オベリスク
その様子を、人間と同じ目をしたベオは見ることができなかった。
叫びに叫び、泣きに泣いた。
誰もいなくなったその腕をまだ抱くように自身の胸元で交差させる。
残酷だ。こんなのはあんまりだ。
そう思い、彼はこの喪失を嘆くのと同時にこんな運命を決めた神とやらを恨む。
「…そんなものが、本当にいるのか?」
ポツリと言葉をこぼす。
それは憎しみと悲劇を知る人間の声。
「そもそも、この世界に神なんて概念は不要だ。そんな高いところから見下ろすモノ、僕が……いいや、私が引き摺り下ろしてやる」
彼はそう言って静かに立ち上がる。
その体に傷は一つもなく、擦り傷ですら消えていた。
不死身と再生。それが不死者の持つ特性。
だが、それ以上のことが起きた。
ベオの顔が変わった。
目、鼻、口、耳の形や髪型まで全てが別人に変わっていく。
その姿は、今までのベオ・クリスではなかった。激しい怒りと恨みを携えた、違う何かだった。
「私は、神なんてものもいらない。シエラを…彼女を苦しめた『人間』も要らない。世界が滅んでも私だけがいればいい、私だけが彼女を待っていればいい」
そう言ってベオは歩き出した。
その最中、彼はある事を決める。
これからはベオではない。
『ベオ』は彼女の前だけで良い。
これからは破滅を望むただの化け物だ。
「そうだな…これからは『オベリスク』とでも名乗ろうか」
それはただ名前のスペルを変えただけ、発音も同じにしただけの名前。
でもそれは、彼が本来の、彼女が好きだった名前を忘れない為にした最後の良心。
皮肉にもエジプトの神を象徴する建物の名称だった。
そうして彼は、彼女も娘もいなくなった城から去ろうとする。
しかし、その背後から彼の前の名前で止める者がいた。
「ベオ様、一体どこへ…」
この場に残った者で聞き覚えのある声。
それはセイレンだった。だが彼は振り返らずにセイレンに言った。
「私は彼女の力を集めてくる。その道中、莫大な力と財を築いて全てを変える。セイレン、私が…ベオでいる内に言っておく」
そうしてベオは背中で語る。
「この城を、彼女とベオが戻ってくるまで守ってくれ。その時私がどんな化け物になっても、私を……受け入れてくれ」
言い終わるとそのまま歩き出していく。
セイレンは砕かれた身体で立てない自身を恥じながら、その背中を見送る。
「分かりました。ベオ様」
それがセイレンが見たベオの最後の姿だった。




