辺境の花の最推しは悪役令嬢です(フンスッ
王都の夜は、星よりも華やかだと辺境の花は聞いていた。
──実際、その通りだった。
豪華絢爛な光の海が、彼女の目の前に広がっていた。シャンデリアのきらめきが、その金色の輝きを増す。
煌びやかなシャンデリアの下、上流貴族たちの笑い声と音楽がゆるやかに混ざり合う。
そこに入場した瞬間、空気が張りつめた。
「……ご覧になって」
「まるで氷の女王のよう……!」
「黒紅のドレス! あれは──!」
ざわめきの中心にいたのは、一人の令嬢。
辺境の地・クレイジオ領の三女──ユーフィリア・クレイジオである。
***
黒紅の絹のドレスは、辺境の名産・黒蚕から織られた希少な逸品。
見事な光沢と艶が、ひときわ目を引く。
──父が誇らしげに「お前が一番映える色だ」と準備したものだ。
そして、ユーフィリア自身もため息が出るほどの美貌の持ち主だ。
銀色がかった淡い髪に、透きとおる肌。
凛とした切れ長の瞳に、自然と整った姿勢。
彼女はまるで、誰もが羨む完璧な令嬢そのものだった。
(うわ……王都の夜会、ほんとすごい……!)
──ただし、本人の内心はそんな優雅さとはまったくの別物だ。
(まさか……まさか本物の“悪役令嬢”とか“ヒロイン”みたいな人たちを見れる日が来るなんて!!)
彼女は筋金入りのロマンス小説オタクだった。
辺境の書店に時折届く安っぽいロマンス本の中でも、とくに『薔薇色ベール』シリーズの大ファン。
推しは悪役令嬢のイザベル。
悪役令嬢が散るときのあの優雅な一礼──あのシーンが見たい。
本物の夜会で、それを! この目で!!
それが今夜、彼女がこの場に立つ唯一最大のモチベーションだった。
***
「妹よ」
入場前、隣で腕を組んだ兄ジェラルドが低く囁いた。
「いいか、今回ばかりは──しゃべるな」
「えっ」
「お前は黙っていれば完璧なんだ。訛りも出ないし、早口にもならない。……いいな。推し活は心の中でやれ」
「……善処します」
ジェラルドは真剣だ。そして彼の懸念は正しい。
ユーフィリアは推し語りになるとテンポが倍になる。田舎訛りで。
***
王都で開かれるこの夜会は「デビュタント」、つまり社交界デビューの場である。
──だが、世間ではある噂が飛び交っていた。
曰く、この夜会は
王太子の婚約者を探すためのもの──だと。
実際、王太子の婚約話など決まっていない。
が、噂とはそれだけで力を持つ。
今夜、誰もが勝手に「ヒロインと王太子のロマンス」を妄想しながらこの場に集まっていた。
そして──ユーフィリアの登場が、その妄想に最高の燃料を投下したのだ。
「……あの目つき……悪役令嬢のよう」
「殿下の婚約者候補に違いないわ……!」
「ヒロイン役は誰になるのかしら」
(え、なにこの空気)
ユーフィリアが気づいた時には、すでに観客(貴族)たちの間で「悪役令嬢 vs ヒロイン」の構図が完成していた。
***
そのとき、ホールの入口にもうひとりの令嬢が姿を現した。
淡い金髪にリボンのついた水色のドレス。
ぱっと花が咲いたような笑み。
(……リディア枠だ……!)
ユーフィリアの中で鐘が鳴った。
リディア──それは『薔薇色ベール』シリーズのヒロインの名前。
今、目の前にいるのは、まさにそのイメージを地で行く少女だった。
リリィ・フォルモーザ伯爵令嬢。
彼女もまた、この夜を境に多くの人々に知られる存在となる。
***
「ごきげんよう、クレイジオ嬢」
ヒロインらしい、澄んだ声。
(キターーー!! 本物のヒロインだ!!)
心の中では狂喜乱舞だが、兄の「しゃべるな」の呪いが効いている。
結果、ユーフィリアの返答は短く、氷のように冷たいものになった。
「……そう」
──空気が凍った。
周囲がざわつく。
「始まった……!」
「悪役令嬢とヒロインの対峙だ……!」
(いや、対峙じゃなくて感激してるだけなんですけど!?)
***
一方のリリィも、勝手に震えていた。
(冷たい……やっぱり……この人が“宿命のライバル”なのね!)
