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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

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44 純白の約束

ルリィ「それ以上のことはしていません」

ペルゥ「?」

ルリィ「していません」

 第二街区の公園通り沿いにある高級料理店雪菫荘。通りに面した庭園には満開の雪菫を植栽した鉢が品良く配置され、降り積もった雪の白との見事なコントラストを成している。通りから本館を繋ぐその庭園内の小道をゆっくりと走る馬車は、やがて静かに停車した。

 制服姿のドアマンが扉を開け、優雅な動作で一礼した。

 鷹揚に頷いたアレクが先に降り、シオリに手を差し伸べる。が、こちらの緊張に気付いて苦笑した。

「――そんなに硬くならなくてもいい。ここはそれほど格式や作法を重んじてはいない。大丈夫だ」

「うぅ……だって」

 重ねた手を軽く引かれて馬車を降りたシオリはぎこちなく笑った。ドレスコードが必要な、どう見ても庶民向けとは思えない佇まいに気後れしていたのだ。

「お連れ様の仰るとおりです。確かに当店は高級料理店の体裁を取ってはおりますが、作法をそれほど重要視してはおりません。個室で他のお客様からの視線は遮られておりますし、我が国の作法に不慣れでも咎められることもございません。気楽にお楽しみいただければと」

 こちらを異人と見て気遣ってくれたのだろう。そのドアマンは丁寧ではあるが、シオリの水準に合わせた硬くなり過ぎない口調で言葉を掛けてくれた。

「……はい。ありがとうございます」

 ほんの少しだけ肩の力を抜いて笑って見せると、ドアマンは穏やかに微笑んで頷いた。

(本当はそれだけでもないんだけど……)

 ドアマンに促され、アレクのエスコートで館内に足を踏み入れる。さり気ない動作で近付いたフットマンに外套を手渡し、そのまま受付に案内された。

 明る過ぎず暗過ぎない適度な光量に押さえられた照明の下で、シオリはちらりとアレクを見上げる。

 前髪を緩く撫でつけて普段は隠されている額と紫紺の瞳を露わにし、身に沿うように誂えた三つ揃えを流行りの形に着崩した姿は、まるでこれから気軽な夜会を楽しみに行く貴族のようだった。ただ彼本来が持つ野性的な魅力は隠しようもなく、この貴族めいた優雅な佇まいと相俟って、獰猛さを孕んだ危険な色気のようなものを醸し出していた。

 遊び人――というほどではないけれど、大人の遊びを知り尽くしたかのような、どこかこなれた印象がある。本当に夜会にでも出れば、火遊び希望のご夫人方が群がりそうな風体だ。

 シオリの視線に気付いたアレクが柔らかく目を細める。彼がくれる笑顔にはとうに慣れていたはずだというのに、シオリの胸がどきりと高鳴った。

(元々格好良い人だけど、なんか……素敵過ぎて直視できない)

 準礼装の彼を目にしてからずっと、そのあまりの男前ぶりにシオリは平静を保てないでいた。この姿でいつものような「悪戯」を仕掛けられでもしたら、あまりの色気に腰を抜かしてしまいそうだ。

 ――実はこのときアレクもまた、着飾った自分を見て同じようなことを考えていたなどとは知る由もなかったのだが。

「……アレク・ディア様とシオリ・イズミ様、それにルリィ様でいらっしゃいますね。お連れ様はまだ到着しておられませんが、いかがなさいますか」

「先に部屋に入らせてもらおう。あまり人目に付きたくはない」

「かしこまりました。ではどうぞこちらへ」

 使い魔のスライムにまで何の躊躇いも見せずに敬称を付けて呼んだ支配人の隙のない接客に驚きつつ、彼の案内で奥の部屋へと通される。

 応接間と食堂の二間続きの部屋は華美に過ぎない上品な設えで居心地がよく、部屋付きの給仕人が三人分(・・・)の紅茶と小さな茶菓子を出して衝立の向こうに下がると、シオリはほっと息を吐いて長椅子に背を預けた。

