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女学生時代

作者: 白百合三咲
掲載日:2026/03/15

カランカラン!!


昭和12年

横浜の小さなカフェに1人のセーラ服の少女が入ってくる。

「ごきげんよう」

挨拶をするのは桃色の振袖に緑色の女袴に胸にロザリオをかけた女店主春香だ。髪には桃色のリボンを付けている。

「ごきげんよう」

少女は照れたように挨拶を交わすと店内を見渡す。洋風のおしゃれな外観は他の喫茶店と変わらない。しかし純白の壁には十字架が飾られている。そしてどのテーブルにも真ん中にはそれぞれ違う花が飾られており壁には本棚がある。桜草、薔薇、白百合、菫の4種類。それから棚の中には本がぎっしりと並べられてる。花物語、少女画報、どれも大正時代に流行った少女雑誌や少女小説だ。


カランカラン!!


「明美!!先に行かないの。」

続いて入ってきたのは紫の着物に桃色の打掛の女性だ。春香より少し年上の30代半ばの女性だ。

「ごめんなさい、お母様。でもこのお店素敵だわ。ここにしましょう。」

「そうね、」

母親も店内を見渡す。

「ここにしましょう。」

明美は母親と一緒に白百合が飾られたテーブルに座る。

「ごきげんよう、ようこそピュアフルール女学校へ」

親子が席に着くと春香が桃色のメニュー表を持ってくる。

「ピュアフルール女学校って日本語にすると清花女学校だ!!」

明美が声をあげる。彼女はこの辺りのキリスト教の女学校に入学し今日は入学式の帰りだった。

「清花もごきげんようって挨拶するのよね?」

明美は母親に尋ねるが母親は春香の胸元のロザリオを見ている。

「貴女、春香?!」

春香は名前を呼ばれ戸惑う。

「私の事覚えてる?」

「もしかして真澄お姉様ですか?!」

「そうよ!!そのロザリオまだ持っていてくれたのね。」

「お母様、こちらの女給さんとお知り合いなの?」

明美が尋ねる。 

「ええ、お母様が清花に通ってた時の妹よ。」

「妹?お母様には兄弟なんていないのでは?」

「明美ちゃん、でしたね。」

明美が疑問に思っていると春香が声をかけてくる。

「明美ちゃんは清花女学校の生徒さんですか?」

「はい、今日入学式でした。」

「おめでとう。それでは入学のお祝いに清花の素敵な伝統を教えてあげます。清花にはエスと言って上級生と下級生が特別な関係で結ばれる制度があるのです。私と貴女のお母様のように。」










時は遡る事大正7年。春。

春香は清花高等女学校の門を潜った。濃い桃色に白い花模様の振袖に紺色の女袴を履いた春香は礼拝堂へと向かう。

「ごきげんよう。」

礼拝堂の入り口で挟んで2人の上級生が出迎えてくれる。春香と同じように袴を履いている。1人は長い黒髪に春香と同じ白い花模様の入った振袖を着ている。色は桃色ではなく水色だが。袴は藤色だ。胸にはロザリオを着けている。

「新入生ですね。こちらでご自身の組を確認して中へお入り下さい。」

上級生2人の後ろの白い壁には組分け表が大きく張られていた。組は全部で4組ある。桜、薔薇、百合、菫の4組だ。

「須賀野春香、須賀野春香」

春香は自分の名前が書かれた組を探す。

「あったわ」

春香は百合組に自分の名前を見つける。礼拝堂に入ろうとすると

「お待ちなさい。」 

春香は桜模様の上級生に呼び止められる。

「リボンが曲がっているわ。」

上級生は春香が頭上につけた桃色のリボンを直してくれる。

「ありがとうございます。」

「身だしなみはきちんとなさい。」

春香ははいと答えると礼拝堂の中に入る。



 中は教会と同じで長椅子が並べられ正面には説教壇壁には十字架が飾られてる。左にはオルガンがある。

新入生は組事に着席する。上級生の案内に従い百合組の春香は後方右側の区域えりあに着席する。

「春香さん、」

背後から肩を叩かれる。

「雪ちゃん」

春香の後ろの席にいたのは三つ編みに紫の振袖と緑の袴の少女。春香と同じ尋常小学校から一緒の雪だ。

「おはよう、雪ちゃん。」

「ごきげんようでしょ」

「そうだったわ、ごきげんよう。」

「ねえ、さっそく上級生に声をかけられていたわね。リボンが曲がっているわって。」

「見られてたのね。」

「身だしなみはきちんとなさい、お姉様方が見ているのだから。」

「私1人っ子だからお姉様はいないわ。」

「違うわよ。吉屋信子先生の花物語でやってたじゃない。春香さん、好きだったでしょ。」

春香は小学校の時少女画報に乗っていた花物語を読み更けていた。

「女学校に上がったら私も素敵なお姉様作るんだって張り切ってたじゃない。それでね、この清花女学校にもあるそうよ。入学式の最後に上級生からロザリオを渡されるの。そのロザリオを上級生のどなたかと交換するとエスになれるそうよ。」

