暖かい真っ赤な玉が冷たい青い空に浮かぶそんな日には
今日、この冬の日は青い空の下に冷たい風が吹いて、凍えちゃう。
さむいね。
夏ならば、青い空の下に心地よい風が吹くのに。
私は今年初めて海に来ていた、海に再会しているのだった。
くるくると回る私の足で砂浜には私の通ってきた跡が出来ていた
どこかのサーファーに私のこの状態を、現状を、重ね合わせて悲劇のヒロインを演じるつもりは無いのだけれど。
もうこの波に乗る事が出来ないのだと思うと、ギュっと抱きしめられるのと違う感触で胸が縛り付けられる。
今ここで叫びだしたいんだよ、この悲しみと。
訳の分からない理不尽な世界に対しての不服の怒声を。
今年度の始まり、春の晴れた日に猪突の如く猛進して来た象に私は足を踏み潰されたんだ。
本当は象じゃない、でもそう思う事で、そういうお伽話があったって、存在したって思うことで何とか持ち堪えてきたんだ。
象なんかより重たいこの最悪な気持ちを下から支え持ち、堪えて来たんだ。
もう重いよ。
だからね。
きょうわたしは。
おわらせにきたんだ。
大好きだった空があったはずのこの海で。
「お、こんな寒い冬の日にここに来るなんて物好きの俺だけだと思ってたら、お前もか行方不明の行方ちゃん」
海に向けていた視界を背後へ向けるとそこには腐れ縁の男の子の姿があった。
行方不明の行方ちゃんっていうのは私のちょっと不思議な名前で作られたあだ名だ。
「アレ以来アイツらもさ、すっかりきっぱりやる気を無くしちまったよ、全部が全部をお前の影響なんて事は言うつもりはさらさら無いけどよ」
そんな彼の話は聞き流していて、私はただソレを実行に移す時が早く来ないか待っていたのであった。
「それにしても一年も経たないうちに俺たちを取り巻く環境も人間環境も変わったもんだよな。何もかもだ」
そろそろ、長ったらしいこの話を聞くのも飽きてきた。
「私を励まそうとしてるのはもう分かってるから、入院してる時にお見舞いに来ているその時点で分かってるから。今日は一体何をしに来たの?」
私は彼の全てを理解っている訳ではないけれど励まそうとしているそれはもうすでに知っている。
毎日のようにお見舞いに来ているし、それに私の母に私の現状を聞いてたのを目撃しちゃったから。
「行方ちゃんの家に行ってみたら居なかったから、どうせ行くのならここかな、と。やっぱり俺は嘘が下手だな」
「それで、用は何なの?」
早く帰って欲しいから、消えて欲しいから、強い口調で言ってやった。
「…なんか怖いじゃねえか、まぁ、今夜俺の家でパーティーやるから。退院祝いパーティー。貸切だぞこのやろう」
あたしはこんななのに祝い事をするっていうの?
馬鹿じゃないの?
こんなに世界は絶望的なのに…!?
「前回の部のパーティーなんかと比べたら人が集まらなかったけどさ、それでもさ、絶対に楽しいと思うから。来いよな…」
「そう、じゃあ私への用は終わりね、さよなら」
よりにもよって最期の挨拶が彼になるなんてね。
「あぁ、またな」
「…うん」
そう言って私はもう一度視界を海へと向けた。
それとと同時に背後で砂をザクザクと踏む音が聞こえる。
やがて小さくなって、消えた。
舞台がやっと出来上がった。
時間を積み上げた私を終わらせる舞台が。
最後の時間だ。
私は海へと闊歩をはじめる、最期は堂々とするものだ。
右足、左足、右足、左足、右足。
堂々と海へと進軍をはじめる。
そして、左足が冬の冷たい海へと入水した。
つめたい、そして痛い、そんな感想を持った。
覚悟は決まっている、ここで消えようと。
逆に考えてみればいい話だと、思う。
もう二度とこの波には乗れないけどここで消えれば、波になることはできる。
そう思う。
冷たいけど私は波になるんだ。
「行方ちゃん!」
え?
「やっぱりだ、自殺しようと思っていたな馬鹿野郎!」
彼の姿があった、帰ったはずじゃ…?
…騙された、最悪だ、最悪だ。
「馬鹿なこと考えるんじゃないよ、死のうなんて。本当に馬鹿野郎だ!」
死のうとしていたんじゃない。
ここで消えて波になるつもりなのに。
自殺なんかじゃ。
「俺はお前が事故にあってから、不安だったんだこうなる事を、分かるんだよお前と幼馴染だから」
「……」
「別にお前を助けて、ねんごろになろうとなんてこれっぽっちも思ってない、けれど。けれどね行方ちゃん。昔から顔を知ってる奴がさ死のうとなんて考えているところを感じてしまったら。そら止めざるを得ないだろ!」
知ったような口を聞かないで欲しいよ…
「知ったような口も聞くさ、腐れ縁だろうがよ!」
「え?」
「お前は仕方なく幼馴染って言ってくれてるだろうけど、腐れ縁って本当に腐った縁って思ってるのを知ってるよ。現状維持がしたかったんだ」
腐れ縁、か。
私は彼との間柄を幼馴染と言われるのが苦手だった、だいたい彼の事自体が苦手だった。
だから腐れ縁、そう彼の居ないところで言っていた。
「少し熱くなっちまったが、言う事は言ったから俺は帰る。パーティーの用意をしなきゃならない。招待はしたからな」
じゃあな、とぶっきらぼうに言って彼は去っていく。
私はとんだメンヘラ女だ。
少しでも自分の気持ちを知って貰っていることを確認しただけで自殺を止めてしまう。
でも、少しの間この気持ちを胸の奥に閉じ込めておくのは、いいんじゃないのか。
そんな事を思っていたら、空から光が差し込んできた。
さながら、エンジェルラダーといったところ。
そんな物語のワンシーンで、私は彼から、幼馴染から貰った招待状を心のなかで手にとった。