「やはり緊張するか?」

「そうだね」

 シオリは苦笑した。

「お店の人はああ言ってたけど……やっぱり上流階級向けの場所は気を使うかも」

「……まあ、そうだな。しかしこの店は融通を利かせて客の出身地に合わせた接客もしてくれるんだ。東方はさすがに無理のようだが、南国の手掴みでの食事にも対応できるくらいなんだぞ。異国人の接待でよく使われている店なんだ」

「へぇ……すごい」

 手掴みでの食事はこういった店でなくとも忌避されそうなものだが。

 足元のルリィが先ほどから嬉しそうに食べているのは、エナンデル商会謹製使い魔用の焼菓子だ。わざわざ取り寄せたのか常備しているのかは分からないが、このスライムへの対応といい、雪菫荘のホスピタリティの高さには舌を巻くばかりだ。

「それに、生垣と前庭があるおかげで馬車で乗り付ければ出入りを部外者に見られる心配もないし、完全個室でプライバシーも守られている。あまり外部には知られたくない会食や商談をするにはうってつけの場所なんだ。組合(ギルド)でも仕事に使っている奴は何人かいるぞ」

「そっか。それでこの店なんだね」

 数週間前の仕事で親しくなったアンネリエ・ロヴネル。急な商談でトリスに来ることになったという彼女の強い希望で会うことになり、この店に招待されたのだ。

 デニスとの婚約や年末の処理、そして一族のごたごた(・・・・・・・)で多忙ということもあって、昨日来たばかりで明日にはもう領地に戻らなくてはならないらしい。ロヴネル領まで馬車で丸二日掛かる距離。気軽に行き来できる場所ではないために、せっかくだから都合さえ良ければ会いたいということだった。

 残念ながらクレメンスとナディアは別件で都合がつかず、「彼らによろしく」という言伝を預かっている。

「――それにしても……本当によく似合うな」

 話題を変えたアレクの声が、僅かに熱を帯びる。長椅子に身体を預けたままのシオリとの距離を詰めると、髪を結い上げて剥き出しになった(うなじ)にそっと指先を触れた。

「ナディアの見立てに間違いはなかったな。楚々とした上品なデザインがお前の魅力を引き立てている」

 熱量が増していく低い声、そして項から肩をまわり――鎖骨へとゆっくり滑り降りていく指先が扇情的で、シオリはぞくりと身を震わせた。

「ちょっ……と、アレクっ」

 肩先から胸元の谷間が僅かに覗ける絶妙な位置まで大きく開いた襟ぐり。ともすれば下品になりかねないそれはしかし、襟を縁取る優美なレースと胸元に優しく輝く一粒真珠の首飾りが品の良さを保っている。それでいながらその下に隠された柔らかな膨らみの存在を確かに感じさせて、気品と色気が絶妙に混じりあった危うい魅力を引き出していた。

 地味だと思っていた自分の姿の変貌ぶりには驚いたものだったが、そうは言っても扇情的に過ぎるのではないかとも思った。けれどもこれがここ数年の流行りであるらしい。

『でもねぇ、これは着る人間を選ぶデザインなのさ。性根が下品ならそれがそのまま着たときの姿に現れちまうんだよ。どんなに育ちが良くてどれだけ取り繕って見せても商売女みたいに見えちまうのさ。不思議なもんでね』

 ドレスを見繕ってくれたナディアはそんなふうに言っていた。そんなデザインのドレスを選んでくれたのなら、幸い自分は下品には見えていないということなのだろう。

 似合っているのなら嬉しい――のだけれども。

(まさか今ここで悪戯してくるとは思わなかったっ……!)

