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19 帝国の冒険者

「お待ちください! 殺して奪うなど、」

「黙れ! 貴様主人に意見する気か! 従わぬのなら始末するのが妥当だろう!」

「しかし!」

「そもそも誰のせいでこうなったと思っている!」

 かつかつと石壁に反響する靴音とともに男達の言い争う声が聞こえる。時折声が遠ざかるように感じるのは、途中の小部屋に入って人の存在を確かめでもしているらしい。

(まさか、気配を探れないのか)

 もし例のパーティならA級とC級冒険者、基本的な技術を習得していないはずが

ないのだが――例外が無いわけではない。とすれば、よくこの塔まで辿り着けたものだ。

 それに。

 アレクは聞こえて来た台詞の物騒さにも眉を顰めた。

 ――殺して奪う。始末する。

 質が悪いどころではない。ルリィが警戒色に変色したのだから相手の殺意は間違いない。向こうは既に、殺してでもこちらから何がしかを奪うつもりでいる。

 隣の小部屋に入った三つの気配がこちらに向かって近づいてくる。

 A級の三人で壁を作るように油断なく身構え、後ろにシオリとアンネリエ達を隠すようにして立つ。

「――ここにいたか」

 やがて戸口に現れた三つの人影。金髪の魔導士風の男と、剣士風の砂色の髪の男、それに恐らく医療系の後方支援職だろう亜麻色の髪の女。

 監視小屋の騎士から聞いた先行パーティの風体と一致する。やはり、例の三人組だったか。

 それにしても妙に対照的な三人だ。

 魔導士の男は尊大な態度でこちらを見据えているが、後ろの二人は気後れする様子だった。身形や装備にも明らかな差異がある。ランクが違うからという理由だけではない差異だ。魔導士の男の装備は古びてはいるものの、それなりの店で誂えたのだろう様子が窺える。しかし、他の二人のものは間に合わせのような安物だ。

 冒険者のパーティというよりは、むしろ下級の使用人を従えた貴族のように思える。

「食料と装備を寄越セ」

 金髪の男は当然のように命令口調で言った。頼むでもなく、売買を持ち掛けるでもなく、それどころか装備まで寄越せと来た。命令して従わせることが日常的になっているのだろう。

 ある程度予想していた展開に、クレメンスとナディアはアンネリエ達と顔を見合わせて首を竦め、苦笑いした。

 だがアレクは瞳を眇めた。男の先程の言葉に違和感を覚えたからだ。

「何をしている。聞こえないノか!」

(この訛りは……)

 比較的綺麗な共用語ではあるが、時折混じる微かな訛りに覚えがあった。ほんの数ヶ月前まで日常的に耳にしていた訛り。これは――

「――お前、帝国人だな」

 ぎくりと三人が身を竦ませた。

 帝国の内乱以降、国外に出ていた帝国民の中には迫害を恐れてその出自を隠す者も増えたと聞く。難民として国境地帯に留まっている者や、食料品店のマリウスのように内乱の遥か以前に亡命した者はそうでもないらしいが、日が浅い者、特に貴族階級だった者はさすがに居心地が悪いのだろう。

 それでもこうして何かの拍子に帝国時代の傲慢さ、尊大さが表出して揉め事に発展することも少なくない。

「なるほどねぇ……ここに至るまでの馬鹿さ加減、ようやく理解出来たよ」

「……貴様!」

 ナディアが思わず漏らした辛辣な本音に男は激昂した。怒りのままに魔法を放つつもりでいたのだろうが、微かな魔力の揺らぎを察知してアレクは一気に踏み込み、抜き放った剣の切っ先を男の喉元に突き付けた。

 男はひゅ、と息を飲み、今まさに魔法を放とうと構えた杖を中途半端に掲げたまま硬直した。後ろに控えた剣士も抜刀しきれないまま立ち尽くしている。女の方はもともと顔色の良くない顔をさらに白くして立ち竦んだ。

「は、早……」

「――冒険者同士の私闘はご法度だと知らんわけではあるまい。それどころか略奪と殺しまで考えているようだが、どういうつもりだ? そこまでいけば騎士隊案件だぞ」

「ぼ、冒険者緊急避難法だ! 緊急時なのだ、何の問題もあるまい!」

 当然の権利だと言わんばかりに言い放った男に、アレクは思わず舌打ちした。

 法の曲解。冒険者緊急避難法とは、冒険中に自らの生命に危険が迫った場合、負傷者を放置して立ち去っても違法性を問わないというものだ。だが、緊急時に相手を殺して奪っても良いなどという項目は当然のごとく盛り込まれてはいない。当たり前だ。

