから同じときを友人として戦友として過ごした自分もクレメンスも、誰もその傷を癒すことはできなかった。

 ――思えば、彼がシオリに惹かれたのは必然だったのかもしれない。

 そして互いの心に抱えた傷――(うろ)。それは恐らく同質のものだ。安らぐ居場所だったはずものから自らの存在ごと否定されて捨てられた――同じ痛みを持つ者として、何か惹き合ったのかもしれない。

 痛みを抱えながらも生きるために強く在ったアレクとシオリ。その二人の関係は、ただ愛情を交わし合うだけのものではない。同じ痛みを分かち合い癒し合い、そして戦う――言わば同士だ。

 足りないところを補い合い、抉られた心の虚を満たし合って生きる――出会うべくして出会った、まるで定められた(つがい)のようにも思えた。

 数多の苦難の果てに邂逅を果たし、そして手を取り合う二人の、その番の片割れを、ザックは万感の思いを込めて見つめた。

「――いい女に会えて良かったな。アレク」

 落とした言葉に彼は目を見開き、それから綻ぶような笑顔を見せて、そして頷いた。

「……ああ、そうだな。とびっきりのいい女とともにいられる俺は――幸せ者だ」

 ――教え子であり、同僚であり、友人であり、そしてもう一人の弟でもあった男の柔らかに笑むその姿に――心の奥に残されていたある女(シオリ)へのひとかけらの恋情は、緩やかに溶けて消えた。

(想いを遂げたのが俺じゃなくてこいつで――良かったんだ)

 グラスに残った最後の一口を飲み干すと、ザックもまた唇の端を引いて笑った。

「……だがな、これから先も一緒にいるつもりなら、解決しなきゃならねぇことがまだ残ってる。それはどうするつもりなんだ?」

 王族の身分を捨てて市井に下ったとはいえ、それは表向き――と言っても行方不明扱いなのだからその表現は微妙とも言えるが、実のところは未だ王家に籍は残されたままだ。

 それは、城に残した彼の弟の、たった一つの我儘。

『――せめて、お前と僕が兄弟であることの証を形だけでも……残しておきたいんだ』

 二人の兄も母も既に亡く、余命幾許もない父の命が尽きれば家族と呼べる者が彼を除いていなくなってしまう弟がただ一度だけ口にした我儘だった。

 ――未だに王族の身分を保持したままの彼。曖昧な立場のまま、身元不明の女を娶ることは難しいだろう。

「どうするべきかはまだ決められない。だが、目を背けて逃げるばかりだった過去に向き合うと決めたんだ。多少時間はかかっても必ず消化して結論は出す。その上で――あいつに妻問いするつもりだ」

 彼の視線が、まっすぐにザックを貫く。揺るぎない決意を秘めた紫紺の瞳に、迷いの色はない。

「……そうか。なら俺からは……もう何も言うことはねぇよ」

 互いの空いたグラスにエールを注ぎ直し、願いを込めて高く掲げる。

 ――その道行に、幸あれ、と。


 その後しばらくは他愛もない雑談をしながら酒を酌み交わした。

「そうだ。王族と言えば……」

 ふと思い出したようにアレクが言った。

「オリヴィエの奴、桃色のスライムを使い魔にしたって噂を聞いたが、あんた、何か知ってるか」

「ぶっ……はぁ!?」

 予想もしない言葉に口に含んでいたエールを噴き出したザックは、慌てて口元を拭う。こうなる展開を予想していたらしく、噴き出したエールから肴を守るようにしてさっと卓上に盆を掲げたアレクをじっとりと睨みつけた。

「なんだそりゃ。俺は知らねぇぞ。どこで聞いた噂だよ」

「ロヴネル家の連中に聞いた。噂の出所はエンクヴィスト家で確からしいんだが……」

 エンクヴィスト家と言えば、秋に若き当主が迷子騒ぎを起こした伯爵家だ。とはいえ、堅い家柄でも知られているあの家の者が確証もない噂話に興じるとも思えない。

 そうは言ってもあまりに突拍子がない話ではないか。そう思いかけて、ふと思い出す。

「……いや、ちょっと待てよ。すっかり忘れてたが、お前に手紙が届いてる」

「俺に?」

 ロヴネル家の依頼で出掛けてすぐに、組合(ギルド)の住所に届いたアレク宛の手紙。大事に仕舞い込んでいたそれを手渡すと、彼は封筒に書かれた差出人の名を見て眉を顰めた。

 差出人はオリヴィエ・ディア。彼の弟――王の変名だ。

「珍しいな、こんな時期に」

 言いながら封筒を破って中身に目を走らせていたアレクの口の端が、徐々に引き攣ったものになる。やがて深い溜息を吐いて、彼は頭を抱えてしまった。

「……おい、どうしたよ」

 恐る恐る声を掛けると、彼は頭を抱えたままその手紙を差し出した。見ろということらしい。遠慮なく受け取り、その文面を読む。


『――親愛なるアレクへ。

 寒い日が続くが元気にしているか。秋頃に体調を崩したと聞いたが無理はしていないか。視察のついでに見舞いに行こうと思ったが、元気そうだったので遠くから見守るだけに留めておいた。だが、本当に無理だけはしないでくれよ。お前が元気でいてくれることが僕の願いだからね。どうか身体は大事にしてくれ。

 そうそう、次の誕生日の贈り物は何がいいか訊かれていたけれど、今からお願いしても大丈夫かな? お前が僕のために選んでくれたものなら何でも嬉しいのだけれどね、今回はおねだりしてみようと思う。

 スライムが一匹入るくらいの大きさの背嚢が欲しいんだ。視察の帰りに蒼の森に棲息しているスライムと使い魔契約をしたんだ。可愛い奴でお忍びにも一緒に連れていきたいんだが、桃色スライム連れの金髪男だとすぐに僕だってばれてしまいそうだからね。隠して連れていけるような物が欲しいんだ。お願いできるかな?』


「……」

 何がどうしてこうなった。

 同じように頭を抱えて唸り声を上げるザックに、アレクがぼそりと声を掛ける。

「……来てたのか」

「……おう」

「……いつ」

「……十月の終わり……か、十一月の初め頃か」

「……なんで黙ってた」

「いやぁ……だってなぁ……お忍びって言ってたしよ」

 それどころか、彼が愛してやまないシオリに会っていたなどとは口が裂けても言えない。

「……なぜスライム……」

「……知らねぇよ」

 それはこっちが訊きたい。

 ――まさか弟分の兄弟にして我が国の王が可愛い妹分の使い魔を気に入った挙句に、その帰りに出会ったスライムとほいほい使い魔契約してしまったなどとは知る由もなく、ザックはアレクとともに引き攣った笑いを浮かべた。

ルリィ「使い魔用キャリーバッグ……」

ペルゥ「ほくほく」

雪男「私もどなたか使い魔契約してくれませんかねぇ……」


イイハナシダナーで終わると思いきやこんなオチなのは仕様です。

今年もよろしくお願いいたします。

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