幕間 リーゼの息抜き
皇都を攻め落とした少し後、リーゼはイールガルの中にある執務室で缶詰になっていた。
やれどもやれども貯まる魔都の嘆願書や要望書、意見書に忙殺される毎日を送っていた。そこにさらに、エンリエッサ達が纏めた王国関連の書類も増え、危機的状況に瀕していた。
仕事の合間にサボろうにも、お目付役としてイシュガルや第三軍の副官達が目を光らせていて、なかなか思いどおりにいかなかった。
「イシュガルー、そろそろ休憩しない?集中力が切れてきたよー」
「先程休憩されてからまだ半刻も経っていませんよリーゼ様、こちらが次の案件になります。確認とサインのほうをお願いいたします」
「うぅぅぐれてやる…」
「ここの書類にサインを、後はこちらが急ぎの書類ですね、それから…」
不貞腐れ気味に対応するリーゼに対し、どこまでも調子を崩さないイシュガル。リーゼのフラストレーションは限界を超え、翌日ある策を実行に移した。
「リーゼ様こちらが本日の予定になります。こちらにまずは目を…」
「リーゼ様はどこにいかれた?」
「なにを言うイシュガル、私こそがリーゼであると…」
「どこにいかれた?」
執務室の椅子に座っていたのは、赤髪のカツラを被ったリーゼ付きの侍女であり、背丈も声もまるで別人であった。イシュガルに詰め寄られた侍女は、その迫力に観念し主の居場所を告げた。
リーゼの策は簡単に破綻してしまった。
数日前から思案した案にしては、あまりにお粗末な、思いつきであった。
それでも御使いであるリーゼが自ら侍女の寸法をとり、熱心に変り身について自論を展開するリーゼの話を聞き、侍女もまたリーゼの策に当初はノリノリだった。
イシュガルの怒りの表情を見るまでは
「リーゼ様は早朝、東大陸にある火山の、守護者である赤竜に会いにいくと仰せでした。私に身がわりを頼んだ後、風のように立ち去ってしまって…、私の制止も聞かずに申し訳ありません、イシュガル様」
「まったくリーゼ様は、一時期は熱心に執務をなされていたのに、最近はまるで意識がない。自由奔放な性格が災いしているともいえる。仕方がない今日は私が代行しよう。お前達は交代で業務を行え、あとお前は今日は休みなしで仕事をしてもらう」
「…えっ⁉︎」
「なにか文句があるのか?みすみす見逃すなんて醜態、共謀していたと言っているようなもんだ。そうであろう?」
「…はい、イシュガル様」
忍足で逃げようとした侍女の首根っこをつかみ、額に青筋を浮かべながら睨まれ、侍女は渋々頷くしかできなかった。
こうなったらだれにも止められない、業魔将小言のイシュガルの完成だ。
何故だかリーゼの声がした侍女は、自嘲気味に渇いた笑いを上げる。
明日の休みは無いかもしれない…
侍女の絶望は、あまりにも深かった。
一方で、東の大陸の赤竜と相対しているリーゼは、久方ぶりの自由を謳歌していた。火を司る者として、赤竜に興味があったのもあるが、力比べがしたいというのが本音であった。
火山口で、大音量で赤竜に向けて啖呵をきるリーゼに、溶岩の中で微睡む赤竜はゆっくりと相手を見定めるように視線を向ける。
「貴方が赤竜ね?私は今代の御使いのリーゼっていうの。是非貴方と戦ってみたいのだけれどいいかしら?」
阿呆がきた!
しかもとびきりの阿呆だ、久方ぶりの挑戦者にどう応じるか思案する赤竜。
噴火を制御する退屈な作業を、今なら放棄してもよいだろう、面白い。
「我に正面から挑む者が現れたのは久しぶりだ。良かろう相手をしてやる。御使いの力我に見せてみろ!」
「太古の竜よ、私に力を示すがいい!貴方のガス抜きにつきあってあげる!」
「愉快な奴よ、その意気や良し!そのガス抜きで黒焦げになるなよ御使いリーゼよ!我が名はツェーレ、業火の竜よ!」
幾筋の火炎の奔流が空を覆い、流星のように辺りに炎が舞い散っていた。お互いに全力でぶつかり合い、力は拮抗していたのでなかなか勝敗がつかないでいた。
なによりも全力をだせる存在に飢えていた両者は、次第にお互いを認め合い、半日も過ぎた頃には拳で語り合う喧嘩友達の関係になっていた。
「空が赤い…」
「赤竜様の遠吠えが聞こえる」
「高台へ逃げよ!何者かが赤竜様と戦ってるんじゃ、巻き添えをくうぞ!」
天が割れ地が裂け、大地に火炎の粒子が煌き、新たな伝説が生まれたのはまた別のお話。
ただ度々起こるこの現象に、付近の村々には迷惑な行為だった。




