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運命の相手がいたって、自分が動かなきゃ出会えない

作者: 志紀
掲載日:2026/04/21


 春の光が差し込む大広間の隅で、リディアは静かに立っていた。


 壁の花。


 それが彼女にもっとも似合う言葉だった。


 華やかなドレスに身を包んだ令嬢たちが笑い、貴族の青年たちがその周囲を取り囲む中、リディアはただ微笑み、誰とも目を合わせないようにしている。


(これでいいの)


 彼女は胸の内でそう呟いた。


(私はヒロイン。“選ばれる側”なんだから)


 ――六歳のあの日、すべてを思い出した。

 

 前世で読んだ物語。自分が生きているこの世界と酷似した、恋と結婚の物語。


 ——引っ込み思案で取り柄のない少女が、高位貴族に見初められて幸せになる。

 

 そして自分が、その物語のヒロイン。リディア・アルヴェーンであること。

 

 「……ああ、そういうことね!」


 血の滲む膝も忘れて、幼いリディアは納得した。自分は特別なのだと。

 

 私は幸せになる。だって物語は、そう書いてあったのだから。

 

 

 

 

 アルヴェーン伯爵家に生まれ両親も兄も優しく、使用人たちも彼女を大切にしてくれる。何一つ困ることはない。

 

 伯爵家の後継者は兄で、自分は賢くなんかなくていい。

 

 マナーの練習も、社交の場での会話も、すべて“ほどほど”でいいと考えた。

 

 なぜなら、物語のヒロインはそうだったから。


 失敗ばかりで、特別な才能もなくて、それでも愛された。

 

 だからリディアは、何もしなかった。

 むしろ、変に努力するほうが“違う”のだとすら思っていた。

 

 お茶会で、積極的に貴族男性と会話を広げる令嬢たちを見て、彼女は小さく微笑む。


「……あんなに必死に男性へ話しかけるなんて、はしたないと思いません?」


 その言葉に、何人かが気まずそうに視線を逸らした。


 だがリディアは気づかない。


 なぜなら、物語のヒロインは何もしなくても、運命の相手が見つけてくれるのだから。

 

 

 

 

    *


 一方で。


 同じ社交界に、まったく別の少女がいた。


 ミレイユ・フォン・ラグランジュ。


 下位貴族の三女。持参金も少なく、家の力も弱い。



「……もう一度、お願いします」


 

 夜遅くまで、鏡の前で何度もお辞儀の角度を確認する。言葉遣いを繰り返し練習する。会話の話題を考え、歴史や時事を学ぶ。


 ときには失敗した。


 言葉を噛んでしまう。場違いな話題を出してしまう。笑われることもあった。


 それでも彼女はやめなかった。

 

 ミレイユは知っていた。


 この世界では、待っているだけでは何も得られないことを。


 彼女の家は裕福ではない。結婚は、家を支えるための重要な選択だ。


 だから彼女は、幼い頃から学び続けた。


 マナー、歴史、政治、経済。会話術。人の心の読み方。


 そして何より――相手を理解しようとする姿勢。


(相手を知らずに、どうして信頼を得られるの?)


 それが彼女の信念だった。


 彼女は“選ばれる”ことを待たない。


 “選び、選ばれる”ために動く。






    *


 その日、二人の運命が大きく交差する。


 公爵令息――アレクシスが会場に現れたのだ。


 整った顔立ちと気品ある立ち振る舞い。誰もが彼に視線を向ける。


 リディアの心臓が大きく跳ねた。


(来た……!)


