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08 迷子の捜索承ります(2)

 トリス西門の外、凡そ三百メテルの場所にその森は広がっている。領都にほど近く、また棲息する魔獣も比較的温厚で小型のものばかりとあって、天気の良い休日などは家族や親しい友人らと連れ立って野遊びに繰り出す領民も多い。

 その森の外縁部には今、緊迫した空気の中、騎士らが忙しく立ち回っていた。仕立ての良い外出着を纏った男女らが不安げに固唾を飲んで見守っている。行方不明の子息の連れの者達らしい。野遊びに来ていた他の領民は、捜索の邪魔になる事を理由に既に帰されていた。

 アレクらが息を切らして外縁部に辿り着くと、エリアスと連れ立っていた男がこちらに気付いて歩み寄って来た。

「来てくれたのか」

「彼女は何処だ」

 男の言葉には答えず、シオリの居場所を訊ねる。男――マルティンと名乗った――は、顎で背後を指し示し、着いて来るよう促した。

「勝手に連れて行かれては困る」

「申し訳ない。とにかく居場所だけでも特定したかった。ご理解頂きたい――あそこだ」

 森の入り口、散策用の小径を前にして、騎士隊の指揮官らしき男とエリアスに付き添われて何か話し込んでいたシオリがこちらに気付き、安堵したような表情を浮かべた。肩から飛び降りたルリィが、シオリに飛び付く。

「……良かった。来てくださったんですね」

「急に連れて行かれて焦ったぞ」

 シオリの肩に手を置くと、「私もです」と言って眉尻を下げて苦笑した。さすがに心細かったらしい。

「――しかし、大丈夫なのか。魔法で探索すると言ったがどうやって」

 シオリの能力はマンティコア討伐の際に理解したつもりだったが、正直どうするつもりなのか見当もつかない。本来探索魔法は極めて狭い範囲――室内などで魔力を帯びた道具(アイテム)を探索するといった、ごく限られた用途にしか使用されない魔法だ。言い換えれば、その程度にしか使えない。せいぜいが紛失した魔法の品を探す事に使うくらいだ。森での遭難者の探索に使うなど、聞いたことも無い。

「シオリ殿、そろそろ」

 エリアスが割り込んで来る。その顔には焦りが見えた。日暮れまであと二時間ほど。時間が無い。

「はい。すみません、始めます。少しだけ静かにしていてくださると助かります」

 シオリが森の縁に立ち、垂らした両手の掌を森に向けた。目を閉じて深呼吸する。ぴんと空気が張り詰めるような感覚が肌を刺した。

「これは……」

 暫く探るようにシオリを眺めていたが、魔力の流れを読み、彼女が行使している魔法の正体を察して思わず呻いた。

「何が起きている」

 クレメンスが囁くように言った。魔法にはそれほど明るくはない彼は、説明を求めるような目線を向けてくる。

「……探索魔法の応用だ。シオリ独自(オリジナル)だろう。魔力を極限まで薄く引き伸ばして、森に向かって放出している。薄く引き伸ばしているのは多分少ない魔力を節約するためだ。しかも放出した魔力に所々穴がある。魔力を均一に放出するのではなく、網目状にすることで更なる節約を狙ってるんだ。これなら確かに……相当広範囲に探索魔法を広げられる」

 魔力を放出し、それに引っ掛かる魔力反応を探知するのが探索魔法だ。どのような人間も必ず微細ながらも魔力を有しているとされている。シオリはその僅かな魔力を探知することによって、迷子の居場所を特定しようとしているのだろう。

 ――人間なら必ず微細な魔力を有しているとは言うものの、その微細な魔力を魔法として発動できるか否かと言えば、答えは否だ。一般的に「魔力を有している」というのは、魔法として発動できるだけの魔力量があるという意味なのだ。

 シオリは「魔力を有している」という条件に、辛うじて当てはまっている。その辛うじて当てはまる程度の魔力で、ごく微細な魔力反応を探索しているのだ。

 だが、だとしても。例え魔力が少なくとも、最大限に生かし、工夫を凝らして魔法の力を行使している。アレクは目を細めて小柄なシオリの背中を見つめた。

(――何が家政魔導士だ。ただの家政婦ではない。立派な、魔導士じゃないか)

 しかし、クレメンスは微かに眉を顰めて見せる。

「しかしそれは……シオリに相当負担がかかるのではないか」

「だろうな。広範囲に魔力を放出した状態を維持するんだ。かなりの集中力を要するはずだ」

 合成魔法を難なく使いこなす器用さを見せるシオリだからこそ為し得る技。だが、広範囲に展開した探索魔法は、魔力消費だけでなく相当の精神力が必要になる。負担にならないわけがない。アレクは無意識に腰のポーチを探った。魔力回復薬(ポーション)の予備はある。無論彼女も持ち歩いているだろう。しかし削った精神力や体力の回復までは出来ない。休息を取る事でしか回復出来ないのだ。

「アレク」

 クレメンスはシオリに視線を向けたまま言った。

「……【暁】の一件で、シオリは限界まで無理をして、その無理を隠す事を覚えてしまった。表情にはほとんど出さない。不調を見抜くには顔色で判断するしかない。これからも依頼で一緒になる事もあるだろうから、覚えておいてくれ」

「――わかった」

 返事を返したところでシオリが反応した。十時の方向を指し示す。

「――あちらの方に人のものらしき反応が二つ、それに接近する気配が複数あります! 距離は体感ですが、五百メテルほど!」

 騎士らの間からどよめきの声が上がり、貴族家の者達も息を飲む。指揮官が指示を与え、シオリが指し示した方角に向かって騎士達が駆け出した。

「正確な位置特定のためにシオリ殿も同行してくれ!」

「おい待て」

 エリアスがシオリの手を取るのを見て、アレクは抗議の声を上げた。

「この魔法は消耗が激しい。あまり無理をさせるな! 騎士達に任せておいても問題は無いだろう!」

 言いながらシオリの様子を見る。やはり顔色が悪い。よくよく見れば、肩で息をしているのがわかる。魔力切れの症状だ。この状態で足場の悪い森の中を走らせ、その上これ以上の術の行使をさせるような真似は見過ごせない。

「悠長な事を言っている場合ではない! 若様に万一の事があれば!」

「主を案じるお前の気持ちは分かる。だが、民は貴族の為の消耗品ではない!」

 アレクの物言いにエリアスが息を飲み押し黙った。シオリとクレメンスが僅かに目を見開くのを見て、我に返る。

「アレクさん、私は大丈夫です。私は休めば治りますが、子供に何かあったら取り返しがつきません。それに限界は弁えているつもりです。倒れるような無様な真似はしません。行けます」

 優しく穏やかなだけではない、強い視線が己を射抜いた。その目は冒険者のそれだ。彼女にも冒険者としての矜持がある。アレクは口を開きかけ、それから諦めて溜息を吐いた。己が彼女の立場なら、やはり同じ事を言っただろうと思い至ったからだ。

「――わかった。なら、まずこれを飲め」

 魔力回復薬(ポーション)を彼女の手に押し付ける。回復出来るのは魔力のみだが、それでも無いよりは遥かにましだ。言われるままに手早く薬瓶を開けて中身を飲み下すのを確かめてから、その手を取る。クレメンスにも目配せした。不満げではあったが、諦めたのか彼も頷いて見せる。

「行くぞ!」

「はい!」

「おう!」

 三人は森に向かって駆け出した。

メテル=メートル

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