リリィもまた、『薔薇色ベール』シリーズのファンだった。
ヒロイン推しで、リディアに自分を重ねてこの夜に臨んでいる。
目の前の美しい氷のような令嬢は、まさしくイザベルの再来。
(負けない……! リディアはいつだって、まっすぐだった!)
勝手に燃えるヒロイン。
感激する悪役令嬢オタク。
そして、両者を見守る王太子。
***
(……なんか……始まった?)
王太子エリオットは、完璧な笑顔のまま、内心で深くため息をついていた。
彼はただ、主催者として壇上に立っているだけなのに、
空気が勝手に“恋の三角関係”を作り上げていく。
(俺、今、何かに巻き込まれている気がする……なにもしてないのに)
***
その後も、リリィは何度かユーフィリアに話しかけた。
「素敵な夜会ですね」「殿下の御心は……?」と、
まるで恋の駆け引きのような、ヒロインらしい台詞を浴びせてくる。
だが、ユーフィリアはそんなことどうでもよくて、
会場の“悪役令嬢っぽい髪型”を探すことに夢中だった。
(あっ! 縦巻きドリルいた!! 本当にいるんだドリル!!)
(あれは取り巻きのクラリッサ枠だ……!)
視線があちこちに泳ぎ、表情はなぜか鋭く、冷ややか。
観客たちから見れば「氷の視線でライバルを睨みつけている」にしか見えない。
「ご覧になって……あの眼光……!」
「悪役令嬢が周囲を威圧しているわ!」
(推し観察してるだけなんですけど!?)
***
そして運命の瞬間は、あっけなく訪れた。
リリィがぽつりとつぶやいた一言──
「……その黒紅のドレス、まるでイザベルみたいね」
ユーフィリアの心臓が大きく跳ねる。
「……い、いま……イザベルって……!」
胸の中で長年温めてきた祭壇に、いきなり火が灯ったような感覚だった。
まるで呪文を唱えたように、二人の空気が変わる。
『薔薇色ベール』──その一言が、二人を仲間に変えたのだ。
「ヨナ先生……ご存じですか?」
「当然よ。あのシリーズ、大好きなの」
「わたしもッッ!!」
その瞬間、二人のテンションは跳ね上がった。
「あの御方の最期、尊すぎてもう芸術でしたわ!」
「鐘楼の場面は、まさに全巻コレクションの再編成を決意させられました!!」
「やっぱり三巻派ですか!? わたしもです!!」
周囲には何も聞こえない。
でも、目を輝かせて向かい合う二人の姿は──
まるで、恋の火花を散らしているようにしか見えなかった。
「……殿下が見守っていらっしゃる……!」
「いま、宿命の対決が和解に……!」
(いや、見守ってないし、和解じゃなくて「同志」になっただけなんですけど?)
誰も聞いていない。
***
王太子エリオットは思った。
(俺……いらなくない?)
完全に背景。
しかし、王都の社交界では、この夜を“殿下と二輪の花の夜”と呼ぶ伝説が生まれつつあった。
本人が何もしていないのに、ロマンスが完成していく──恐ろしい集団幻覚。
***
「ねえ、今度ちゃんと話しません? ヨナ先生のこと」
「えっ、いいんですか!?」
二人は嬉しそうに笑い合った。
ヒロインと悪役令嬢という構図は、いつの間にかオタク仲間の誓いへと変わっていた。
観客たちはそれを「友情と愛の共存」だと解釈したが、もちろん的外れである。
***
夜会が終わり、会場のシャンデリアが徐々に明かりを落としていく。
王都の社交界はすでにこの夜の話題で持ちきりになるだろう。
二輪の花。宿命の対決。友情の和解。殿下の選ばなかった愛。
そのどれもが、実情とは何一つ合っていない。
***
夜空を仰ぎながら、王太子エリオットは深く息を吐いた。
「……俺って今日、何してたんだろうな」
背後で、ヒロインと悪役令嬢が楽しそうに推し活の約束を交わしている。
噂は膨らみ、伝説となり、王都の人々の心の中で、彼は“ロマンスの中心人物”として語られるのだろう。
・殿下が選ばなかった愛
・氷の女王の、一瞬の優しさ
・二輪の花と、殿下の三角関係
──実際は、ただの被害者であるにもかかわらず。
夜風が吹き、黒紅のドレスの裾が揺れた。
この夜、辺境の花は“悪役令嬢”として──そして“オタク”として、確かに王都に咲き、伝説となった。
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