表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

119/340

37 帰還

 シルヴェリアの外壁に掲げられた魔法灯の光が雪の中でもはっきりと分かるほどに見える場所まで近付いた頃、前方に小さな光が揺らめいた。その光はゆらゆらと揺れながらその大きさを増し、やがて雪の中に一つの人影を浮かび上がらせる。群青色の外套を着込んだ人影は、手にした魔法灯を掲げてこちらを照らした。

「……ああ、やはり貴殿らか」

 その中年の男は目尻に皺を寄せて笑った。シルヴェリアを出発した日に監視小屋にいた騎士だ。

「光が見えたのでもしやと思って来てみたが――まぁ、無事で良かった」

 一行をぐるりと見回し、誰一人欠ける者なく帰還できたことを喜んでくれた。が、アレクに背負われているユーリャを見て、おや、と片眉を上げた。

「そのお嬢さんは……」

「例の三人組の一人だ。もう一人保護しているが、二人とも体調を崩しているんだ」

「そうか、保護してくれたんだな。では駐屯地に搬送しよう。とりあえず小屋へ」

 騎士の先導で案内された監視小屋は外から見た印象とは違って思いのほかに広く、皆が入ってもそれほど窮屈にはならなかった。観光の季節になると急病人の一時収容所にもなるらしく、奥の部屋は簡素な医務室になっていた。

 期間外とあって繁忙期に常駐している医師は今はおらず、無人の部屋にフロルとユーリャを寝かせて休ませる。ユーリャの容体に変わりはなかったけれど、フロルはやはり悪化しているらしい。熱が高く、呼吸が辛そうだ。水分を取らせ、濡らしたタオルを額に置いてやった。

 ミカルという名の中年の騎士は、待機していたもう一人の騎士に指示して医療馬車を呼びに走らせると、待機所となっている部屋に一行を招き入れて手ずから淹れた紅茶を振舞ってくれた。彼は調書らしき書類を手に座る。

「――それで、もう一人は?」

 分かってはいるのだろうが、ミカルはフロルとユーリャの連れ――セルゲイの安否を訊いた。それには直接遺体を確認したアレクが答える。

「……残念ながら。遺体は塔に置いてきた」

「死因は分かるか?」

「恐らくだが、頭を強打したのではないかと思う。頭部に出血した痕があった。塔の中の水が溜まった部屋を無理に開けて、押し流されたときに打ったようだ」

「水? 流される?」

「三階の大部屋の外壁が一部崩落していた。そこから雨水や雪が吹き込んでいたようでな。結構な水量だったぞ」

「なるほど、崩落か……」

 話を聞いたミカルは渋面で考え込んだ。

「古い上に放棄されて大分経つからな。一度調査して今後は人の出入りを規制した方がいいかもしれん。まぁ、冒険者は適用外だが……これも自己責任か」

 そう言ってミカルは苦笑した。それから書類に書きこんでいく。

 一応彼らが帝国籍の人間であることを言い添えると、妙に納得したような顔で頷かれてしまった。

「内乱前後から必死な様子の冒険者が増えてるからな。なるほど、そういうことだったか」

 展望台の損壊のこともあって、治療後は事情聴取して処罰を決めることになるようだ。今回の「暴挙」については主犯格は死亡したセルゲイという男だろうという見解はミカルも同じらしく、幸いフロルとユーリャの罪については恐らくそれほど重くは問われないだろうということだった。

「ああそうだ。もう一つ大事なことが」

 言いながらアレクがクレメンスに目配せすると、彼は頷いて立ち上がった。

「……見慣れない魔獣に遭遇した。一応検体として腕を持ってきたが、念のため調べてもらいたいんだ」

「見慣れない魔獣?」

 どう言ったものか、さすがのアレクでも多少躊躇うらしい。皆で顔を見合わせ、それからクレメンスが床に置いた保存袋に視線を向ける。

「――雪男(スネ・トロル)と思われる魔獣だ」

 ミカルが人のよさそうな顔を一変させて険しい表情を作った。何の冗談だとでも言いたいのだろう。けれども、皆の真剣な表情と無言の訴えに多少なりともたじろいだらしい。

「まさかとは思うだろうが、ともかく見てくれ。見たことがない魔獣であることは確かなんだ」

 アレクに促されて保存袋に近付く。

 クレメンスが中から雪男の腕を取り出して袋の上に置いた。純白の体毛に覆われた、巨大な腕。

「これは……」

 言うなり目を見開いたままミカルが絶句する。恐る恐る手を伸ばし、つぶさにその腕を調べ始めた。

「確かにこんな腕を持つ魔獣は見たことがないな。私も何度か討伐や掃討作戦に参加したことはあるが……これは初めて見る。トロール……にしても腕と手の比率が変だな。体毛だってこんな太さではなかったはずだ」

