表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第三話

 やがて、三人はマクドナルドにたどり着くと、おのおのに食べ物を購入して席についた。池田と本田のふたりは朝マックのセットで、太陽はビックマックセットだった。 



 マクドナルドはまだ朝の早い時間帯であるにも関らず、思った以上に混み合っていた。朝帰りらしい大学生の集団や、出勤前と思われるとOL風の若い女性や、サラリーマン。それからなんの職業なのかよくわからないひとたち。様々なひとが様々な事情でマクドナルドを利用しているようだった。



「だけど、マクドに来るのなんてめっちゃ久しぶりやわ」

 と、太陽は口を開くと軽く笑って言った。

「俺もやわ」

 と、本田は購入したばかりのエッグマフィンを頬張りながら太陽の科白に同意した。


 池田は今でもマクドナルドを利用していたので黙っていた。池田の勤めている会社のビルの下にマクドナルドが入っていて、池田はときどきその店を利用していた。



「最後に来たのって、大学生のとき以来かもな」

 太陽は言ってから、コーラをストローで一口飲んだ。

「そんなに前なん?」

 と、池田はちょっとびっくりして太陽の顔を見つめた。今でもよくマクドナルドに来ている池田にとっては太陽の発言は驚きだった。



「いや、俺、なんかマクドにあんまりいい思い出がないんやって」

 と、太陽は顔をあけで池田の顔を見ると、苦笑するように笑って答えた。

「なんでなん?」

 と、池田が不思議に思って尋ねると、太陽はもう一度コーラを飲んでから、

「大学のときにな、片思いしてた子と一緒に来たことがあるんやけどな・・・それが全然上手くいかんくてな、だから、マクドに来るとそのときのことを思い出してしてまうんよな」



「だから、今日、マクドに来るのしぶってたんや」

 と、本田が合点がいったというように笑った。


「それってもしかして中島さんのこと?」

 と、池田は笑いながら訊いてみた。池田は太陽とは違う大学に通っていたので、直接には知らないのだが、太陽からその当時恋愛の相談を受けていて、太陽が好きだというそのひとの名前は聞いて知っていた。それから、結局、太陽がそのひとに振られてしまったということも。



「そう。中島さんやで」

 と、太陽はいくらか苦い表情を浮かべて頷くと、ポテトを口に運んだ。

「そういうのってあるよな」

 と、太陽のとなりで本田が妙にしみじみとした口調で言った。

「本田くんもマクドにそんな思い出があるんや?」

 と、太陽が訊くと、本田は、

「いや、ないけどな」

 と、笑って答えた。



「ないなら言うなや」

 と、太陽が笑って突っ込むと、

「でも、俺も振られてばっかりやからな、太陽の気持ちはわかるなと思って」

 と、本田は笑って弁解するように答えた。

「ついこの前も振られたばっかりやしな」

 と、本田は苦笑して続けた。



「でも、まだ告白したわけじゃないんやからまだいけるやろ」

 と、太陽は言った。

「本田くんが誘ったときはたまたま都合が悪かっただけかもしれへんやん」

「いや、そんな感じじゃなかったけどな」

 と、本田は太陽の科白に軽く首をかしげて答えた。

「大丈夫やって。もう一回誘ってみいや」

「いや、やめとくわ」

 と、本田は太陽の提案に苦笑いして答えた。

「それでもう一回誘って振られたら、俺、ほんまに立ち直られへんからな」

「うん。やめといたほうがいいで」

 と、池田は助言した。

「それでほんとに誘ってあかんかったら、ほんまに気まずくなるからな」

 池田は二回目のアッタクを試みて振られたしまった本田の姿を想像して心配になった。

「一回くらい本気で振られた方が色々勉強になると思うけどな」

 と、太陽は人事だと思ってか、かなり適当なアドバイスをしている。



「でも、寂しくなるな」

 と、本田はこれ以上自分の恋愛に立ち入って欲しくないと思ったようで、殊更に話題を変えて言った。



「わかちゃん、一年は向こうから帰って来ないんやろ?」

「うん。みたいやな」

 と、池田は本田の言葉に頷いて言った。



 わかちゃんというのは、太陽の大学時代の女友達だ。池田は太陽を通じて知り合いになった。社会人になってからも三ヶ月に一度くらいはみんなで集まって飲んでいる。だから、池田はその友人と当分のあいだは会えなくなってしまうのだと思うと、寂しい気持ちになった。


「どこやったけ?イギリスに行くんやったけ?」

「ニュージランドやで」

 と、池田は太陽の言葉を訂正して言った。

「自分、なんも話聞いてなかったやろ?」

 と、池田が突っ込むと、

「でも、ニュージランドとイギリスってなんとなく似てない?」

 と、太陽はとぼけて言った。

「似てへんな」

 と、池田は太陽の科白をきっぱりと否定した。



「でも、今から留学しに行くのってわかちゃん勇気あるよな」

 と、本田がしみじみとした口調で言った。


 わかちゃんは昔からガーデニング関係の仕事に興味があったようで、彼女は今回、そのガーデニングについてもっと深く学ぶたびに、ガーデニングが盛んなニュージランドにワーキングホリデーでとして一年間行くことを決めたようだった。


