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第3話 予期せぬ紹介

 昼休み。

 さてメシだと上機嫌に弁当を鞄から取り出した仁志は、聞く筈の無い脳天気な声にがばっと顔を上げた。


「おーい、仁志ー」

 顔立ちはそこそこ整っているのに表情が緩いせいで残念な仕上がりとなっている義兄が自分に手を振っているのを見て、仁志は黙想する。


(アレは気のせいアレは気のせいアレは気のせい。……よし)

 自分に暗示をかける事に成功した仁志は、周囲の喧噪ごと無視して弁当を開いた。


「おーい、1年3組出席番号6番、空手部所属の相上仁志ー。兄貴を無視するなー」


 が、妙に具体的に名指しにされてしまい、仁志は渋々立ち上がる。視界の端で理音が顔を赤らめ食い入るように見つめているのは見なかった事にして、仁志は声の主——隼護の腕を掴んだ。そのまま骨を折る勢いで握りしめる。


「弟の教室に顔を出すとはどんな神経してやがる一体何の用だ俺がメシの時間を邪魔されるのを何より嫌ってると知ってて来るとは良い度胸だな馬鹿兄貴」

「立派な肺活量の披露ありがとう。俺がここに顔を出したのは会わせたい奴がいるから。んで、わざわざここに来たのは仁志が携帯を家に忘れたからだぞ?」

「げっ」

 ほれ、と翳されたスマホには確かに見覚えがあった。充電したまま忘れていた事を今更になって思い出した仁志は、深々と溜息をつく。

「……100歩譲って俺の非を認めるにせよ、昨日か今朝にでも言えば良かったろ」

「そこは素直に非を認められる方が良いと兄貴としては忠告したいんだが、まー俺も言い忘れてたし、お互い様だな」

「結局忘れてたのか!」


 思わず腕を掴む力を増した仁志に苦笑し、隼護は腕を一振りした。あっさり振り解かれバランスを崩しかけた仁志の肩を掴み、にっこりと笑う。


「まあまあ、細かい事は気にしない。ほら、待たせてるから行くぞ。弁当持って来い」

「……ったく、分かったよ」

 このいい加減な兄貴に常識を説くのが如何に不毛か、仁志もこの7年で学んでいる。舌打ちを1つ零し、仁志は弁当を携えて隼護の後を追った。











 隼護が向かった先は中庭にある屋根付き東屋だった。兄弟の通う高校は中高一貫校で、校舎が隣接し中庭を共有している為、東屋は複数ありグループの憩いの場となっている。

 そのうちの1つに入った仁志は、中で待っていた少女が目に入り、不覚にも硬直した。


(び……っ、美少女……!)


 雪のような白肌にぱっちりとした瞳。目尻は猫のようにやや吊り上がっており、綺麗に通った鼻梁の下では血色の良い唇が笑みを浮かべている。繻子のような光沢を放つ艶やかな黒髪をポニーテールに纏める姿から活発で真っ直ぐな気性が窺えた。