入学式は何事もなく進行して行った。新入生は1人ずつ名前を呼ばれ校歌斉唱やシスターからのお祝いの言葉、最後にロザリオの授受だけが残された。

 組事に前に出て行われ最初に薔薇組の新入生が前に出て横1列に並ぶロザリオを首にかけてもらったら退出する。、次に桜組、そして春香と雪の百合組だ。

新入生の前に上級生か並ぶ。春香の前に立ったのは入り口でリボンを直してくれた人だ。

「貴女はさっきの。」

彼女は春香の首にロザリオをかけてくれた。







 入学後春香は雪と過ごすようになった。休み時間になると雪の席に行って少女画報や理想のお姉様の話をしたりお昼休みは中庭でお弁当を食べたり。

それも最初の2ヶ月だけで6月になると雪は1つ上のお姉様ができてからは休み時間は一緒に過ごすもののお昼休みはお姉様と一緒に行ってしまう。

春香は礼拝堂の傍のベンチで1人で食べる事が多くなった。そんな時


「La la la」


礼拝堂の中から歌が聞こえてきた。歌詞は外国語だろうがどこの国なのかは分からない。

「誰かしら?」

礼拝堂の非常扉の窓から中を覗く。

「あの人!!」

説教壇の前で歌う人の姿があった。入学式の時にロザリオをかけてくれた上級生だ。袴は同じ藤紫色だが振袖は濃い紫に白百合の模様が入っている。長い黒髪には白いカチューシャをつけている。

正面の十字架に向かって祈るように歌う横顔に見惚れてしまう。

「素敵、マリア様みたい。」


ドン!!

「いったい!!」

食い入るように歌うマリア様を見ていたせいか窓に頭を打ち付けてしまいそのまま倒れてしまう。

「何かしら?」

非常口が開きマリア様が目の前に立っている。

「貴女は」

「失礼しました」

春香は立ち上がり走り去ろうとするが再び転倒してしまう。

「いらっしゃい。」

マリア様は春香を礼拝堂の中へ入れてくれる。


 マリア様の本名海原真澄。4年生だ。真澄は春香を礼拝堂の椅子に座らせ擦りむいたところにハンケチを巻いてくれる。

「これで大丈夫よ。」

「ありがとうございます。」

「貴女、名前は?」

「1年百合組須賀野春香です。勝手に覗いてすみませんでした。」

「構わないわよ。」

「素敵な歌声でマリア様が歌ってるみたいで。今の歌、どこの国の歌ですか?日本語ではなかったようなので。」

「ドイツよ。ローレライの歌曲。」



「花こそなかりけれ 清き姿 

 なれどゆくすえ 思えば悲し 」



春香は立ち上がるとハイネの詩を朗読する。

「葉山先生が歌っていた歌ね」

(葉山先生?)

一瞬清花の先生の誰かかと思ったがすぐに1人の人物を思い出した。

「葉山先生って花物語の白百合に出てくる葉山先生ですか?」

それは吉屋信子先生作の花物語の話の1つ白百合のヒロインつぐみが密かに憧れる美しき女性教師だった。

「ええ、貴女も読むの?花物語」

「はい、あの話が一番好きですの。そして葉山先生の歌う詞も」

「いらっしゃい。」

真澄は春香をオルガンの椅子に座らせると真澄も隣に座る。

「弾いてご覧なさい。」

真澄は春香の左手を握りそっと鍵盤の上に置く。白百合のつぐみが葉山先生から音楽室でピアノを習う一場面のように。





 翌日白い無地の振袖に桃色の袴に着替えた春香は真澄から借りたハンケチを振袖の襟元に入れる。

 お昼休み礼拝堂を訪れると案の定真澄がいた。

「ごきげんよう、またお会いしたわね。」

「ごきげんよう。こちらをお返ししようと思いまして。」

春香はハンケチを真澄に渡す。

「それから」

今度は封筒を取り出す。

「こちらも読んで下さい。」

真澄は受け取ると封筒を開く。中には手紙が入っていた。春香が昨晩書いたものだ。



「真澄様 

 突然のお手紙で驚かせてしまいすみません。

今日は短い間でしたが真澄様の礼拝堂で楽しい時間を過ごさせて頂きました。マリア様、又は葉山先生の姿にも似た貴女を慕わずにはいられません。

 もし嫌でなければ貴女をお姉様と呼ぶ事をお許しください。葉山先生とつぐみのように真澄様に純潔を誓いとうございます。

                須賀野春香」


真澄が手紙に目を通していく。

「ありがとう。春香。私でいいなら貴女を妹に。」


(ロザリオを交換するとエスになれるそうよ。)

