人喰いの山
戦いは山道のあちこちで突然に開始された。レイジビーストが群れをなし、グリフォンが空中より襲撃し、ワームが兵士達を地中に引き摺りこむ。
皇軍もお互いに背を預けあい、死角を無くす方陣を組むことで対応していた。
槍衾が魔獣を貫き、剣で魔蟲の頭を割り、魔鳥を矢で射落としていく。
血で血を洗う地獄絵図のような光景が広がっていた。
だがニミッツ将軍とボルドーを中心に、円状の防御陣形が完成しつつあり、周辺に展開する魔獣達を寄せつけない対応をみせていた。
「散らばって戦うな!個人ではなく全体を意識せよ、所詮は知恵なき獣よ恐れるな我々にはボルドー卿がついておる!」
「将軍のいう通りだ!私がいるからには安心するがよい、旗を掲げよ高らかに。聖斧の威力味わうがよい」
ボルドーの振るう一振り一振りで、辺り一帯を取り囲む魔獣達の体が消し飛んでいく。みるみると数を減らし、ボルドーの斧の射程より逃れる始末だった。
やがて魔獣達の隊列が縦に割れ、奥から影のような人型の魔獣と、体格のよい翼竜の魔獣が現れた。
途端に辺りは、囃し立てるように魔獣達の鳴き声や手足を叩く音が響いた。
「お前達、なにを遊んでいるの?もう少し真面目にやらないと勝てる戦も落とすわよ…」
「能力のある一団の戦意を挫くのは、統率者である群れのリーダーを葬ればいいんだよ。僕が片方受け持つから。レジーナはあっちお願いね」
「勝手なんだからもう、まぁいいさ」
そう言うなりレジーナの胴体は左右に裂け、大きな口のように広がる。
槍衾をつくる兵士達のの脇を通り過ぎると、大きな口をゆっくりと咀嚼する。
立ちながらにして何十人もの兵士の手足や首、胴体や顔などが一瞬でなくなり絶命していく。
ムストも自身の影を広げ、兵隊達をからめとっていく。そして黒い触手を動かしていき、まるで自身の身体の一部にするように沈めていく。
そんな二体の暴挙を止めるべく、ニミッツ将軍とボルドーは動きだす。
気合のこもったボルドーの一撃がムストに直撃するが、ムストの身体が二つに分裂しただけであった。
何度も何度も攻撃を繰り出し攻撃をあて続けるが、まるで手応えがなくムストの身体が分裂し続けていった。ムストも腕を棘のように変型させ、不規則に動かし応戦していく。
やがてムストの身体が霧散して完全になくなったところでようやく肩の力を抜き、息を整える。
「はぁ、はぁ…ようやくか。なんなのだあの化物は、まるで実体がない」
「ふふふ…油断ですか?僕は影なんですよ。どこにでもあるし、どこにでもいない。さぁお仲間がお待ちです」
ボルドーは自身の影に潜むムストに虚をつかれ、自分の影にのまれていく。
聖斧で地面を砕いても、その勢いは止まらずやがてボルドーは、自身の影にのまれて消滅した。
ニミッツ将軍は、銀の長剣を手にレジーナと相対していた。
上半身だけを見れば人間そのものだが、下半身は化物の姿。
レジーナは黒炎を吐き牽制するが、ニミッツはこれを避けレジーナに長剣を突き入れる。
退魔の加護を宿した銀の長剣だが、貫くには至らなかった。だが多少なりとも傷を与える効果はあった。
激昂して激しい肉弾戦を仕掛けるレジーナに対し、カウンターを狙うニミッツ。
やがて態勢を崩したところを攻撃しようとしたところ、腹部にレジーナの強烈な尻尾の一撃をもらう。
逆に誘いこまれていたという事実に驚愕し、レジーナは笑みを深めていた。
「なかなか面白い戦いだったよ。いい演出だったでしょ?貴方は勇敢な人間だったから特別にゆっくり喰べてあげるよ。私の血肉の一部にしてあげる」
やがて指導者のいなくなった皇軍は散り散りとなり逃走を開始した。
逃げる場所がわからぬままに…
「もうすぐ御使い様やエンリエッサ様が凱旋される頃合だ、山の中を綺麗にしなといけないわ」
「追い回すのもいいけど逃がさないようにね。僕はイシュガル様に御報告しなければいけないし。」
「あらぁ?ムストは喰べないの?」
「もちろん喰べてからさ」
大軍の残存兵達の死骸が、山脈を埋め尽くすのにあまり時間はかからなかった。
いつもお腹を空かせた魔獣達は、今日ばかりは文句をいわないだろうと、二体の化物は同じ事を考えながら山脈を守護する仕事に戻っていった。