 理音が中性的な美少女なら、こちらは可愛いという言葉がよく似合う正統派美少女だ。人形のように顔が整ってはいるが、滲み出る生気が親しみやすさを感じさせる。


 しかもこの子の方が美少女度は数段階上だと失敬な感想を抱きつつ呆然と少女を見つめていた仁志は、いつでもどこでもマイペースな義兄の言葉に耳を疑った。



「紹介するぞ。仁志、彼女は霍見優希華ゆきか、4つ下の妹でここの中2。優希華、こいつは相上仁志、今年高1になった義弟。口うるさい空手馬鹿だ」



 最後の台詞に突っ込む余裕もなく、仁志は声をひっくり返して隼護に詰め寄る。

「い、妹!?」

 優希華が不満げな表情になる。対して隼護は平然と答えた。

「そ、妹。可愛いだろ? 仁志と違って非常に出来の良い妹だぞ」

「兄貴にだけは出来の善し悪しを言われたくねえっ! ……じゃなくて、血縁いたのかよ!?」


 この兄妹があまり似ていないのも勿論だが、そもそも相上家の養子である隼護に血縁がいるなど寝耳に水だ。事故か何かで亡くしたのだろうとばかり思っていたのだ。

 真っ当ながらやや配慮に欠ける訴えに対し、隼護はどこまでもマイペースだった。


「ん? 父さんも母さんも弟もいるぞ?」

「はあ!? 両親までいるのかよ!」

「いやお前、両親いなきゃ生まれてないだろ」

「違ぇえ! 根本的に論点がずれてるわ阿呆!」


 埒の明かない義兄弟の会話に、紹介後ずっと黙っていた優希華が割って入る。


「兄様、多分彼が言いたいのは、両親も弟妹もいるのに何故養子に出されているのかって事だと思います。そうでしょ?」

「あ、ああ」

 はきはきとした声に問いかけられ、少しヒートダウンした仁志はどもりながらも頷いた。隼護がぽんと手を打つ。

「なーんだ、そんな事か。それならそうとはっきり言えよ」

「いや普通分かんだろ……」


 脱力気味の反論に苦笑し、優希華は木製のベンチに座った。仁志も何となくそれに倣い、向かいに座る。

 最後にベンチに腰を落ち着けた隼護は、隣でやや表情を曇らせている優希華に頓着せず、あっけらかんと爆弾を投下した。



「まー要するにあれだ、俺は出来が悪いからお前なんぞ霍見家と認められんーって、親父に勘当されちゃったんだな」



 空気が凍った。



(……なんつー事をさらっとカミングアウトしてくれてんだ!?)

 出来が悪いから息子と認めず養子に出すとは、とんでもない親もいたものだ。道理でうちの両親は隼護がぐうたらだろうと夜中にふらふらと出歩こうとニコニコ愛情を注いでいる訳だと、仁志はびしりと固まった姿勢のまま妙な納得をする。


「……それをここで言っちゃう?」

 ようやく言葉を押し出せた仁志の問いかけに、隼護は苦笑してひらひらと手を振った。

「同情とかいらないって、俺納得してるから。お前、霍見家って知らないか? 学校の北側、割と近くにある馬鹿でっかい武家屋敷みたいな家」

「そりゃここの運営にも関わってるから知ってっけど……ちょっと待て」

 愕然と目を剥いた仁志に、隼護は苦笑を深めて頷く。

「そ、あれが俺の実家。いやもう勘当されてるから実家はお前んちか? とにかく俺はあの家の人間だった訳だ。で、折角ガッコも同じになったんだし紹介しようと思ってな。弟……嘉希よしきには拒否られたけど。反抗期は扱いが難しいよな」

「……いや、俺がそいつでも普通に会おうとは思わないぞ」


 仁志とて、その嘉希とやらの気持ちは十二分に理解出来る。血の繋がりだけの弟と戸籍上の弟の対面って、どんな顔をすれば良いのかと。


 けれどその招集に素直に応じた優希華は、仁志の言葉に眉を下げた。

「あの、私来なかった方が良かったんですか?」

「え、いやいや! そーいう訳じゃなくて……」


 美少女に会えない方が良かったなんてトンデモ発想は仁志には無い。仁志が気にしたのは、同性にしか分からない微妙なそれである。


「その、えっと、俺も今初めて聞かされた事実に多少動揺してるんだ。まあ、兄貴を捨てた家の人間とか、しょーじき良い気分はしないけどさ。あー……、その、霍見さん? がそうしたんじゃないし、フツーに兄貴と仲よさげだし、だから」

 しどろもどろに弁解混じりのフォローをする仁志に、優希華は表情を綻ばせた。

「仁志さん、優しいですね」

「え、いや」

 面と向かって優しいと言われ(しかも可愛らしい笑顔付き)赤面する仁志に、優希華は頭を下げる。


「霍見優希華、隼護兄様の妹です。兄様がいつもお世話になってます」

「あ、うん。相上仁志です。兄貴は……まあぐうたらで朝起きなくてどーしよーもない所もあるけど、武術の腕は認めてます」

「おい仁志、どんな挨拶だそれ」

「うるさいな、事実だろ」

 優希華がくすりと笑った。

「兄様と仁志さん、仲が良いのですね」

「いや、それは無い」

「照れ屋なんだ、こいつ」

「阿呆かっ!」

「ってえ!」

 訳の分からない事をほざいた義兄に、仁志は間髪入れず向こうずねに蹴りを入れてやった。流石に悶絶していた、ざまあみろ。


 少しの間勝利感を堪能した仁志だったが、目を丸くしている優希華に気付いて我に返った。誤魔化すように咳をして、仕切り直す。


「えーと……なんつーか、俺の方が兄貴よか頼りになるだろうし、何かあったら相談してくれて構わないから。後輩だしな、よろしく」


「はいっ、よろしくお願いします!」


 輝くような笑顔を見せてくれた優希華にまた赤面しつつも、仁志は義兄を挟んで、優希華との他愛ない会話を昼休み中楽しんだ。

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