抱きしめる
だったらどうするか。
ベオは少しだけ躊躇いながら、それでも離れていくその背中を見送らない。
追いかけた。
最初は躊躇いのある一歩。
二歩目は地面を蹴るように。
三歩目で小走り。
四歩目からは、自分を恐れた一人の少女の背中目掛けて駆ける。
シエラが振り返る前にベオは彼女に辿り着いた。
そして、背中から腕を回して彼女を抱きしめた。
ポツポツ。
小雨の雨は少しずつ弱くなる。
反対に抱きしめる力は強い。
シエラはベオに言った。
「何…を……しているの?」
その声には強気な態度も感情の揺らぎもない。
ただ、ただ驚いている。
「シエラさんに伝えたいことがあるんです」
ベオはシエラの髪に顔を埋めながら、彼女に語る。
「私は何度も死にたいと思ったことがあります。多くの人が老い衰えて死んだのも見た、疫病で苦しんで死ぬのも見た、権力のみで悪政を行ない誰からも看取られずに死んだ王も見た。本当に、私はたくさんの人が死ぬ瞬間を見てきた。見たくなくても、目を背けても、住む場所を変えても私は見てしまう。死にたかった、生きたくなかった、それでも私は死ねない……シエラさん以上の地獄を体験してるんです」
「…でも、貴方は狂ってない、血に飢えてない、誰かに作られた模造品じゃない。呪いも背負ってない。それなのに私はこの二百年の間、多くの時間を過ごしたのに私は『狂気の私』のままだった。貴方は多くの人を見て生き方を変えたりしていたのでしょう?でも私は…空っぽのまま…私は誰かの思惑で作られただけよ…」
「そんなのは関係ない」
「あなたに何がわかるの……私は狂ってる、私はそうなる様になってる、御伽話に出る神の恩恵を得た人間の体を使って…生まれただけの化け物。五千年も生きて苦しくて死ねない?そんなのただの我儘じゃない、私は二百年を無駄にしたのよ?貴方は一年でも無意味に過ごしても得るものがあったでしょうね、でも私はここから出れない、しかも狂ってるから仮りにここから出ても絶対に迫害される。私は、私はずっとここで乾いていくしかないの…」
シエラは抱きしめるベオの腕を解こうともがく。
それでもベオは放さない。
振りほどかれない様に、強く抱きしめる。
「…シエラさん、私はあなたに出会えた時、特に私を迷いなく殺す貴女に出会えた時は生きていて良かったと思う」




