災厄に包まれゆく大陸
優しげな表情の裏に、相応の腹黒さも内包しているマト。
一筋縄ではないかない使者に、襟を正し正面を見据えるマークに、横顔を盗み見ていたリューティスはそんな事情もつゆ知らず、どぎまぎしていた。
プリメールとプリメーアはというと、落ち着きを取り戻し、今はプリメーアの日課でもある発声練習をしていた。
「あかさたな、はまやらわ、言ってみてくれプリメーア?」
「ウナナナ、ナナナウナウナ?」
「違うな、もう一度だ。ゆっくりね、息を吸いながら吐くように…」
レジーナもまた数人の武官達と共に、帰り道の道筋の確認や、現在地の地形図を見比べていた。
「現在地はここだ、東側の航路は雲が厚い、西側から時間をかけて拠点へと戻るわ!質問はないか?」
「レジーナさん天候の回復を待ち、明朝出発するのはどうですか?」
「情勢が不明な今、長居はできないの。確実だが、それは却下ね。他は?」
マト以外の者達が、各々違う職務をこなす様子を、ハンベルニア城の守備隊も珍しげに観察している。
レジーナ達の見ている地図はあまりに緻密であり、どのような測量で作製されたものかとか、魔族が何故発声練習などしているかなど、守備隊達の興味はすっかりそちらにうつっていた。
マトは一人の護衛だけ連れて、勇者達の返事を待っていた。
それが如何なる答えでも、彼女はそれを自らの主人に伝える義務があるからであり、自身の役目と自負していた。
「マトさん、正直私達は今や行く先々で災難を振り撒く者に成り果てました。そちらさえよければ、魔都に身を寄せたいと考えている。あまりに犠牲者を出し過ぎた、そこで再起を図りたい。取り次いでもらえるだろうか?」
「私からもお願いするマトさん、どうか聞き届けてほしい!天秤部隊の奴等に対抗する術がほしいんだ!」
真剣な表情で言い募る勇者と聖人に、マトも真摯に対抗し、その旨を伝えることを確約した。
「顔を上げてほしい皆さん、私達と貴方方はこの大陸の行方を憂う、いわば同志なんですから。エンリエッサ様も、リーゼ様も必ずご理解下さいます。貴方方の決意しかと聞き届けました。返礼にひとつ我々がつかんだ情報を教えます」
「それはどのような?」
「サマエル達が帝国周辺各国への侵攻を開始しました…。その侵攻は苛烈で、人族でもなく魔族でもない、第三の種族を秩序としてうちたてるようです。帝国の正規軍をどこまで取り込んだかわかりませんが、敵は膨大です。サマエルを中心に、天秤部隊を核として現行種族の破滅を目論んでいます。小国が幾つも敗れ、中央大陸周辺は混沌となっています。北部連盟でも議題に挙がっている案件です」
「なっ…、事態はそこまで」
「地方の部隊はどうなったの?」
「国民達は、今何処に?」
「もはや止まらないと、いうことか」
「そのようです。いずれ戦火はこのヴァスティーユ大陸を包み、この北部にも伝播します。戦火を止めるには、中核を成す天秤部隊と、指導者たるサマエル及び追従する天使の抹殺、それしかないというのがリーゼ様のお考えです」
大陸全土を巻き込む天魔戦争の再来が、人類の守護者たるサマエルの手により再び勃発した。
現行種族の滅亡か、それとも創られた種族の滅亡か、戦いの火蓋は唐突に始まり、大火のように燃え広がる。




