気高き者と羨む者
クモの身体も、ヒュプノスやデレルネスの二人の様に変貌していく。
女性的なしなやかな体躯はそのままに、頭上には天使の輪が浮かび、背中からは大きな黒き翼をはやして、マーク達の出方を窺っていた。
その姿は天使というよりかは、悪魔の様な見た目であり、悪魔の僕といったほうがしっくりくる外見であった。
「あぁ力が、気が昂ぶりますね…。この昂揚感はいつになっても、私を狂わせます。主人の怨敵は、私の敵です。ヒュプノス何を遊んでるの?さっさと右腕を再生させなさい、このグズめ!デレルネス、ヒュプノスを援護しつつ対応しなさい!惨めな戦いは、私が許さない!」
「はいクモ様、直ちに」
「拝命いたしました、直ちに」
切り裂かれたヒュプノスの右腕が、砂のように溶けると、新たな右腕がヒュプノスの切断面から再生される。
ゴギゴキと、不明瞭な音とともに、神経や筋繊維、骨などの腕の形のなにかが生え、数分もしない内に生え変わる。
見た目以上の化け物具合に、マークは内心辟易していた。
まるで魔族の精鋭を、相手にしているような感覚を覚えたからだ。
「クモ、既に人ですらなくなった者達を従え、君は何を成し、どこに向かっているんだ?理知的で義理堅い君も、なかなかに魅力的だったが、その姿はまるで悪魔と瓜二つだ。そんな姿の君を見たくはないな、これ以上は…」
「邪見にされたものね?この姿、私は気に入っているのに酷い言いようじゃない。私はね貴方が、勇者であるマークが羨ましかった。星詠みの巫女様に信託を受け、天使ナナイ様の加護を授かりし勇者。産まれながらに、御使いとの宿命を運命づけられた者。それにひきかえ私は、創られた空っぽの操り人形なの、もちろんこの子達もね。私達も誰かに必要とされたい、マークや聖人達のようになりたいと思っていたの…」
「…クモ、君は一体どこでそんなにも歪んだんだ?まだ遅くはない、兵達を引いてはくれないか?私も無益な殺生はしたくはないんだ。わかってくれるか?」
昔語りのように、身の上話を始めるクモに、マークは必死に説得を試みる。
その間にも、ヒュプノスとデレルネス、天秤部隊『彗星』の猛攻は続く。
「…私は、創っていただいた者として、創造主サマエル様に必要とされていたい。そのサマエル様にいただいた大事なお役目なのマーク、貴方の首をサマエル様に捧げれば、より深く私を必要としてくれるはずなの。だからねマーク、私の為に、サマエル様の為にもここで果てていきなさい。ここが貴方の旅の終点」
銀色に鈍く輝く長剣を携えて、マークに急接近するクモ。
マークも聖剣を掲げて、応戦の構えをとる。だがクモの動きが速すぎて、彼女自身を捉える事が出来ない。
クモにより高速て打ち下ろされる斬撃に、マークは数合防ぐだけで手が震え、痺れ出す始末であった。
「くっ、なかなかに速いなクモ!だが、これならどうだっ!当たらないなら、周辺にばら撒くだけだ、手当たり次第になクモ!あまり勇者を、この僕を舐めないでくれるかな?」
言うやいなや、煌めく流星のように、光の奔流が戦場全体を駆け巡る。
本来ならば、大軍などに使用する大規模魔法なのだが、人造天使であるクモと一緒に、ヒュプノスとデレルネスもその光の奔流に飲み込んだ。
その衝撃は辺りにいる天秤部隊の兵士達を飲み込み、奔流の直撃を受けた兵士達は、光の粒子となり消滅する。
「マーク!やるなら一声掛けなさいよ、私達もいるんだから、一人で戦ってるんじゃないのよ、馬鹿!」
「…目が眩むではないか、マーク!」
「マーク酷いよ〜」
「テメェマーク、またワンマンプレイに走りやがったな!何回やれば気が済むんだ、この能天気野郎がっ!」
周りにいる聖人達の総ブーイングを受けながらも、穏やかにはにかむマーク。
「ごめんよ皆、つい無茶をしたよ。次からは気をつけるよ!さてこれで…」
クモ達がいた周辺は跡形もなく消し飛び、辺りには破壊された景色が広がっており、荒涼とした世界が広がる。
勇者がその場を後にしようと、長殿達の安否を確認しようとした矢先に、姿形のないはずのクモの声が響く。
「出鱈目な力だねマーク、でもね規格外なのはそっちだけじゃないんだよ?私達は、人間辞めてるんだからさ。大技で一気にっていうのは安易過ぎないかな?ヒュプノス!デレルネス!いつまで寝てるの、起きろ!奴らを殺せ!」
何の変哲もない場所から、再び姿を表す三体の人外達。
辺りの天秤部隊達も、犠牲が出ているはずなのに臆することなく、勇者達に向かってくる。
それはまるで悪夢そのものだった。




