表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/331

07 迷子の捜索承ります(1)

 孤児院の慰問を終え、大聖堂の広場を抜けて石畳の参道を歩く。土産屋や食堂の呼び込みの声は陽気で活気に満ち、道行く巡礼者や旅行者達の表情も穏やかで明るい。子供達は無邪気な笑い声を立てながら参道を駆け抜けていく。

(――山脈を一つ隔てただけだというのに、帝国とは違ってやはりここは平和なんだな)

 ストリィディア王国は近隣諸国と比較しても、目立った紛争や小競り合いも無い穏やかな国だ。二十年程前には二人の王子の後継者争いもあるにはあったが、庶子であった兄王子が早期に継承権を放棄したことにより、一滴の血を流すことも無く短期間で終結している。若くして即位した現国王は、優れた外交手腕と卓越した政治力で民を第一に考えた統治を行う善き為政者だ。民の気質も比較的温厚で柔軟、冬の寒さは厳しく夏場でも冷涼な気候ながらも、暖流の影響で高緯度にしては温暖とあって農業や酪農が盛んな豊かな国である。

 ――寒さも厳しく少ない実りを民から搾り取る王侯貴族が蔓延る帝国とは全く違う、住み良い国だ。仕事(・・)おもむいた隣国を思い起こしながら、アレクは領都トリスの平穏な空気を噛み締める。

「ん。あれは……」

 隣を歩くクレメンスが呟く声が聞こえ、アレクは没入しかけていた思考を浮上させた。クレメンスの視線の先に目を向けると、見覚えのある黒髪の女と瑠璃色の塊が目に入った。露店の店主と話し込むシオリの傍らで、ルリィが子供達と戯れている。

「向こうも依頼帰りのようだな」

「……ああ」

 戦闘に向かないシオリは街やその周辺の依頼を請け負う事が多い。冒険者と言えば、討伐や遺跡、迷宮の探索に目を向けがちではあるが、彼女はこうした地味とも言える仕事を積極的に引き受けることで、街の人々との繋がりを持っているようだった。その甲斐あってか、トリスの住民との関係も良好だ。もっともそれは彼女自身の人柄によるところも大きいとは思うのだが。

「シオリ!」

 声を掛けるとシオリは振り向いた。こちらに気付くと店主に軽く挨拶してから駆け寄って来る。

「お疲れ様です。慰問の帰りですか?」

 分かりやすい大きな感情表現を好む大陸北西部の人間と違い、凪いだ海のような緩やかな微笑みは、シオリ独特の笑い方だ。

「ああ。お前も依頼帰りか」

「はい。採集した薬草を届けて来ました」

 採集依頼は勉強にもなるから楽しいとシオリは笑い、アレクはクレメンスと共に微妙な愛想笑いになる。彼女は知識の蓄積に貪欲だ。先日彼女の部屋で見た書物の山がそれを物語っている。最初こそ勉強家なのだと単純に感心したものだったが、少しでも知識を吸収してこの国に馴染む事に必死なのだとザックに聞いて以来、どうにも痛ましく思ってしまう。

「街の外に出るような場合は気を付けたまえ。どうも君は無理するようなところがあるからな。心配だ」

 クレメンスが諭すような物言いをしたところで、俄かに辺りが騒がしくなった。複数の馬の嘶きと蹄の音が聞こえ、騎士隊が大通りを西門に向かって駆け抜けていく。その騎士隊に混じって、身形の良い男の姿も数人見える。と、そのうちの一人がこちらに視線を向けた。幾分通り過ぎたところで馬を止め、こちらに向かって引き返してくる。

「冒険者殿とお見受けする! 御手隙であれば御助力頂きたい!」

 貴族家の従者らしい出で立ちのその若い男は、蒼褪めた顔に硬い表情を浮かべ、焦りを隠そうともせずに言った。こちらが事情を問う間もなく、戻って来た連れらしい男が荒々しい口調で割り込んで来る。

「何をしているエリアス! 無駄話に興じている場合ではないぞ!」

「騎士隊だけでは心許無い! 野外活動に長けた冒険者殿ならば早く見つけられるかもしれん!」

 全く状況の分からない状態で言い争いが始まってしまい、三人で顔を見合わせてからアレクが代表で口を挟む。

「おい、一体何事なんだ。状況が分からん」

「若様と見習いの従者が西の森で行方不明になったのだ。平原での野遊びの最中に森に入ったらしく、手を尽くして探しているのだがいっこうに見つからん。素人では無理だと判断して騎士隊に捜索を依頼したところだ」

 子供の好奇心で森に分け入ったのだろう。ほんの一瞬目を離した隙に、野遊び中の貴族の子息とその年若い従者が居なくなったらしい。

 エリアスと呼ばれた男が言葉を途切れさせると、もう一人の男が引き継いで言った。

「二人とも日中の軽装のままなんだ。なんとしても日暮れまでに見つけ出さなければ……」

 いつの間にやら周囲を取り囲むように出来上がった野次馬の人垣からも不安げな声が漏れる。秋も徐々に深まる季節、日中はシャツ一枚で居られないこともない気温だが、夜ともなれば十度を下回る。凍死に至るには十分な気温だ。それどころか、もし魔獣にでも出くわすようなことになれば。西の森の魔獣は比較的温厚で小型とは言え、子供が襲われればひとたまりもない。

「――頼む! どうかご助力を!」

 既に日は傾きかけ、空の色が僅かに色付き始めている。切羽詰まった嘆願の声に、アレクとクレメンスは互いに目配せをして頷いた。

「シオリ。お前は戻ってザックに緊急依頼だと伝えてくれ。俺達で行ってくる」

 シオリが逡巡する気配があった。

「シオリ」

「――私、ご協力出来るかもしれません。魔法で探索出来ます」

 シオリの言葉に、エリアスと連れの男が憔悴の色濃い顔に喜色を浮かべた。

「それは助かる! 事は一刻を争う。どうかご同行願います」

「え、あ、ちょっと、うわあっ」

 余程焦っているらしく、返事も待たずに連れの男が馬から飛び降りるなりシオリを抱え上げ、エリアスの馬に押し上げた。エリアスはシオリを後ろから抱き抱えるようにして手綱を握ると、連れの男と共に脇目もふらずに馬を駆って行ってしまった。置いて行かれたルリィは怒り狂ったように激しくぴょんぴょん跳ね飛んでいる。

「おい待て! ……っくそ!」

 まさかシオリだけ連れて行かれるとは。思わず舌打ちした。いくら有能とは言え低級魔導士のシオリ一人を、事情を知らない騎士隊と貴族の中に放り込むような真似は容認出来ない。クレメンスも同じのようだった。

「アレク! 西の森なら門を出て直ぐだ! 走るぞ」

「ああ!」

 二人で西門の外、森に向かって駆け出した。咄嗟にルリィがアレクの腰に飛び付き、器用によじ登って肩口にしがみ付く。重量が増したが、構わずにアレクは走り続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