 まさしく帝国貴族らしいふざけた考え方だ。否、そんな考えがまかり通るほどに帝国の冒険者は腐りきっていたのかと、反吐が出る思いがした。

「略奪と殺しが容認される法などあるものか。他者の命を軽んじる帝国らしい考え方だな」

「……っ」

 男はこちらを睨み付けてはくるが、蒼褪めて震えてすらいる体たらくでは、あまり意味を為していない。

「そもそも明らかな準備不足だったんだろ。あんたは手ぶらで荷物は後ろの二人分だけだったって言うじゃないか」

「しかも今は一人分しか無いようだが?」

「……雪熊から逃げる時に荷物をくれてやった。それでどうにか助かった。そうするより他無かった」

 ナディアとクレメンスの指摘に、後ろの剣士の男がぽつりと言葉を落とす。それと同時に男はその場に膝を付いて床に頭を付けた。

「……おい、」

「金の持ち合わせはほとんど無い。交換できるような物も無い。だが、この通りだ。我が主の分だけで良い。余分があったら分けてはもらえないだろうか」

「貴様、勝手に、」

 何か言いかけた魔導士の男に剣を向けたまま一瞥して黙らせると、アレクは土下座する男に視線を向けた。

 場に沈黙が下りる。

「――少しだったら構わないわ。こちらの都合もあるから、沢山は分けてあげられないけれど」

 アンネリエが遠慮がちに提案した。

「その代わり、すぐに街に戻ってちょうだい。それが条件よ」

「……恩に着る。すまない」

 彼女が提示した条件は譲歩したようで手厳しいものだ。どう贔屓目に見てもここに辿り着けたのが奇跡的な戦力で、僅かな食料だけで街まで戻らねばならないのだ。行きは運良くここまで来れたのだとしても、帰りまで同じとは限らない。

 よく見れば三人の装備は薄汚れてところどころが綻んでいる。それに隠しきれない憔悴しきった表情と艶の無い頭髪がやけに目立った。顔色も肌艶も悪く、長いことまともな食事をしていないことが窺えた。

 この状態で無事に街に辿り着けるかどうかは微妙なところだ。

 自らの過ちは自らで始末しろ。それが優しくも厳しい女伯爵の裁きだ。

 男は大人しく受け入れた。そうするより他無いからだ。むしろ、脅迫と殺人未遂の罪を見逃してもらえる上に食料を得られるのだから、彼らにしてみれば条件は良い方かもしれない。

 男の主らしい魔導士は悔しげに顔を歪めるが、何も言わなかった。ゆるゆると杖を下ろすと、せめてもの反抗とばかりに舌打ちをして見せた。

「食料だ。受け取れ」

 余分の食料を纏めてくれたクレメンスが、皮袋を男の目の前に置いた。

「ありがたい。本当にすまない」

 男は謝意を口にしてから、食料の入った革袋を大事そうに拾い上げて立ち上がった。

「……くそっ!」

 魔導士の男は忌々しいとばかりに悪態を吐きながら部屋を出て行った。剣士の男と連れの女はこちらに向き直って深々と頭を下げ、それから彼らの主を追って小走りに立ち去った。

 その背を見送ると、誰からともなく溜息を吐く。

「……帝国貴族を間近に見たのは初めてだけど、とんでもないわね。皆あんな感じなのかしら。お付きの二人はかなりまともそうだったけれど」

「あんな非常識な奴らばかりではないだろうが……少なくとも国内にいる帝国籍の冒険者は似たり寄ったりのようだ。トラブルの報告が多くてな」

 うんざりしたようなアンネリエに、クレメンスが苦笑気味に言葉を返した。眉間に皺を寄せて不愉快そうに黙り込んでいるデニスの肩を、バルトが気遣うように叩いている。

 アレクは剣を収めると、シオリに歩み寄った。その肩を優しく抱き寄せていたナディアが、そっと場所を譲ってくれた。瑠璃色に戻ったルリィが、シオリの足元を触手でさすっている。

「――大丈夫か」

「……うん。大丈夫」

 囁くように言うと、か細い返事があった。

 冒険者緊急避難法。

 この言葉が魔導士の男の口から飛び出た瞬間に、真っ先に気になったのがシオリのことだった。己が生き延びる為にこの法を利用して殺人を正当化しようとしたあの男の言葉から、まさにその法を隠れ蓑にしてシオリを殺そうとした者達のことを思い出したからだ。

 彼女が何も思わないわけがない。

 シオリは大丈夫だと言いはしたが、その顔は蒼褪めて微かに汗を滲ませてすらいる。心に負った深い傷は、容易に治るものではない。

 クレメンスがアンネリエ達の相手をして注意を反らし、ナディアが身体の位置を変えてこちらへの視界を遮ってくれた。

(恩に着る)

 彼らに視線で礼を言いながら、アレクはシオリの身体を抱き寄せた。落ち着かせるようにその背をさする。

 この華奢な身体の震えが収まるまで、依頼人達がこちらに気付くことが無いようにと祈りながら。





奴隷制度が残っているような国の貴族なんで、まぁ、色々残念です。

残念トリオ側の事情についてはまた後日。


ルリィ「こっそり追いかけてペロリとしてこようかしら」

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