1-1 垂直な鳥籠
“今日も帝国ではたくさんの死者が出た”
モニターに映し出される数字を、ヴェンツェルは瞬き一つせずに眺めていた。
窓の向こうでは、選ばれた市民たちが「ハト連合帝国」の繁栄を謳歌し、降り注ぐ金の塵に手を伸ばしている。
一平方キロメートルに四二〇〇〇人
この極限の過密都市では、一人の命よりも、一単位の通貨の循環の方が重い。
「………これで、いい」
彼は自分を納得させるように呟いた。争うにはこの世界は重厚すぎた。
そのとき、視界の端で赤い何かが動くのを、彼は見逃さなかった。
建ち並び天を貫くビル群。その隙間に小さな少女が倒れていた。彼は少し迷った後に裏返った声で話しかけた。
「…大丈夫か?」
少女はびくともしない。見たこともない、あるいは、古代の文献でしか記述のないような布を纏った少女がゴミの集積所の前にボテっと転がっていた。
若くして教皇になったヴェンツェルはいつもならこういうときすぐに助けるのだが、あいにく今は建国記念祭に向かう途中で時間がない。
「すまない、後でまた来るから…」
立ち去ろうとしたその時、「それ」が微かに動いた。
建国記念祭に遅刻すれば怒られることは間違いないが、ここで立ち去るのはヴェンツェルの道徳心が許さなかった。
「今綺麗にするからな。」
教会に連れていき、清潔にしてから寝せようとフードを脱がせた。するとそこには赤い髪をした少女がいた。
ヴェンツェルは驚きのあまり後退る。
というのもここ、ハト連合帝国には世界平和連合(世平連と呼ぶ)の加盟国民は見つかり次第即刻死刑という恐ろしい法があるのだ。そして彼女の「赤い髪」というのがまさに帝国国民にはない世平連加盟国民の特徴なのだ。
「これはまずいことになった……」
やっとの思いで教皇という地位についたヴェンツェルは自分の地位と一人の命を天秤にかける余裕など持ち合わせていなかった。
「すまないが、君を治安隊に引き渡させてもらうよ。」
ヴェンツェルは少女を元着ていたボロ布のような服で包み、連れて行こうとする。すると少女が口を開いた。
「ここは、どこ?」
ヴェンツェルは目を見開いた。彼女の衰弱ぶりからして、意識が戻るまで少なくとも三日はかかると踏んでいたからだ。
彼は少し迷った後にこう言った。
「……ここはハト連合帝国のザンヴェレッフ教会本堂だよ。」
彼女はわかっていなかった。それもそうだ。彼女の身なりは世平連でよく見られる“奴隷”のそれだった。奴隷は外界との関係の一切を断たれる。こんな事情など知っているはずもなかった。彼は考え込んだ。治安隊に引き渡すのは、無垢な少女の命を捨てるも同然だった。一度言葉を交わしてしまえば、もはや他人事ではない。ヴェンツェルは彼女の瞳をじっと見つめ、己の決意を告げた。
「君のことは僕が守るからね」
彼女はわかっていなかったがそれでいい。それがいいのだ。こんなことを口走ってしまったからには教皇として彼女を守り抜かなければならない。
これから彼女と彼の葛藤の日々が始まる。
中3の初投稿です!
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