 彼こそ、物語で自分と結ばれる運命の相手。


 幼い頃、会ったことがある。


 転んだ彼に手を差し伸べ、「大丈夫?」と声をかけた少女。


 それがリディアだった。


 数日だけだが、二人は一緒に遊んだ。


 彼は笑い、リディアも笑った。


 あれは――確かに運命の出会いだった。


 彼はきっと、自分を見つけてくれる。


 そう信じて、リディアは動かなかった。


 ただ、壁際で静かに立つ。


 それが“ヒロインらしさ”だと信じて。

 

 

 

 

 

    *

 

  一方、ミレイユはアレクシスの姿を見て、一瞬だけ息を呑んだ。


(あの方が……)


 公爵令息。

 

 彼女にとって、手の届かない存在に思える相手。


 だが――彼女は視線を逸らさなかった。


(だからこそ、知りたい。話を聞きたい)


 彼がどんな人なのか。


 何を考え、何を大切にしているのか。


 それを知ることが、自分にとって必要なことだと分かっていたから。


 彼女は機会を見計らい、自然な流れで近づく。


「本日はお会いできて光栄です」


 丁寧に頭を下げる。


 アレクシスは彼女を見た。


「あなたは……?」


「ミレイユと申します」


 彼女は簡潔に名乗る。


 その視線は、ただ美しいだけの令嬢を見るものとは違っていた。



「先ほどの会話を少し耳にしてしまったのですが……農業政策についてお話しされていましたよね?」


 アレクシスの眉がわずかに上がる。


「ええ。興味があるのですか?」


「はい。領地経営に関わることですので」


 会話は続いた。


 ミレイユはアレクシスの話をよく聞き、興味を示し、考え、そして適度に自分のことも話す。


 その返答は自然で、無理がない。一朝一夕で覚えたものではないとすぐに分かった。


 彼女の意見は決して完璧ではない。だが、“伝えよう”としているのが分かる。


 その姿に、アレクシスは次第に引き込まれていった。




    *


 一方、リディアは遠くからそれを見ていた。


(どうして……?)


 胸がざわつく。


 彼はまだ、自分に気づいていない。


(おかしい……物語では……)


 彼は自然とリディアを見つけ、惹かれていくはずだった。


 なのに――


 彼は、別の女性と楽しそうに話している。


 その女性は、確かに美しかった。


 だが、それ以上に――生き生きとしていた。


(相手は私ではないのに、どうして……?)


 リディアには理解できなかった。


 女性から積極的に話しかけるなんて“はしたない”女性だというのに。


 だが、周囲の視線は違った。

 

 ミレイユを見つめる人々の目には、好意と尊敬が宿っている。


(……違う)


 リディアは初めて、不安を感じた。

 

 


 

    *


 数か月前、公爵令息アレクシスは調査を行っていた。

 

 アレクシスにも、忘れられない記憶がある。


 幼い頃、転んだ自分に手を差し伸べてくれた少女。


「大丈夫?」


 覗き込む顔は、心から心配していて。


 身分など関係なく、ただ一緒に遊んでくれた。


 優しくて、努力家で、満面の笑みで笑う彼女が忘れられなかった。


 ——リディア。


 それが、彼の初恋だった。


 だから彼は、再会を楽しみにしていた。

 

 

 

 現在のリディアの評判を聞いた。


 控えめで、大人しい。


 だが――


「努力をしないことで有名だそうです」


「また、努力する人をけなしているとも」


 その報告に、アレクシスは静かに目を閉じた。


 あの日の少女は、そんな人ではなかったはずだ。


 誰かを見下すことも、努力を軽んじることもなかった。



 その後、リディアを社交界でひそかに見た。


(……違う)


 そこで見たリディアは、記憶の中の彼女とは違っていた。もちろんすべて幼い頃のままだと思っていたわけではない。

 

 

 だが。

 

 「……あんなに必死に男性へ話しかけるなんて、はしたないと思いません?」


 その言葉を耳にしたとき、彼の中で何かが決定的に崩れた。






    *


 舞踏会の夜。


 今度はアレクシスからミレイユに声をかけた。


「一曲、いかがですか」


 突然の申し出に、ミレイユは一瞬目を見開く。


 だがすぐに、丁寧に礼をした。


「……喜んで」


 少しだけステップを踏み外す。だがすぐに立て直す。


「申し訳ありません」


「気にしなくていい」


 アレクシスは微かに笑う。


 失敗しても、諦めない。


 それが、彼には何より魅力的だった。


「あなたは、努力をされているのですね」


「……はい。まだ足りませんが」


「なぜ、そこまで?」


 ミレイユは少し考えてから答えた。


「自分の人生を、自分で選びたいからです」


 その言葉に、アレクシスは確信した。


 ——この人だ。

 

