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06 孤児院の慰問承ります・後日談

クレメンスの髪色を灰色から銀髪に変更しました。

 耳が痛むほどの静寂の中、二人の男が向き合っていた。互いを値踏みするように鋭い視線で見つめ合う。向け合う得物の切っ先は微動だにしない。

 栗毛の男が構えるのは、強い魔力を帯びた魔法剣。魔力を添わせてなお毀れない見事な刀身のその剣は、無銘ながらも見る者が見ればそれなりの名工の作であることを窺わせた。

 対する銀髪の男が構えるのは、滴るように艶やかな黒鉄くろがねの双剣。触れるだけで切れそうなほどによく磨き上げられた漆黒の刀身が、対峙する二人の男を映し出す。

 チチチ……。木立から小鳥が一羽飛び立ち、静寂を破った。刹那、二人の男が動いた。滑るような動きで瞬時に間合いを詰める。ギィン! 打ち合わせた剣から重い金属音が鳴り響き、激しい火花が飛び散った。互いに返す刀で再度打ち合い、瞬間、間合いを取って飛び退る。だが、睨み合うのも束の間、電光石火の素早さで踏み込み打ち合った。栗毛の男が鋭く魔法剣を打ち下ろせば、銀髪の男が流れるような動きで双剣を振るって受け流し、優雅とも思える身のこなしで斬り付ける。

 無言の、だが激しい鍔迫り合いは数分続いた。重々しい金属音と共に二人が離れる。一瞬交差する紫紺と碧の瞳。次の瞬間、二人は一気に踏み込み互いの間を詰め、そして――瞬きする間に勝負は決まった。

 魔法剣の刃先は銀髪の男の首の真横で止められ、双剣の切っ先が栗毛の男の喉元に突き付けられている。

 一瞬の沈黙の後、水を打ったような静けさを破って、子供達の甲高い歓声と割れんばかりの拍手が響き渡った。

「おっちゃん、かっけぇぇぇ!」

「剣士様すごい!」

 子供達が口々に褒めそやす中、アレクとクレメンスは構えを解いて顔を見合わせ、どちらからともなくニヤリと笑った。真剣での演武は子供達のお気に召したようだった。

「頼まれた時はどうしたものかと思ったが、悪くないな」

「だろう」

 クレメンスは何度か単独での演武を披露しているらしいが、孤児院の慰問などしたこともないアレクは初め困惑したものだ。だが、シオリからの頼みとあって、つい首を縦に振ってしまった。

『孤児院の男の子と、次は剣士様でって約束したんですけど、お願い出来そうな人がアレクさんかクレメンスさんしか居なくって』

 お願いします、などと手を合わせられてしまっては断れるはずもない。どちらか一人で良いということだったが、いい機会だから手合わせをして見せてやるのはどうかというクレメンスの提案を受ける形となったのが、先ほどの演武だった。

 互いの得物を鞘に収めると、子供達が駆け寄って来る。

「無闇に装備に触れてはなりませんよ。失礼ですからね」

 興奮した様子の子供達に司祭が先回りして注意する。

「剣士様、今までどんな魔獣を倒したの?」

「今度は冒険のお話を聞かせて」

 小さな子供達は無邪気に冒険談をねだるが、年嵩の少年達はより現実的な話を聞きたがった。組合(ギルド)の加入方法や試験内容、或いは騎士団への志願方法、鍛錬の仕方。成人後の身の振り方を真剣に考えているのだろう事が窺えて、こちらも居住まいを正して出来得る限りの事を教えてやる。

「……なぁ」

 一際熱心に二人の話に耳を傾けていた少年が遠慮がちに口を開いた。確かトビーと呼ばれていた少年だ。

「その……シオリねーちゃんはまた来ねぇの?」

 素っ気無さを装いつつ、それでも赤らんだ顔は彼の心情を隠しきれてはいない。アレクはつい大人げなくピクリと眉を跳ね上げるが、クレメンスは愉快そうに笑った。

「なんだ、君()シオリ狙いか」

「「……『も』?」」

 アレクとトビーの台詞が重なった。

「彼女を狙っている男は多い。余程努力せねば同じ土俵に乗るのは難しかろうな」

「げぇっ、まじかよ」

「試験と適正検査を通過すれば君も組合(ギルド)の仲間だ。階級も上がれば依頼で彼女と同行することもあるだろう。頑張ることだな」

 まだ成人すらしていないトビーにとって、一歩どころか周回遅れもいいところだ。そもそも、歳の差に大分開きがあることを彼は知っているのだろうか。トビーは呻き声を上げたが、クレメンスは彼の背中を叩いて笑った。



 やがて時間となり、子供達に惜しまれつつ孤児院を辞去する。しばし無言で歩いたが、少しばかり逡巡してから、トビーとのやり取りで気になった事を口にした。

「――そんなに多いのか、シオリ目当ての男は」

「……ああ、そうだな。あの穏やかで家庭的なところに反して逆境にも折れない芯の強さも魅力的だが、時折見せる儚さに庇護欲を掻き立てられる男は多いぞ」

 クレメンスの言葉に含む物を感じる。

「お前もか?」

 指摘してやれば、彼は苦笑した。

「まぁな。守ってやりたいと思ったことはある。だが……」

 言葉を区切り、苦々しい溜息が落とされる。

「【暁】の事件以来、表立って言い寄る男は居なくなったな。まるで彼女の傷に付け込むようで卑怯だと」

「……なるほどな」

 そういえば、【暁】に男が居たのだったか。その男は、命に危険が及ぶ可能性を知りながら、シオリを迷宮に置き去りにしたのだ。傷にならないはずがない。

「もっとも、あれから一年以上経っているからな。組合(ギルド)に新顔も増えたし、そろそろまた彼女に近付く男は出て来るかもしれん。まぁ、ザックが目を光らせているから、並の男では近付けもしないだろうがな」

 アレクは笑った。確かにその通りだ。まさに先日、彼女を物にすると宣言した結果、戦場でもここまではするまいという程の殺気を当てられたのだ。

(――もっとも、あそこまでの怒気を放つほどの惨状だったのだろうな、事件(あれ)は)

 仲間に使い潰されて捨てられた。ルリィが居なければ、あの良い女(シオリ)は誰にも分からない暗い場所で命尽きていたのだ。そう思うだけでも心に冷水を浴びせられたような気になる。彼女に出逢ってしまった今、彼女と出逢えなかった可能性など考えたくもない。

(【暁】とやらがどんな連中かは知らんが、もしまみえる機会があるなら――ただではおけんな)

 ――無意識に利き手を柄頭に掛け、握り締めた。

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