 姿が見えないとはいえ、応接間と給仕室を繋ぐ出入口を隠した衝立の向こう側には給仕人が待機しているのだ。見られたら目も当てられない。

 身を捩って抵抗している間にも、アレクの手が怪しげに腕や腰を這い回る。妙な気分になりそうな気がして見上げると、彼は楽しげに笑っていた。

「か……揶揄って遊ばないで!!」

「いや……反応が初心で可愛いからつい」

「うぐぅぅぅぅぅぅ」

 アンネリエ達が来る前にどうにか火照った頬を鎮めようと、手先に作った冷気で顔を冷やす。

 ちなみにルリィは焼菓子を食べて紅茶を啜りながら、時折こちらを眺めるような素振りを見せていた。どういうつもりかは分からないが、どうやら恋人同士の遊戯を鑑賞しながらお茶を楽しんでいたらしい。中々良い趣味をお持ちのようだ。

 友人で使い魔のルリィは基本的にはシオリの味方だ。でも最近ではアレクの肩を持ったり、こうして悪戯を見て見ぬふりをするようにもなった。ルリィなりに何か思うところがあるのかもしれないが、正直どういう心境なのかシオリにはよく分からなかった。

 ――と、閉め切られた扉の向こうに、複数の人間が近付く気配があった。ややあってから、扉が軽く叩かれる。アンネリエの到着を告げる合図だ。

 会食の主催者を迎えるために、アレクとシオリは腰を上げた。足元のルリィも紅茶と焼菓子を飲み込んでから、ぷるんと震えて見せる。

 給仕人の手によって開けられた扉の向こうから、支配人とともにアンネリエとデニスが姿を現した。

「お久しぶり――と言ってもほんの数週間ぶりなのよね。こんなに早く再会できるなんて思わなかったわ」

 見慣れた旅装姿ではなく、初夏の森を思わせる若葉色のドレスを身に纏ったアンネリエは艶やかに微笑んだ。

「お久しぶりです、アンネリエさ――」

 言いかけて彼女にじっとりとした視線を向けられ、シオリは口を噤んだ。そうだった。こちらの口調で話す時間の方が長かったから、つい堅苦しい言葉遣いになってしまった。

「ええと、お久しぶり、アニー。デニスも」

 言い直すと彼女はぱっと顔を綻ばせる。

「急にお誘いしたのにお待たせしてごめんなさいね。商談が長引いてしまって」

 残念ながらバルトは留守番らしい。年の瀬とあって事務仕事を滞らせるわけにもいかず、やむを得ず残してきたということだった。もっともそれは彼自身の強い希望でもあるらしかった。

「いや、大丈夫だ。こちらも来たばかりだしな――それにしても」

 アレクは二人の顔を見比べて言った。

「二人とも面差しが変わったな」

「……それはいい意味で受け取っていいのか?」

「ああ。二人とも、いい面構えだ」

 あのときの旅でわだかまりを解消して晴れやかだった表情は、今はさらに覚悟を決めた者特有の強かさのようなものも見える。

「ええ、そうね」

 アンネリエは笑って頷き、それから少しだけ眉尻を下げる。

「……あの後も色々あったの。解決の糸口をくれたのはシオリ達よ。今日はそのお礼もしたかったの」

 まずは食事を楽しんでから。

 そう言って招き入れられた奥の食堂。給仕人に椅子を引かれてそれぞれの席に腰を下ろすと、グラスに淡い色合いの果実酒が注がれた。皆でグラスを掲げ、アンネリエの音頭で乾杯する。

 楽しい食事会の始まりだった。


 ――食後の紅茶が振る舞われ、それぞれが思い思いの場所に腰を下ろして寛いだ時間を過ごす。

 幾分緊張して迎えた会食は、ドアマンが言っていた通りに思ったほど堅苦しいものではなく、終始和やかな雰囲気だった。

 カトラリーの持ち方から食べる順番に至るまで小難しい作法が必要なフルコースではなく、初めから全ての料理が卓の上に並べられて、好きなものをそれぞれが取り分けて食べる形式だったのは幸いだった。元々ストリィディアはこの形式での食事が標準的らしい。

