蔑む者と地に堕ちる者と
起源の書
ノルンが懐より取り出した、分厚い手帳のような教典。
遥か昔、その書には様々な種の保存を目的として、生きながらに起源の書に動物達が封じられている。
いつの時代からか、その書は改悪され、
悪魔の手に渡り、その悪魔の研究記録を保管するモノに成り果てた。
幾つもの生物を掛け合わせたモノを保存する悪しき書物となり、天使達により厳重に封印され、その悪魔もまた天使達により裁きを受けたとされる。
その書は今、サマエルの手によりノルンに手渡され、現在に至る。
ノルンは起源の書のページをめくっては、文字をなぞり保管されていたモノを次々に解き放ってゆく。
「これはいいですね、あぁこれは興味深い!それとこれも、これも!私はね、対象を観察するという行為も好きですが、保存するということも大好きなんですよエンリエッサ。君の綺麗な体をそのままに、起源の書へと導きましょう」
「まったく薄気味悪い書物だな。製作者の性格が、そのまま書物に乗り移っているみたいね。だいたいね、そんなものは聖遺物でもなんでもない。ただの悪趣味な金持ちの道楽と一緒よ」
「…これは手厳しい」
「天使は殺す!今も昔も変わらない」
レジーナ達空中部隊を退避させた空域で、大規模な空中戦が展開する。
無数の殉死隊の天使達と、起源の書に保存されたモノ達が、エンリエッサ目掛けて集まってゆく。
エンリエッサもまた、天使達に対抗するように、翼を生やした骸骨兵を量産させながらに、殉死隊率いるノルンへと距離を縮めてゆく。
「楽しいですよ、実に愉快だエンリエッサ。この聖遺物は使用に制限があるのですよ、この子達は敵味方の区別が効かない、だから使用を禁じていたんですよ。だけど君という存在が、それを叶えてくれた。喜ばしい事だ」
起源の書に保存されていたモノ達には、
大蛇の身体に頭が鷲のモノ。
象の身体に蜘蛛足が生えたモノ。
魚の身に羽根を生やしたモノ。
その形は千差万別で、同じモノがいないという種類の多さであった。
同じ仲間である、殉死隊達にも襲いかかりなからに、エンリエッサにも挑みかかる知恵なき獣の群れたち。
「ふーん、そんなモノをけしかけて、君は高見の見物かい?起源の書ではなく、これでは有象無象の書ね。あまりに滑稽に思わないかしらノルン?」
「それにだノルン、こんなモノで業魔将である私が怯えるとでもいいたいの?お前達天使と、何十年、何百年と戦い続けているんだ。いまさらこんな手品如きでは驚きはしないんだよ、天使め…」
「あんまり笑わせてくれるなよ?」
オスロ上空に無数に広がりゆく人外の群れを、城壁を守る人魔の兵士達が黙って見上げ、戦いの趨勢を見守る。
彼らにはもう祈ることと、眼前に迫る星屑部隊達を屠り続けるしかなかった。
人外の群れる暗雲の中を、雷が切り裂き、骨の塊が乱れ飛ぶ。
「埒があかないわね…。なら纏めて叩いて、すり潰すまでよ。貴方達、楽には死ねると思わないでね?深淵のエンリエッサの真髄、堪能してね…」
エンリエッサは動きを止めて、術式を構築しながら、その魔術紋は複雑な軌道をえがいてゆく。
動きの静止した対象を殲滅せんと、人外と殉死隊が一斉に飛びかかる。
だがその襲撃した者達が、エンリエッサに近づいた瞬間に動きを止め、その身を地上へと落下させてゆく。
エンリエッサを中心に毒の瘴気を立ちのぼらせ、彼女自身も毒霧を纏いながら、瘴気の中へと身を沈めてゆく。
ズルズルズルズル
奇怪な音を発しながらに、毒霧はオスロ上空の広範囲に拡散し、彼女が指定した結界の範囲内に充満した。
地上のオスロ要塞線はそのままに、エンリエッサの意思もつ毒霧が、ノルン達へと殲滅を開始してゆく。
「口を覆え!呼吸を止めよ!」
「意識を奪うのが目的だ!」
「各自、距離をとれ!毒霧の外へ」
「でれない?何故だ、綻びを探せ!」
息を止めようにも、毒霧は肌から侵入し、意識がなくなった者から地上へと落下してゆく。
空間を丸ごと結界で覆い、出口を塞がれた殉死隊と意思なきモノ達。
そんな哀れな子羊を見て、毒霧となったエンリエッサが嗤う。
「ふふふ、逃がさない。もはやお前達の命運は尽き、檻の中の小鳥も同然。その惨めな最期を私にみせてよ、私の可愛い可愛い部下達を虐めた罰よ。さぁ存分にご馳走してあげる、遠慮はいらない」
地上へとポトポトと落下を続けるノルン率いる殉死隊。
それはまるで、大木から枯葉が抜け落ちるかのような光景であった。
「こんなはずでは、私達に敗北はない!ないはずだ!一人で戦況を覆すなど、あってはならないんです!」
「そーかそーか、けどそれが可能なのよ。この私、エンリエッサならね。御使い様であられるリーゼ様に楯突いた報い、君はどう責任をとるの?」
「責任?責任なぞとるものっ…か…」
エンリエッサは毒霧の中から不意に身体を実体化させ、黒い小降りの刀をノルンの心臓へと突き刺し、その命を無慈悲に刈り取る。
「君は観察がすきなんだろう?じゃあ私が君の死に顔を、死ぬまで観察してあげるわね。こんな陳腐な書に頼って、数に任せたのが貴方の敗因よ」
「…ぐ、ぞがっ!…サマエル、様…」
戦場を掻き乱し、度々大陸の歴史で暗躍を繰り返したノルンは、あっけなくその命を散らした。
小刀を強引に引き抜くと、ノルンの身体は自重により地面と落下して、そのからだ四散して爆ぜた。
「糞ね。それはこっちのセリフだわ、余計な魔力を使ってしまったんだもの。起源の書か、使い方によっては有用かもしれないが、これは災いの種となる。これは無用なものだな…」
ノルンの遺品である起源の書をエンリエッサは爆発させ、その汚れた無用な産物である聖遺物を処理した。
第2城壁周辺は完全に落ち着いたようにみえたが、第3城壁方面にて黒々とした煙を見つけるエンリエッサ。
サマエル達が戦場へと介入した…




