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第4話 遭遇

 放課後。


「弁明を聞こうか、相上クン」

 笑顔なのに目が全く笑っていない部員達に囲まれ、仁志は顔を引き攣らせていた。


「何故君が、我が校屈指の美少女である霍見優希華さんとお昼を共にしていたのかな……?」


(……っ、油断していたー!)


 数時間前の自分を張り倒したいような気分で、仁志は声を絞り出した。

「あ……兄貴の実の妹で、紹介された」

「よし、自ら罪を認めるとはそれでこそ空手部員。その覚悟に応えて、今日は地獄を見せてやろう覚悟しやがれリア充爆発しろ」

「最後に本音ダダ漏れましたよ先輩!?」

「るせえ! あんな可愛い子と話をして、あまつさえ昼食を共にするなど言語道断!」

「……先輩もしや、女の子とお昼食べるのが夢なんですか?」

「るっせえええ!」


(……これだもんなあ)


 頭痛を堪え、仁志は深々と溜息をついた。


 入学してまだ1週間だが、仁志は空手部を気に入っている。みんな空手が大好きで、後輩に蹴飛ばされても陽気に笑って目に闘争心を浮かばせる正しい空手馬鹿しかいないので、中学の間つまらない嫉妬や嫌がらせにうんざりしていた仁志としては非常に好ましい。

 だが空手馬鹿はどこまでいっても空手馬鹿でしかなく、「むさ苦しい」と評される者ばかり。当然女性とのお付き合いなど夢のまた夢、女の子と仲良く話していただけで「リア充爆発しろ」と真顔で言ってしまう悲しい野郎共だ。……自分も同類な事は認めている仁志である。畜生。


「そもそも西条さんに頻繁に話しかけられるのだって許されざる事だとゆーのに……」

 とはいえ、顔に黒い線をすだれの如くぶら下げだした先輩に流石に情けなさを感じ、仁志は溜息混じりに口を開いた。

「ですから、西条は兄貴が好きなだけですし、ゆ……霍見さんは兄貴の妹だから紹介されただけなんですって。霍見さん中学生だし、そうそう関わる機会なんてないっすよ」

(……っぶね)

 危うく優希奈の要求通りの呼称を口にしかけた仁志は冷たい汗を背中に流した。名前呼びが許されているなど、ばれたら命はあるまい。


「ほう。貴様、今の言葉に偽りはないな」


 幸い仁志の言い直しに疑問を持たなかったらしく、ドス黒い顔をやや元に戻して念押しする部長に、仁志は尤もらしく頷いた。


「無いですって。大体、あんな可愛い子が俺に構う訳ないでしょーが。ちょっとびっくりするくらいの美少女でしたし」

「ほー、そりゃ眼福じゃねーか。良かったなあ相上?」

「ええまあ役得でした……って、あ」

「やっぱり良い思いしてんじゃねえかちくしょぉおお!」


 まんまと誘導尋問に引っかかった仁志は、魂の叫びと共に投げ飛ばされた。空手は投げ技もあるので、制裁を加えるにはもってこいである。


「ぐえっ!」

「キサマ、今日は覚悟しろよ! 他の奴らと同時に帰れると思うな、合宿並みの練習課してやらあああ!」

「鬼! 悪魔! 部長! 権力乱用反対!」

「やっかましいわ! 我らが空手部、別名「非リア充同盟強制参加部」において、可愛い女の子と仲良くしている時点で重罪、部長の俺が罰を与えるのはトーゼンなのだっ!」

「……自分で言ってて情けなくねえっすか?」

「黙らんかい!」

 こうして、仁志は居残りで基礎練や体作りのトレーニングをさせられたのだった。











(明日は兄貴なんか知らねー。寧ろ俺が遅刻間際まで寝てるわコレ……)


 げんなりとシャワー室で汗を流した仁志は、人気の無い更衣室でさっさと着替えて道場を後にする。肩に提げた鞄がいやに重く、足も物凄く怠い。

 日没の時間はとうに過ぎている。ぽつぽつと立つ街灯を頼りに、仁志はグラウンドの端を突っ切った。

 グラウンド奥の松林を進むと古い門がある。門から出た道が狭く、登下校時に酷い交通渋滞になるからと10年程前に封鎖されたが、駅に近く身長位の高さの為、運動部男子が飛び渡る近道だ。ただ、グラウンドの灯り頼りのほぼ真暗なので、人によっては朝しか使わない。スマホの照明がないと足元も怪しい程なのだ、暗い場所やお化けが苦手ならまず無理である。

 その点、仁志はお化けや幽霊の類は信じていない。肝試しは脇目もふらず進み、お化け屋敷はどこにお化け役がいるか当てるのを楽しむタイプだ。よって近道は全力で有効活用している。


(唯一の難点は、スマホの充電食う事だよなー)


 照明機能は電池消費が激しすぎると内心ぶちぶち言っていた仁志は、突然吹いた温い風に訝しげに顔を上げた。

 塀に隣接するように木々の生い茂るこの場所は、普段は無風地帯だ。しかもこの風、塀の方向から吹いてきた。


(……何だ?)


 今まで何度も使っているが、こんな風が吹いた事はない。少し妙に思ったが特に何も起こらないので、仁志は気にしない事にして再び歩き出した。



 ——さく、さく。



 仁志のスマホが震える。画面を見れば、隼護からのメッセージを受信していた。兄貴なら電車に乗った時で良いかと、気にせず歩を進める。



 ——さく、さく、さく。



(…………?)