「大まかなものだけれど、一応全体像をスケッチしたものもあるの。必要ならさしあげるわ」

 アンネリエが差し出したスケッチを受け取ったミカルは、そこに描かれていた魔獣の姿を見て唸り声を上げる。

「にわかには信じがたいが……これは確かなのか? 噂で聞く雪男の姿と一致するが、まさか……」

「それはロヴネル家の名に賭けて私が保証するわ。死骸はこの方々が現場に保存して目印を立てておいてくれたの。調べてもらえばすぐ分かるわ」

 ロヴネルの名を口にしたアンネリエに、ミカルは彼女の正体を察したらしい。

「……女伯がそう仰るのであれば間違いないのでしょうな」

 手元の絵から足元の魔獣の腕に視線を落として彼は溜息を吐いた。

「しかしそういうことであれば上に報告して、早いうちに死骸を回収することにしよう」

「ああ、頼む。かなり危険な魔獣だったから、今後に備えて相応の対策を講じてもらいたい」

「承知した」

 ミカルは重々しく頷いた。

 その後は彼の問いに答える形で、雪の幻獣の詳細や展望台の破損についてを伝えていく。雪男の素早い動作や腕力、皮下脂肪の厚さやその下の肉の硬さ、凍てつく吐息などについては驚き厳しい表情を作っていた彼も、具体的な討伐方法について言及した途端に何とも言えない微妙な顔で苦笑いしていた。

 概ね話し終わったところで外から馬の嘶きが聞こえた。どうやら迎えの医療馬車が来たらしい。

「……調査結果はいずれギルドにも配布されると思う。魔獣の情報については共有しておいた方がいいからな。だが、結果が出るまでは口外しないでくれ。住民に無用な不安は与えたくないし、軽率な連中に雪男見物と称して入り込まれたら困るからな」

 ミカルの言葉に皆は頷き了承の意を示した。

「さて……」

 医療馬車と共に戻った騎士と何事か話していたミカルは、先ほどまでの難しい表情を緩めて元の人のよさそうな笑みを浮かべた。

「どうやら気を利かせて大きい馬車を手配してくれたようだぞ。せっかくだから街まで乗って行ってくれ」

「それは助かる。正直これ以上歩くのはさすがに辛くてな」

「是非お願いしたいわ」

 病人を担いでの強行軍を終えて気が抜けたのか、バルトがぐったりと椅子に深く腰掛けたまま苦笑いしていた。デニスも疲労を隠せないらしく、卓の上に肘をついて虚ろな目をしている。

 アレクとクレメンスは依頼人の手前、平気そうにはしているけれど、その顔には疲れが滲んでいた。ルリィに至っては半球型がすっかりダレて、圧し潰された饅頭のようになっている。

「お疲れ様。ありがとう。あとで美味しいもの沢山食べようね」

 そう声を掛けると、ルリィは嬉しそうにぷるぷると震えた。

 迎えの馬車と共に来ていた衛生兵がフロルとユーリャの容態を確めてから運び出していく。騎士隊としては色々言いたいことはあるだろうに、それでも彼らは「よく生きて帰った」「もう大丈夫だ」と優しい言葉を掛けていた。薄っすらと目を開いた二人は、涙ぐんで頷いている。

 温かく穏やかな場所でゆっくり養生して、元気になってくれるといい。

「魔獣の件で場合によっては組合(ギルド)に連絡するかもしれん。すまないがそのときは頼む」

「ああ、わかった」

 よそ向けの敬礼をするミカルに見送られて、シオリ達も馬車に乗り込んだ。

 医療馬車はこの世界の救急車のようなものらしい。内部は簡素な作り付けの寝台が三つと、衛生兵や付き添いが座るベンチが両際に二つ。最奥の棚には医薬品が収められているらしい木箱がいくつか置かれていた。