「だけど、ほんまに行動力あるよな」

 と、池田は本田の意見に賛同して言った。池田はもし自分だったらたとえ行きたいと思っていても、思っているだけで終わってしまうだろうなと思った。


 池田は今年で二十七歳だ。ワーキングホリデーでとして向こうに行くためには一度今の会社を辞める必要があるだろう。そのあとまた日本に戻ってきてから再就職先を探すことになることを考えると、池田は勇気がなくてとてもできそうになかった。それになにより、言葉もわからない海外で一年も過ごすということ自体が、池田にとっては恐ろしくてできそうにないことだった。



「でも、一生に一度の人生やからな」

 と、ビッグマックを食べ終わった太陽は洋服からタバコの箱を取り出しながら言った。

「何かやりたいことがあるんやったら絶対やっといた方がいいって」

 太陽は微笑してそう言うと、タバコの箱からタバコを取り出して、ライターで火を点けた。それから上手そうにタバコを吸う。


 

 太陽がタバコを吸うところを目にしたせいか、池田もタバコが吸いたくなってきた。池田は洋服の胸ポケットを探ってみたが、家に忘れてきたようで、いつもそこにあるはずのタバコは入っていなかった。


 池田が太陽に一本ちょうだいと頼むと、太陽はえーと渋りながらも、タバコの箱からタバコを一本取り出して、それを池田に渡してくれた。池田は太陽からライターを借りてタバコに火をつけ、一口吸った。タバコを吸う習慣がない本田はタバコを吸っているふたりの様子をどこか羨ましそうに眺めていた。



「やりたいことか」

 と、池田は二口目のタバコを吸ってから少し小さな声で言った。

「でも、俺、わかちゃんみたいに、仕事として具体的にこれがやりたいみたいなことってなんもないんよな」

 池田はいいわけするように口元で微笑して言った。


「でも、べつに仕事じゃなくてもいいんちゃう?」

 と、太陽は軽く笑って言った。

「趣味とかでも。それに自分の人生をかけられるようなものがあったら楽しいんちゃう?」

「趣味ねぇ」

 池田は太陽の提案に視線をやや斜め上にあげて思案した。



「そういえば池ちゃん、前ギターが好きって言ってなかった?」

 それまでふたりの話を黙って聞いていた本田がふと思いついたよう口を開いて言った。

「ああ、ギターな」

 と、池田は本田の言葉に気のない声で答えた。


 池田の昔の夢はプロのギターリストになることだった。大学二年生の頃くらいまではそれこそ真剣にその道を目指していたこともあった。だが、途中で止めてしまった。自分にはプロになれるほどの才能はないと気がついてしまったのだ。


 プロを目指すことを止めてからも、しばらくのあいだは趣味として続けていたのだが、最近は仕事が忙しいということもあって、ギターに触れることすらしていない。今では完全に部屋のインテリアと化していた。

「そういえば、最近は全然触ってへんな」

 と、池田は苦笑するように笑って言った。



「俺、池ちゃんの弾くギター結構好きやったけどな」

 と、本田が惜しむように言った。本田は昔池田がバンドを組んでいたときはいつも大抵ライブを観にきてくれていた。

「前は作曲とかもやってたよな?」

 と、本田はもう残り少なくなったコーラをストローで音を立てて吸いながら言った。


「そんなこともあったな」

 池田は少し照れ臭くなって小さく笑った。

「もうあんまり興味はないんや?」

「いや、そんなこともないんやけどな」

 と、池田は太陽の問いかけに、口ごもって答えた。


「でも、なんか最近はただ目の前のことをこなすだけで精一杯でな、なんとなく毎日が過ぎていってしまうんよな」

 池田は嘆くように小さな声で言った。それから、手にしていたタバコの火を灰皿ですり潰すようにして消す。



「でも、それはたぶんいいわけやで」

 と、太陽は微笑して言った。

「やろうと思ったら、絶対できるって」

 と、太陽は決めつけて言った。

「って、まあ、俺もひとのことは言えへんけどな」

 と、太陽は付け足して言うと、軽く笑った。

「俺もほんとうは一級建築士の資格を取るつもりやったけど、最近は何も勉強してないもんな。ついつい現状に満足してしまってる自分がいる気がするな」

 太陽は現在建築事務所で働いている。



「でも、大人になるってそういうことなんかもな」

 と、池田はいいわけするように微笑んで言った。子供の頃思い描いた夢や、目標を諦めて、適当な場所に自分の居場所を見つけていくこと。上手く現実と折り合いをつけていくこと。それが大人になるということなのかもしれないなと池田は心のなかで思った。



「なんかわかちゃんだけが先へ先へって進んでいってる気がするな」

 と、本田がポツリと言った。

「そうやなぁ」

 と、池田は本田の科白に頷きながら、今見えている視界のなかに重なるように、自分に背を向けて遠くに向かって歩いていこうとする友人の姿が目に見えたように思った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