01 出逢い
短編で投稿した『家政魔導士の冒険「冒険中の家政婦業承ります!」』の連載版です。楽しんで頂けたら幸いです。
ストリィディア王国北方の領都トリス。その繁華街に程近い場所に佇む、漆喰壁の建物の風に揺れる看板を見上げて目を細めた。閉店した旅館を改築したものだという冒険者組合トリス支部のその建物からは、賑やかな喧噪が漏れ聞こえて来る。離れていたのは三年足らずだが、活気溢れるこの空気がひどく懐かしい。
キィ。年季が入って飴色に艶めく木の扉を押し開けると、蝶番の軋む音。室内の喧噪が一瞬だけ止み、こちらを窺うような視線が突き刺さった。久しぶりに見る馴染みの顔もあれば、見慣れない顔も幾つか増えている。ほとんどは直ぐに興味を無くして雑談に戻って行ったが、何人かの顔見知りは気さくに挨拶を飛ばして来た。それに片手で答えながらカウンターに向かうと、中央を陣取っていた赤毛の男が帳簿を繰る手を止めて男を見上げた。
「よう。久しぶりだなアレク」
男は節くれだった手を伸ばして寄越す。その手を力強く握り締めながら、アレクもまた笑みを返した。
「S級冒険者様も遂にギルドマスターか。就任おめでとうとでも言うべきか?」
「先代が隠居するってんでな、有難く空いた席に座らせてもらってるのさ。そろそろ落ち着きてぇと思ってたんで丁度良かったんだ。……にしても、今度の旅は随分とのんびりだったじゃねぇか」
「まぁな。人使いの荒い依頼者で随分長く拘束されてしまった」
「帰って来たばっかりかい」
「いや、一月前だ。しばらく実家で骨休めしてきた」
「なるほどな」
ギルドマスターを務めるザックはニヤリと笑った。
「なら気力も十分ってことでひとつ依頼を頼まれちゃくれねぇか。Aランクの依頼なんだが、パーティメンバーがイマイチ揃わねぇで困ってんだ」
「……人使いの荒いのがここにも居たか」
手渡された依頼表を見て、思わず顔を顰める。
「フィブリア原生林奥地のマンティコア討伐。なるほど、集まらんわけだ。難易度が高い上に面倒と来た」
ただ往復するだけでも十日はかかる道程だ。道中遭遇する魔獣の相手をしながらの道行きを考慮すれば半月は戻れない勘定。鬱蒼と茂った森のじっとり湿った空気は快適とは言い難く、その半月の行程を、硬く塩辛い携帯食と安眠とは程遠い不快な寝床で乗り切らなければならないのだ。高額報酬に道中の経費も加算されているとは言え、依頼による拘束期間と討伐の難易度、そして半月に及ぶ不快過ぎる道程を思えば決して割の良い仕事ではない。
世の為人の為を掲げる冒険者組合と言えど、慈善事業ではない。冒険者にとっては生活の為、糧を得る為の術だ。多少報酬額は低くとも、難易度と達成率、そして報酬の釣り合いが良い依頼に人気が集中するのが常だった。
「もう二月も放置されてる依頼なんだ。観光組合からもせっつかれてる。やってもいいって言ってくれてる連中は何人か居るんだが、送り出してやるにゃあちょっとばかり不安が残る顔ぶれでな。最悪俺が出ようかと思ってたところだ。S級同然の魔法剣士が引き受けてくれるんなら、多少の不足は問題にならんだろう」
「……早速野宿生活に逆戻りとは……」
一月の休養期間があったとはいえ、長期の仕事帰りだ。正直言えば、今日のところは顔見せと準備運動程度の依頼で済ませたかった。憂鬱な顔を隠しもせずに長く溜息を吐くと、ザックは名案があるとでも言うように意味深な笑みを浮かべて見せた。
「本当にやってくれるんなら、パーティにとっておきの奴をひとり付けてやる。今丁度手が空いてるんでな。帰還祝いにそいつの雇い料は俺が出してやるよ」
「雇用型の冒険者か。なんだかわからんが気前が良いな。強いのか?」
「いや、完全な後方支援系の魔導士だ。戦闘には全く向かねぇが、連れて行くだけで成功率が上がる」
「……ほう? 余程のやり手か運気の持ち主のようだな」
眉唾の儲け話でも掴まされたような気になり、胡乱な視線を向けてやると、ザックは連れて行きゃ分かる、と自信満々に言い切った。
「ここ一年トリス支部の高難度依頼の成功・達成率が他の支部より飛び抜けて良いのはそいつのおかげなんだ。楽を覚えちまったら修行にならんから低級パーティには入れてやれんが、今回の依頼は条件を満たしてる。連れてってみろよ、損はねぇぜ」
わざわざ自分の懐を痛めてまでその運気の上がる魔導士とやらを押し付けてくるのだから、余程この放置された依頼を片付けてしまいたいらしい。
「……わかった、引き受けよう。メンバーとの顔合わせを頼む」
諦めて是と答えると、ザックは赤毛を揺らして満足げに笑った。
討伐隊のメンバーとして集まったのは、馴染みの双剣使いの他は、顔と名程度しか知らない弓使いの男に治療術師の女。いずれもB級以上の上位冒険者ながら、後衛に偏り気味な顔ぶれだ。なるほど、これは確かにマンティコアの討伐隊としては些か心許ない。
そして問題の魔導士の女。使い魔としては珍しいスライムを連れているその女は、大陸北西部では滅多に見ないクリーム色の肌に、艶やかな黒髪と黒に近い濃茶色の瞳の平坦な顔立ちだった。東方系だろうか。目立って美しい顔ではないが、穏やかで控えめな笑顔が印象的な女だった。肌艶や顔付きから二十歳そこそこかと思いきや、聞けば三十代も半ばの自分と然程変わらぬ歳だというから驚かされる。治療術師のエレンは何か若さの秘訣でもあるのかと詰め寄っていたが、他民族と比べて童顔で若々しく見える民族の出なのだということだった。
だが、見た目は問題ではない。必要なのはその能力だ。女は家政魔導士という聞き慣れない肩書を名乗った。冒険中の戦闘以外の炊事や雑務を一手に引き受けてくれるという。他の者達は噂を聞き知っているらしく、彼女が同行すると聞いて目を輝かせていた。何度か組んだことがあるという双剣使いのクレメンスは、彼女の実力は自分が保証すると言い切った。
ならばお手並み拝見といこうではないか。
自己紹介と打ち合わせを済ませると一旦解散し、翌日早朝旅立つこととなった。