 病人の二人は寝台に寝かされ、毛布の上から落下防止の留め具を巻かれる。衛生兵に促されてシオリ達もそれぞれベンチに腰掛けた。

 それを待って、馬車は滑るように走り出した。車輪に何か細工でもされているのか、あまり揺れを感じない。

「わぁ……医療馬車ってこんなに乗り心地がいいんだね。凄い」

 思わず呟くと、衛生兵が得意そうに胸を張った。

「そうなんだよ。元々は王家専用馬車にしか使われていなかった技術らしいんだけどね、陛下のご意向で導入されたんだ。これで傷病者の搬送時の負担がかなり減ったはずだよ。貴族用の馬車にも大分普及したようだし、そのうちに民間用にも広まるんじゃないかな」

「へぇ……そうだったんだ。いい王様なんですね」

 そう言うと、衛生兵は誇らしげに頷いた。異国人に自国の王と技術を褒められたのが嬉しいらしい。アレクもどことなく嬉しそうに微笑んでいる。目が合うと、なぜだか頭を撫でられてしまった。

 そうこうしているうちに、宿に着いたようだ。馬車が停まり、幌が開けられる。雪景色の中、宿の窓から漏れる優しい光が見えた。

「……お前達には本当に世話になっタ。色々と……申し訳なかった」

 熱で辛いだろうに、それでもしっかりと目を開いてフロルが謝意を口にした。

「いいんだ。気にするな。しっかり養生しろよ」

「ああ……と、そうだ。これを……」

 彼は懐から何か取り出すと、アレクに手渡す。

 数粒の小さな赤い石。火の魔法石だ。水に濡れた彼らの命を繋いだ石。

「迷惑料代わりといっては失礼になるかもしれないが、どうか受け取っテくれ」

 アレクは一瞬眉を顰め、それから皆をぐるりと見回した。アンネリエやクレメンス達も、静かに笑いながら頷く。それに応えてアレクも頷くと、受け取ったばかりの魔法石をフロルの手に戻してやった。

「いや、これはお前達がとっておけ」

「しかし――」

「いいんだ。手持ちがないのでは困るだろう。それに――」

 そこで一度言葉を切るとアレクはにやりと笑った。

「展望台を壊した件で、罰金が科せられるかもしれんからな。そのときに無一文だと奉仕活動でしばらく拘束されるぞ」

「それは……困るな。できるだけ早く難民キャンプに行きたいんダ」

 フロルは笑い、それから小さく頷く。

「分かった。では甘えさせてもらうことにすル。何から何まで本当にありがとう」

「ああ。頑張れよ」

「いずれまた、どこかで」

 会釈の代わりに頷いてみせた二人の、ある者はその手を撫で、またある者は肩を叩いてそれぞれのやり方で別れを告げ、そうして馬車を降りた。二人の衛生兵が敬礼し、馬車は雪の中を静かに走り出して行った。

 それを見送ってから、誰からともなく長い溜息を吐いた。それは不快なものではない、安堵と僅かな寂寥感からくるもの。

「ようやく……帰ってきたわね。なんだか随分長いこと留守にしていた気がするわ」

「それだけ充実してたんだよ、アニー」

「本当に、得る物の多い旅だった」

 アンネリエを筆頭に、二人の従者もそれぞれが短い感想を呟く。そのどれもが達成感に満ちている。

「シオリさん、アレク殿。クレメンス殿にナディアさん。ルリィ君も。本当にありがとう。もっとしっかりお礼を言っておきたいところだけれど――ごめんなさい、それは明日改めてということでいいかしら。今日はもう……限界」

「ああ、それはもう……構いませんから。どうぞゆっくりお休みになってください」

 気が抜けてどっと疲労が押し寄せたようだ。三人とも、互いが互いを支え合って立っているような有様だ。

「皆さんのお部屋も先日と同じところを押さえてあるから、ゆっくり身体を休めてちょうだい。勿論経費はこちら持ちよ」

「それはまた太っ腹だな」

「じゃあお言葉に甘えさせてもらうことにしようかねぇ」

 この数日ですっかり打ち解けた者達で顔を見合わせて笑い合う。

 ――そうして明るい笑い声を立てながら、暖かい宿の中に入っていった。

ルリィ「ミッションコンプリート!」

雪男「……そしてただの添え物だった_:(´ཀ`」 ∠):」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