わんわんWalk
一匹の白い犬が、いつもの散歩道を歩いていた。
飼い主はいないが、これは毎朝 毎夕くり返されている光景だ。今更 咎めるものはいない。
むしろ ちゃんと散歩道を覚えているのだから、誉められるべきことなのかもしれない。
とはいえ、こんなことが出来るのも車の往来が少なく、静かな町だからこそなのだろうが。
犬は小気味よいリズムで足音を響かせつつ、楽しそうに自然豊かな小道を歩いていく。
散歩の合間に、草むらにバッタを見つけて追いかけ回したり、近くを歩いている小鳥を捕まえようとしては飛んで逃げられたりと、そんな遊びをしながらも彼は散歩を続ける。
やがて、彼のお気に入りの公園に着いた。
そこは辺り一面に青々とした草木が茂る、美しい公園だった。彼は公園に着くと、鼻をフンフンと鳴らしながら何かを探す。すると、彼は近くの茂みの中から一つの野球の軟式ボールを見つけた。
これは近所の子どもたちが置いていった軟式ボールで、今は誰も使っていないため彼の良いオモチャになってしまっている。
彼はボールを口に咥えて幼児向けの小さな滑り台を登っていき、その上からボールを転がした。滑り台を転げ落ちていくボールを追いかけて、彼もまた駆け出した。
「はっ、はっ、はっ!」
彼は楽しそうに、呼吸が荒くなるまでその遊びを繰り返した。やがて疲れてくると、ボールを元の茂みに隠し、その後はペット用の水飲み場に行き、舌を使って水を飲む。喉が潤うと、彼は散歩を再開させた。
公園の管理人室のパイプ椅子に座った男性は、居眠りでもしているのか、じっとしたまま動かない。
昼寝でもしているのだろうと、彼は挨拶代わりに管理人に尻尾を振ってから、公園を後にした。
遊んで水も飲んで満足したなら、後は家に帰るだけだ。そうしたら、家には美味しいご飯が待っているのだから。
ご飯は毎日 同じ時間に飼い主であるご主人が用意してくれているので、お腹が時間を覚えている。
帰り道に何故か白い骨が落ちていたので、彼はついつい骨を鼻先で転がして遊んでみたり、ガジガジとオヤツ代わりに噛んでみたりしたが、しかしご主人のご飯が待っていることを思い出して家に帰った。
玄関のドアの下部の、犬用のドアを通って彼は家の中に帰った。ここでちゃんと足を拭かないとご主人に怒られてしまうのだが、お腹が空いているので、ついつい勝手に家の中へと上がってしまう。
おかげで玄関は隅々まで泥だらけになってしまっていた。
鼻先で器用にリビングのドアを開けた彼は、尻尾を振りつつ部屋の中へ走っていった。
「やあ、ご飯の時間だよ。ちゃんと待てをするんだぞ」
ご主人に言われるとおり、彼はお座りの姿勢で餌が貰えるのを待つ。目の前の餌皿に餌が注がれ、彼は溜まらなくなって垂れてしまいそうなヨダレを舐めとった。
「待てよー、待てよー、待てよー、……よし!!」
待っていたとばかりに、彼は餌皿に顔を突っ込むようにして食事を開始した。あっという間に餌をペロリと平らげると、彼は「もっともっと」と言うようにご主人に湿った鼻先を押しつけるが、液晶画面の中のご主人はただ微笑むばかりで それ以上は何もしてはくれなかった。
そして液晶画面の映像も終わり、そのまま液晶画面付き全自動餌やり機は充電のために日当たりの良い窓辺に移動し、太陽光発電を開始した。
犬の彼もその隣に移動し、気持ちの良い夕陽を体に浴びてウトウトしていた。
しかし夕陽もやがて落ち、あたりは暗くなっていった。彼は一度そこで目を覚ますと、ご主人の帰りを待つために玄関のマットの上に座った。
けれども、待てども待てどもご主人が帰ってくることはない。
仕方なく、彼は自分の寝床であるタオルケットの上で丸くなり、目を閉じた。
最近、ご主人は何故か帰ってこない。
何時からだろうか。
思い起こしてみると それは多分、あの空が真っ白に輝いた あの日からなのだろう。
あの日 以来、誰も彼もが動かなくなってしまった。まるで眠ってしまったかのように。
ご主人と一緒に色んなところへお出かけした、あの箱のような乗り物が動いているのも、最近は見かけない。
何でだろうか。それは彼には分からない。
でも、きっと大丈夫。ご主人は、自分を置いてどこかに行ってしまう人じゃない。
きっと、きっと、明日の朝 目が覚めたときには。
ご主人がいつの間にか帰ってきていて、僕の頭を撫でてくれるんだ。
彼はそう思いながら、静かな眠りについた。