 フルコースは大陸西部や南部地域の風習らしく、これらの国の王侯貴族との交流が盛んな上流階級の晩餐会や会食などで、限定的に取り入れられている程度のようだ。

 おかげで緊張することなく純粋に食事と会話を楽しむことができた。足元のルリィも満足げにぷるんぷるんと震えている。

「……うわぁ……それはなんて言ったらいいのか……」

 ひと段落したところで「あの後も色々あった」話が語られ、事件にかかわった人々の心中を察してシオリは小さく呻いた。

「……まさか、おじいさんがそんなことをするなんて」

「そうだな」

 アレクが眉間を揉みながら苦々しい顔で同意する。

「よもや肉親が黒幕だとは誰も思うまいよ」

 デニスが異人嫌いになった理由。そしてその理由そのものが、彼を陥れるために歪めて伝えられたものだったという。その誤った情報のために、デニスはこの十年間ずっと苦しみ続けてきたのだ。

 それがまさか――彼の祖父による陰謀によるものだとは。その事実はあまりにも残酷だった。そのためにデニスはこの十年もの間恨む必要のない父親を恨み続け、彼の追い落としを狙う人々に執拗に糾弾されたのだから。

「……祖父の真意は今でもよく分からない。のらりくらりと躱すか口を噤むばかりで、結局最後まで話してはくれなかった。だから全て俺達の推測でしかない。ただ、あの曖昧でなあなあで済まそうとする態度こそ――祖父の人生そのものだったのではないかと思う」

 願望があっても世間体を気にして悪役になってまで押し通すような意志はなく、それでいて叶わなかった望みをいつまでも引きずって生きている――断罪の場で見せた祖父の態度からそんな印象を受けたとデニスは言った。

 祖父には祖父なりの事情があった。彼が生きてきた時代は、自分を押し通すために要する労力は今以上のものだっただろう。

「だとしても、俺は――祖父のようにはなりたくない。何かに言い訳して自分自身さえ欺きながら生きる人生なんて俺はご免だ。その末に家族を傷付け恨まれて人生を終えるなんて、そんなのあまりにも寂しいじゃないか。だから俺はまず自分自身に誠実でありたい。そして精一杯に生きてみせる」

 失敗したとしても、努力の末の結果ならそれでいい。精一杯生きて、なんの悔いもない人生だったと胸を張って最期を迎えたいのだと、彼はそう言った。

「あの旅に出て本当に良かった。立ち向かう覚悟を決めることができたんだ。あのままでいたらきっと俺は祖父のような結末を迎えていただろうからな」

「……そっか」

 彼の人生を決めるその旅にかかわることができた、そのことが少し嬉しかった。

「でもそれは……デニスが今まで頑張ってきたから得られた結果だと思うよ。何もしないでいる人にチャンスなんて巡ってこないもの」

 辛くても逃げずに生きてきた、彼のその頑張りを間近で見ていたのはアンネリエだ。彼を思い続けていられたのは、きっと逆境にも負けずに強く生きようとしている彼を見続けていたからだ。

 だからこそ巡ってきた機会は彼女によって齎された――。

 目を見開いたデニスは、照れ臭そうに微笑んだ。

「……そんな風に評価されるとは思わなかった。だが、そうだな……足掻いてきたこの十年はきっと、無駄ではなかった」

 アンネリエのほっそりとした指先が、デニスの手に触れた。視線を交わした二人は、静かに微笑み合う。

「……それにしても……解決の糸口がこんな形で見つかるなんて思いもしなかったわ」

 ほんの少しだけアレクに教えられていたデニスの過去は、意外な形で解決を見たのだ。

 ロヴネルの名を聞きつけたトリス支部の冒険者が何の気なしに語った想い出話から、アレクとクレメンスはその矛盾に気付いた。そこから明るみになった、十年前の真実――。

「きっとこれも縁なのだろうな。アンネリエ殿とデニス殿が紡いできた人と人の縁が、解決に導いたのだと思う」

 二人が丁寧に繋いで温めてきた縁が、人生の分岐点において最善の結果を導いたのだとアレクは言った。

「……俺もそうだ。俺もまたこの旅で、今までの人生を真剣に見つめ直そうと思えるようになった。十年もの間逃げずに大切なもののそばで戦い続けたデニス殿を見ているうちに、俺も逃げているばかりではいけないと思ったんだ。きっと俺も分岐点にいるのだと思う。俺に指針を与えてくれたデニス殿との縁は、シオリが繋いでくれた。この縁を――俺は、無駄にしたくない」