 

 

 

    *


 数ヶ月後。


 アレクシスとミレイユの婚約が発表された。


 社交界は大きくざわめいた。


 そして、その噂は当然リディアの耳にも入る。


「……嘘でしょう?」


 信じられなかった。


 だって、物語では——


 彼は、自分を選ぶはずだった。


 リディアは初めて、自分から動いた。


 公爵家の庭園で、アレクシスに声をかける。


「アレクシス様……少し、お話を」


 彼は振り返り、静かに頷いた。


「……あなたは、私を覚えていますか?」


「ええ。覚えています」


 一瞬、胸が高鳴る。


 やはり運命は——


 だが次の言葉は、冷静だった。


「幼い頃、あなたに助けられました」


「なら——」


「ですが」


 言葉を遮られる。


「あのときのあなたと、今のあなたは別人です」


 リディアは言葉を失う。

 

「私は、あのときのあなたに惹かれました。自分から動き、他人を思いやる人に」


 静かな声だった。


「ですが今のあなたは、何もしないことを選んでいる」


「……違います、私は——」


「待っていれば、選ばれると?」


 図星だった。


 何も言えない。


「それでは、誰の心も動きません」


 はっきりと告げられる。


「あなたは努力する女性をはしたないと言っていたが、ミレイユは、自分の人生を自分で選ぶために努力していた。

私はそんな彼女が美しいと思う。」






    *


 その後。


 ミレイユは公爵夫人となった。


 華やかなだけではない、堅実で信頼される存在として、多くの人に慕われるようになる。


 一方でリディアは、伯爵家に留まったままだった。


 家族は変わらず優しい。まだ若いのだから大丈夫だと励ましてくれる。

 

 "まだ"ーーいつかは家を出ないといけない。


 しかし、これまで運命を信じてすべての縁談を断り、壁の花となっていたリディアには未婚の男性貴族の知り合いはいない


 彼女はようやく気づく。


(……私は、これまで何をしていたのだろう)


 運命があると思っていた。


 だから、動かなかった。


 けれど。


 運命があったとしても。


 それは、立ち止まっている人間のもとには来ない。


 あのとき転んだ少年に手を差し伸べた少女は、きっと——


 自分から動いていた。


 今の自分とは、違って。


 リディアはゆっくりと立ち上がる。


 初めて、自分の意思で。


「……少し、勉強してみようかしら」


 誰に見せるわけでもない。


 誰かに選ばれるためでもない。


 ただ、自分のために。


 その一歩は小さかったが、確かに“始まり”だった。




    *


 運命の相手がいたとしても。


 それだけでは、何も変わらない。


 出会いは、ただの始まりに過ぎない。


 そこから先を紡ぐのは、自分自身だ。


 だからこそ。


 ――運命の相手がいたって、自分が動かなきゃ出会えない。








友人が占いで

「1年以内に結婚する運命の相手が現れる。この人と結婚すれば幸せになる。」

と言われたらしいんですが、超インドア派の友人だったので

「家から出るつもりないんだけど家に運命の相手現れるのかな?」なんて言っていて、「さすがに待ってるだけじゃ会えないわ、、」という会話を思い出して書いてみました。


引っ込み思案なヒロインが高位貴族に見初められてハッピーエンドになるお話もロマンがあって素敵なんですが、結婚するために頑張る女の子も応援したいですね!


ちなみにリディアもこの後、色々頑張って幸せになる予定です^^

ここまで読んでいただきありがとうございました!

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