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プロローグ 月夜

 正面から吹いてくる生暖かい風に、霍見かくみ隼護しゅんごは顔を上げた。


 枯茶色の髪に、同色の瞳。明るく柔らかな印象を与えるその目は、しかし鋭利な輝きを宿す狩人のそれ。

「来たか」

 背後の呟きに振り返る事なく、隼護は1歩前に踏み出した。腰の刀を抜き、構える。


 白銀の輝きが一閃。隼護に襲いかかろうとしていた黒い影が、真っ二つに切り裂かれた。


 黒い影の形状はこの上なく醜悪だった。人の型を無理矢理崩したような歪な輪郭。頭には2本の角。曲線を描く鋭い爪は、人など容易に引き裂ける。


「−−−−−−−−−−−−−−−!!」


 影——邪鬼は耳障りな声を上げて、一斉に隼護に襲いかかった。その数およそ20。圧倒的な数の不利に怯む様子すら見せず、隼護は地を蹴り邪鬼を迎え撃つ。

 振り下ろされる爪を躱して斬り捨て、三方向から同時に飛びかかってくる邪鬼をいなして薙ぎ払う。己の手足の如く自在に白刃が振るわれる度、黒く禍々しい邪鬼達がただの死骸と化していく。


「————!」


 邪鬼の1体がけたたましい声を上げた。右腕を掲げ、隼護目掛けて振り下ろす。両腕を伸ばした以上の間合いはあったが、隼護は刀の峰で殴り飛ばした別の邪鬼を腕の軌跡上に残し、横っ飛びに避けた。

 人の胴程もある紫に輝く光線が、吹き飛ばされた邪鬼に穴を空けて隼護の影を貫き、更に背後の木々をなぎ倒した。倒れた木々は黒ずみ、ぶすぶすと音を立てて溶けていく。

 掠っただけでも命に関わる光線が再び隼護目掛けて飛ぶ。隼護は動じず、手に持つ刀を目の前に掲げた。白刃が月の光を弾き、刹那輝く。


 ——まるで刀が鏡になったように、黒紫色の光線はあっさりと反射し光線を放った主を貫いた。


 自爆に近い倒され方に、邪鬼の間に動揺が走る。知性のない生き物だが、生存本能が察したのだろう。彼は——刀を持つ隼護は倒せない、と。

 邪鬼達が怯んだ隙を逃さず、隼護は光線を放てないよう密集地帯へと飛び込んた。我に返った邪鬼達が一斉に迎え撃つも、隼護は危なげない身のこなしで邪鬼たちを捌いていく。


 不意に、隼護の目が鋭く細められた。待機していた仲間に聞こえるよう、はっきりと告げる。

「基点を発見した。俺の位置から前方距離30、右方10」

「位置を確認した。周りの雑魚どもを蹴散らせ」

 返ってきた返答に小さく息を吐き出して、隼護は短く答えた。

「了解」


 周りにいた邪鬼を切り捨て、隼護は1度距離を取った。腰を落とし、構える。細く深く息を吸い込み、全身に意識を張り巡らせる。

 タイミングを計って、隼護は駆け出した。全身をばねにして繰り出された直刃が、抵抗する間も与えずに邪鬼を葬っていく。

 全てを切り捨て、隼護は大きく飛び退いた。彼の残像を淡く輝く刃が切り裂き、そのまま邪鬼達の骸の中央——隼護が指摘した空間を切り刻む。


 空間が大きく歪んだ。歪みの周辺から徐々に黒紫色の影が広がっていく。邪鬼が放っていた光線と同じ色の、しかし遥かに濃度の高い、液体のようにどろりとした影。

 影が触れた植物がみるみるうちに枯れていく。邪鬼の骸もまたぐずぐずに溶け、骨も残さず消滅した。


 生物の存在を許さない影の拡大に、しかし隼護は焦らない。

「随分と大きいな、今回は。報告にはなかったぞ」

 緊迫感の無い呟きに対して、高圧的な若い声が隼護を急かす。

「当主様はお忙しい身、この程度の影に詳細な報告をなさるお暇はない。大きいといえどその刀の敵ではないのだ、さっさと影を祓え。穴が塞げん」


 隼護は返事代わりに肩をすくめ、刀を掲げた。次第に勢いを増していく浸食が隼護を捉える直前、刀を影に突き立てる。

 影の浸食が唐突に止まった。蠢き、震え、隼護を飲み込もうとする様子は見せるも、刀に縫い止められたように動かない。


「この刀、何度見てもチートだよな」

 口の中で呟いて、隼護は1歩下がり、刀を抜いて一気に薙いだ。


 轟音と共に影が吹き飛ぶ。勢いを失った影に、隼護は返す刃を振り抜いた。白き疾風が場を駆け抜ける。


 切り裂かれた影が歪みに吸い込まれていく。完全に影が消えたのを見計らい、隼護の背後で高圧的に命じた人物が踏み出し、両手を掲げた。

 空間の歪みを覆うように、青みを帯びた白銀の光が薄く広がる。光は一気に強さを増し、一瞬の後にふっと消える。

 光が消えた後、空間の歪みは跡形も無く消えていた。それを見た隼護が小さく呟く。



「——任務完了」



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