「アレク……」

 アレクの右手が、デニスに差し出される。

 利き手で求める握手。それは相手への信用と信頼を示すものだ。

「ありがとう。覚悟を決める切っ掛けをくれたのはデニス殿だ。俺も胸を張って生きるために、精一杯足掻いてみよう」

「……アレク殿」

 デニスは驚き、そしてアレクの目を正面から見据えて――そして、力強く頷いた。差し出された右手を、己の右手で握り返す。

「……これから先の人生が、互いに良いものになるように――共に戦っていこう」

「……ああ」

 握手を交わして誓い合う二人に、シオリとアンネリエは柔らかく微笑んだ。

 足元のルリィが嬉しそうにぷるんと震える。

「それにしても……」

 新たな友情と誓いの儀式を終えたアレクは、冷めかけた紅茶を啜りながら気遣わしげに呟いた。

「これから先、バルト殿は大変だろうな」

「そう……だね。大丈夫なの? 彼……」

 その言葉に二人はほんの少し眉尻を下げた。

「正直に言えば、少し厳しい立場に置かれているわ。予想はしていたけれど……騒動の元になった男爵家の嫡子なのだもの。祖父同様責任を取って、辞職すべきという意見もあるにはあるわ」

「俺もあの祖父の孫だからな。いっそのこと二人纏めて辞職したらどうだと言う者もいるが、まぁ俺の方は今更だからな。別段気にもならないが」

 案の定の展開にシオリはアレクと顔を見合わせて眉尻を下げた。どうあっても足を引っ張りたい輩がいるようだ。

「でもね」

 アンネリエは決意を秘めた顔で静かに微笑む。

「――今度は私達がバルトを支えるの。支えて、一緒に生きて、一緒にロヴネルの地を守りたいのよ」

「そうだな」

 デニスもまた頷いた。

「あいつはこの十年間、ずっと俺を励まし支えてくれた」

「そして私の恋を応援してもくれたわ。だから、二人で……ううん、三人ね。今までと変わらず三人で支え合っていくのよ」

 初めて会ったその日から、ずっと支え合って生きてきた三人だ。それに、気持ちのいい心根の彼らを応援する者もまた多いと聞いた。だからきっと、大丈夫。

「……うん。うん、そうだね」

「ええ、そうよ。それにバルトも言ってたわ。デニスがされてきたことに比べたらこんなもの、大した試練にもならないって。そんなことよりも日々の仕事とその日の食事のことで頭がいっぱいだから、構ってる暇はないそうよ」

