見つめる影
宮殿の奥の位置にある貴賓室の一角に、皇族達指導者が集っていた。
重苦しい雰囲気が包む中ハイネン・イベルタ皇王は、自身の娘である皇女に脱出前の最後の別れを告げていた。
「陛下お急ぎを!ロッシ将軍とフランチェスカ殿が討死された今、敵が雪崩込んできます」
「わかっている!アンよ、脱出したらネルト帝国のトロツキー公爵家を頼れ。我が旧友だ、お前は皇国臣民達の希望とならねばならん!よいか?必ず生き残るのだぞ。お前達にも苦労をかける、さぁ行け決して振り返るな!」
最敬礼で応じた侍女と親衛隊員達は、皇女の両脇を抱え暖炉の奥の抜け道から避難していく。
「なっ…なにをするの待ちなさいっ!お前達父上も一緒に…父上、母上っー!」
「ふふっ、最後まで落ち着きのない娘なんだから。頑固なのは貴方に似たのかしらね」
「そうかもしれんな、トロツキー公爵にも苦労をかけるかもしれんな。皇女と過ごした時間がまるで昨日のことのようだな…。親馬鹿が過ぎるかな?」
どこか穏やかな時間とともに、思い出話にふけっている。
皇王夫妻と最後までお供すると決めたのは、古参の執事やメイド、皇国の大臣や宰相などであった。
臣民を避難させたとはいえ、少なくない犠牲がでているはずだ。
皇族として責任をとらねばという、確固たる意思のもと皇王達は皇女達と共には脱出はしなかった。
やがて宮殿の揺れは大きくなり、天井が崩れ、突き入れられた巨人の掌の上には災厄の原因である赤髪の悪魔がいた。
「お前達を断罪しにきたリーゼだ。抵抗はしないのかしら?せめて苦しまないように逝きなさい…」
皇女達が脱出した貴賓室からは業火の焔があがり、宮殿全体がまるで送り火のようにいつまでも赤々と燃えていた。
「ヲイス、エンリエッサの部隊と救助した魔族と合流した後、イールガルに帰還するぞ!隊列を組め、凱旋だっ」
「ハハッ」
「さて、あちらはどうなったかしら?」
この時よりイベルタ皇国の名前は、地図上から消えた。これにより魔族の勢力図は拡大し、周辺諸国は次は自分達の番だと、魔族の襲撃に怯えることとなる。
ロート山脈攻略部隊を率いるボルドーの足どりは重かった。
城塞を目指していたはずが山脈の霧に阻まれ、半日ほど同じ道を彷徨っていた。
そしてなにより進軍を遅らせているのは、目に見えて兵士の数が減っているということだった。
「ボルドー卿、やはり兵士の数が減っています。それに近くの隊にだした伝令が何人も行方知れずです。我々はいったい、どこに向かっているのですか?」
「それにこの山脈に入ってから、視線を感じるんです。誰かに見られてるような、魔族とは別のなにかが…」
不満を吐露する部下達に、さすがのボルドーも励ましの言葉が見つからなかった。業魔将ではない、規格外の化物が山脈にいるという確信があったからだ。
さらに不気味なのは、あれほど大勢の足音がしていたのに今はまばらにしか聞こえないという事実だった。
ボルドー達の隊列を観察しながら、まるで値踏みするかのように遠くで見つめる影があった。
魔獣達の統率者、意思ある魔獣としてエンリエッサとイシュガルによって召喚された二体の人外達であった。
一体は、マンティコアと呼ばれるエンリエッサが異界より召喚した人外の化物であり、上半身は妙齢な女性の姿、下半身は巨大な翼竜のような形をした魔獣。
もう一体は、イシュガルにより創造された蠢く影のような人型の魔獣であった。姿形が一定に保たれず不規則に変化する身体と、爛々と光る黄色の瞳を持つ魔獣。
それぞれが名を授けられ、翼竜の魔獣はレジーナ、影の魔獣はムストといった。
「さてムスト、かの軍勢は三分の一は削ったところだ。主達の命は殲滅だ。そろそろとどめとまいりましょう?」
「うんそうだねレジーナ、あぁそれと君の部下に骨まで喰べるなって命令しといて、エンリエッサ様にまた僕が怒られるから。素材集めできないって」
「少しは見逃しておくれよ。部下には食いしん坊が多いのよ。それにこんなに制限なく喰べれるんですよ?」
「わかったよ、けどハメを外し過ぎないようにね?君と君の部下は、理性をどこかに置いてくる癖があるからさ」
二体の化物の指揮のもと、魔獣達がボルドー達の隊列に殺到し、山道のあちこちで人と魔獣の血の匂いが濃くなる。レジーナはさっそく食欲を刺激されうずうずし、ムストはこの大仕事に黄色の瞳が怪しく光を放っていた。