 気のせいか、木の葉の擦れ合う音が異様に響いている。足元で鳴る音よりは小さいが、風の悪戯というには大きい。そして、今は無風だ。



 ——さく、さく、さく、さく。



(気のせいじゃねえ……!?)

 気になって背後を振り返った仁志は、飛び込んできた光景に絶句した。



「————!!」



 黒板を引っ掻いたような不快な音。それが自分の腰程の背丈の、枯れ木のような手足を持った異形のものが上げた声だと認識するより先に、仁志は反射的に駆けだした。


(何だよ……何なんだよアレ!?)


 陽炎のように揺らめく黒いそれは、アニメや物語で見る鬼そっくりだ。見間違いや幻覚を疑う光景だが(それはそれでヤバイが)、仁志の本能が全力で警鐘を鳴らしていた。——本物だ、と。


(何か小説みてーな状況だけど、こういう時は大抵……ってやっぱりか!)


 一瞬ちらっと後ろを見た仁志は、案の定追いすがって来る鬼達に予想が当たっている事を悟る。何も嬉しくない。


「くそっ、コノヤロウ!」

 やけくそ気味の声を上げ、仁志は後方へ向かって鞄を投げつけた。片手の為余り勢いは出なかったが、どすっという音とさっきの耳障りな声が聞こえたから、それなりのダメージになったらしい。教師に持ち運び強要されている教材や辞書、道着の入った鞄の総重量舐めんなよ。


(って、やべえ!?)


 急に怖気が走り、仁志は動物的本能に任せて横っ飛びに地面へ転がった。間一髪、仁志の直ぐ側を黒っぽい光線が貫く。光線が命中した先で木々がどろりと溶けるのを見て、仁志は蒼白になった。


(いやいやいや、シャレになんねえってこれ!)



 弾かれたように立ち上がりがむしゃらに走る仁志と、執拗に追う鬼の群れ。文字通りの鬼ごっこは、しかしものの数分で終わりを告げる。



「あああああ、こんな所までテンプレ貫くなぼけえええ!」

 行く手を阻む塀に仁志は思わず叫んだ。慌てて左右に逃げ道を探すも、鬼達が追いつく方が先だった。周囲を囲まれる。


(…………っ)


 喉が干上がった。立ち上る黒紫色の陽炎で表情は見えないが、鬼達は追い詰めた「獲物」ににたにたと笑っているようだ。

 無意識に塀に背中を付けていた仁志はぎゅっと口を引き結び、半歩前に出て空手の構えを取った。どうせ殺されるなら少しでも多く道連れにしてやる、空手馬鹿舐めんな。

 じり、と仁志が摺り足で半歩踏み出す。応じるように鬼達も身構えた。


(あー……兄貴のメッセ、見ときゃ良かったかな)


 極限状態でふと浮かんだ思考を打ち消し、仁志が飛び込もうとした瞬間。



「伏せろ!」



 たった今思い浮かべた人物の声が耳に飛び込み、仁志は咄嗟に地に這いつくばった。閉じた瞼を白い光が灼く。



「————————!!!」



 耳障りな音がこれでもかと仁志の鼓膜を刺激する。先程までと同じ響きの筈なのに、仁志には断末魔のように聞こえた。そろそろと顔を上げた仁志は、目と口をあんぐりと開いた。


 一体どこへ消えたのやら、鬼達は相当数を減らしていた。しかも残った鬼達は揃いも揃って仁志から注意を逸らし、何かに襲いかかっている。

 その何か——白い光を弾く長い棒を振り回す人影に目を凝らした仁志は、思わず息を呑んだ。


(兄貴!?)


 仁志の義兄は普段の緩い表情が嘘のような鋭い眼差しを鬼に向け、両手で構えた日本刀を振るっている。隼護が白刃を振るう度、軌跡上の鬼がバターのように易々と分断されていった。


 呆然と隼護の一挙一投足を見ていた仁志は、不意に左側から聞こえた声に驚いて顔を向ける。

「驚いているとこ悪いけど、君はちょっとこっちに移動しましょうか」

「なんっ……誰だあんたら……?」

「はいはい、質問は後。巻き込まれたくなかったら移動するわよ」

「え……何に……?」

 真っ白な髪に赤色の目をした女性が仁志の腕を掴む。腕を引かれて立ち上がるも、仁志の歩みは鈍い。現実とかけ離れたような出来事の数々に、仁志のキャパシティはいい加減限界だった。


「仁志、前に飛べっ!」


 が、またもや義兄の声に促され、仁志は女性と共に前方にダイブする。

 どおん、と腹に響く轟音。振り返った仁志は思わず叫んだ。


「って、危ねぇえ!?」

「だから言ったでしょ、もう」


 仁志の視線の先には、先程鬼が放っていた光線の二回り太いバージョンが景気よく塀を破壊していた。あと少し遅かったら仁志も一緒に粉々になっていたに違いない。

 ここが危険地帯と身を持って実感した仁志は、今度こそ駆け足で女性と共に避難した。壮年の男性と青年2人が待つ所まで連れてこられ、仁志は振り返る。


(兄貴……)


 仁志の視線の先、隼護は異形相手に気後れする様子すら見せず、手足のように刀を操り鬼を葬っていく。斬り、身を翻し、躱してまた斬る。

 無駄のない身のこなし、安定した腰と足捌き。それらは全て、仁志が理想として脳裏に描く姿そのもの。


(っくしょ……)


 何だか無性に悔しくて、仁志は掌に爪が食い込む程両手を握りしめ、隼護の姿を食い入るように見続けた。

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