「……バルトらしいね」

 それはきっと強がりもあったのかもしれない。けれども、そんなふうに嘯いて明るく笑うバルトの笑顔が見えたような気がして、シオリは笑った。

「さて……じゃあ名残惜しいけれど、そろそろ時間だわ。慌ただしくてごめんなさいね」

 閉店の時刻までにまだ大分間はあるけれど、翌日早朝に出発するのだという二人はもう戻らねばならないということだった。

「ううん、会えて嬉しかった。ありがとうアニー」

 アンネリエの手を取りそっと握ると、緩く握り返された。

「こちらこそ本当にありがとう。披露宴には呼ぶから是非来てね」

 堅苦しい貴族だけの式と披露宴とは別に、親しい人だけで楽しむ宴を別に計画しているらしい。

「そういうことなら、是非。純白のウェディングドレス姿、楽しみにしてるから」

 何気なく落とした言葉に、アンネリエはきょとんと目を瞬かせた。

「純白? 何故純白のドレスなの?」

「えっ……違うの?」

 こちらも同じかと勝手に思い込んでいたけれど、どうやら違うらしい。

 この国では、新郎新婦が互いの髪色か瞳の色の生地で縫いあげた衣装を纏って式に臨むのだという。

「シオリの国は違うのね。純白に何か意味があるの?」

「うん。色んな意味があるらしいけど、一番有名なのは……『貴方色に染めて』っていう意味かなぁ」

 そう言うと、まぁ、と言ってアンネリエが目を見開き、アレクとデニスは顔を見合わせてから、次の瞬間なぜか二人揃って赤面した。

「貴方色に……」

「染めて……か」

「なかなか意味深だな……」

 何か違う方向に考えたらしい。何やらぼそぼそと妙なことを囁き合う二人をじっとりと見る。

「でも素敵ね。純白のキャンバスにこれからの人生を共に生きる人の色を乗せていくのでしょう。ああ、なんだかいいわ。私達にぴったりだと思わない?」

「あ、ああ……うん、そうだな」

 話を振られたデニスは頬に赤みを残したまま、それでも頷いて見せた。

「ロヴネル家の婚儀に相応しい色だと思う」

「なら、決まりね。二人とも純白の衣装にするわ。ありがとう、シオリ。面白い話を聞かせてくれて」

「うん。どういたしまして。きっと二人によく似あうよ」

 互いのキャンバスに描く光景はきっと同じだ。これから二人で積み重ねていく想い出を絵の具に変えて描き足していく――その先に完成した絵はきっと、美しく温かい素晴らしいものになるだろう。

 ――温かい握手と挨拶を交わし、そしていつかと同じように再会の約束をして、二組の男女はそれぞれの馬車へと乗り込んでいった。


「――シオリ」

「……うん?」

 馬車に揺られながら夜の青に沈んだ雪の街を眺めていたシオリは、自分の身体を引き寄せる逞しい腕の持ち主を見上げた。

「なぁに?」

 アレクは紫紺の瞳を柔らかく細めると、片腕で抱き寄せたまま、もう片方の手でシオリの手を取った。そのまま自身の口元に引き寄せて、その指先に口付ける。触れた唇が、ひどく熱い。

「……お前もいつか――着てくれるか? 俺のために、純白の衣装を」

「あ……え?」

 唐突な言葉――その意味するところに思い至って、シオリは目を見開いた。

「色々解決しなければならないことは沢山ある。俺も――多分お前も」

「……うん」

「だが、それに片を付けたらそのときは――改めてお前に問おう。俺のために純白を纏ってくれるかを」

「アレク……」

 明言はしない。けれども彼の想いは伝わった。この人は本当に、これから先も一緒にいてくれるつもりなのだ。

「……うん」

 溢れる想いを噛み締めながら、シオリは頷いた。

「うん。何の憂いもなく返事ができるように――私も頑張るから。だから、待ってる。ううん、待っててくれる?」

「……ああ」

 小さく笑い合い、そして啄むような口付けをする。徐々に深く激しくなるそれは、シオリの身も心も蕩かしていく。想いの丈を伝え合うかのような甘く情熱的な遊戯は――やがて馬車がゆっくりと停まるまで、熱く密やかに続けられた。


 ――一年後。

 盛大に執り行われたロヴネル家当主の婚儀で新郎新婦が身に纏った純白の婚礼衣装は、参列した多くの人々を驚かせた。

 しかしその後、その色に込められた意味と共に純白の婚礼衣装を纏う習慣が徐々に広がり、やがて王国の文化として根付いたという。

 ――同じ色を身に纏うのは、二人がこれから先の人生を共に歩む決意の表れ。そうして纏った純白をキャンバスに見立て、これからの日々を二人で大切に描いていこうという誓いを立てるのだ。


ルリィ「……クレメンスは欠席で正解」

ペルゥ「非リアには辛い空間」

雪男「……そこで『一人者』を一杯」



三章本編終わりました。

色々反省点はありますが、とりあえずやり遂げた感はあります。


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― 新着の感想 ―
[一言] 午前中の結婚式では白い衣装で、午後からの披露宴では相手の色に合わせた衣装だと異世界受けしそうですよね実際。
[一言] 最初の出会いはコミカライズ→書籍→こちら→書籍新刊が出て読み返し、で、違いを楽しませていただいてます(#^.^#)年のせいによる記憶力低下で、読み返してもいますけど(^_^;)
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