雪の言葉を思い出す。

「あのロザリオを」

「ええ」

2人は十字架の前で向かい合うとロザリオを外す。最初に真澄が春香の首にロザリオをかけると次に春香が真澄の首にロザリオをかける。

 次の日から礼拝堂は2人が過ごす場所になった。オルガンを弾いたり賛美歌を歌ったり、すきな少女雑誌の話をしたり。

 あれから1年が経ち春香は2年生、真澄は最終学年の5年生になった。12月いつものように礼拝堂で歌っていた時だった。

「私上野の音楽学校に進む事にしたわ。」

上野の音楽学校、それは白百合で葉山先生がお出になった学校だ。

「お姉様も葉山先生と同じように音楽の先生になるのですか?」

「いえ、私は歌手になろうと思うの。」

「お姉様が歌手に?いつか帝劇に出演なさるのですね?」

「そうなったら一番前の席に招待するわ。」

真澄は笑っている。

「春香は何になりたいの?」

真澄の問いかけにはるかは黙って俯く。





 再び昭和12年

「あの時お姉様がそう聞いた時何と答えたらいいのか分かりませんでした。あの時はただお姉様と礼拝堂で過ごす日々が楽しくて先の事なんて考えた事はありませんでしたから。」

春香は女学校を卒業後両親の勧めでお見合いし結婚。夫は客戦の操縦士で航海に出てる事が多かった。

しかし3年前水難事故で亡くなった。

「夫の遺品を整理していた時に出てきたんです。女学生時代に好きだった少女雑誌やお姉様からもらった手紙、それから」

春香はロザリオを握る。

「それで夫の遺産でこのお店を始めました。」

「どおりで懐かしい雰囲気がしたのね。」

「清花の卒業生達が楽しかった乙女の頃に帰れるお店にする事、それが今の私の夢です。」


カランカラン


店内に女性客が3人入ってきた。1人は洋装で紫のドレスに白いジャケットあとの2人は和装だ。

「ごきげんよう」

春香が挨拶をする。

「ごきげんようって懐かしいわね。」

「女学校の頃思い出すわ。」

「だってこのお店の名前、私達の母校をフランス語にしたものですもの。」

「まあ、だから貴女このお店にしようって言ったの?」

「あら、貴女達だって即答で賛成してくれたじゃない。」


「ごきげんよう」

3人の席に春香がメニュー表を持ってやってくる。

「お姉様方も清花のご出身ですの?」

「ええ、ってでもどうして?」

紫のドレスの婦人は春香の胸元のロザリオに目をやる。

「もしかして貴女も清花のご出身?」

「はい、お姉様方。ここは清花高等女学校の日々を懐かしみ女学生の頃に戻れる場所です。どうぞ今だけ乙女の時をご堪能下さい。」


カランカラン

再びお客さんが来た。明美と同じセーラー服の少女が2人だ。

「ごきげんよう」

春香が女学生2人に一礼する。


「春香、混んできたようだし私はこれで失礼するわ。」

真澄が明美と共に席を立つ。

「お姉様、お姉様は歌手になったのですか?」

「ええ、でも。」

真澄は上野の音楽学校を卒業した後小さな音楽座に所属した。小さな舞台で歌う仕事はあったが芽が出ず当時演奏家だった男性と結婚。彼は今帝劇のオーケストラに所属してるという。

「宜しければここで働きませんか?歌手として。お姉様が賛美歌やローレライを歌ってくだされば皆喜ぶと思いますの。」

「ありがとう、気持ちは嬉しいけど今はいいわ。」

「そうですか。」

春香は少しがっかりする。

「でも、貴女のお姉様に戻りたくなったらまたお店に来てもいいかしら?」

真澄は着物の襟からロザリオを取り出す。春香があげたものだ。

「勿論です。ずっとお待ちしてます。」

「ありがとう、その時までごきげんよう。」

「ごきげんよう、お姉様。」

春香は真澄が明美と店を出るのを一礼して見送った。



                      FIN

某歌謡曲のオマージュです。

吉屋信子作花物語も入れてみました。ヒロインは原作は「私」とだけあり名前はありません。つぐみは作者オリジナルの名前です。

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