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辺境の花の最推しは悪役令嬢です(フンスッ

作者: 錆猫てん
掲載日:2025/10/13

 王都の夜は、星よりも華やかだと辺境の花は聞いていた。

 ──実際、その通りだった。


 豪華絢爛な光の海が、彼女の目の前に広がっていた。シャンデリアのきらめきが、その金色の輝きを増す。

 煌びやかなシャンデリアの下、上流貴族たちの笑い声と音楽がゆるやかに混ざり合う。

 そこに入場した瞬間、空気が張りつめた。


「……ご覧になって」

「まるで氷の女王のよう……!」

「黒紅のドレス! あれは──!」


 ざわめきの中心にいたのは、一人の令嬢。

 辺境の地・クレイジオ領の三女──ユーフィリア・クレイジオである。


***


 黒紅の絹のドレスは、辺境の名産・黒蚕から織られた希少な逸品。

 見事な光沢と艶が、ひときわ目を引く。

 ──父が誇らしげに「お前が一番映える色だ」と準備したものだ。


 そして、ユーフィリア自身もため息が出るほどの美貌の持ち主だ。

 銀色がかった淡い髪に、透きとおる肌。

 凛とした切れ長の瞳に、自然と整った姿勢。

 彼女はまるで、誰もが羨む完璧な令嬢そのものだった。


(うわ……王都の夜会、ほんとすごい……!)


 ──ただし、本人の内心はそんな優雅さとはまったくの別物だ。


(まさか……まさか本物の“悪役令嬢”とか“ヒロイン”みたいな人たちを見れる日が来るなんて!!)


 彼女は筋金入りのロマンス小説オタクだった。

 辺境の書店に時折届く安っぽいロマンス本の中でも、とくに『薔薇色ベール』シリーズの大ファン。

 推しは悪役令嬢のイザベル。


 悪役令嬢が散るときのあの優雅な一礼──あのシーンが見たい。

 本物の夜会で、それを! この目で!!


 それが今夜、彼女がこの場に立つ唯一最大のモチベーションだった。


***


「妹よ」


 入場前、隣で腕を組んだ兄ジェラルドが低く囁いた。


「いいか、今回ばかりは──しゃべるな」


「えっ」


「お前は黙っていれば完璧なんだ。訛りも出ないし、早口にもならない。……いいな。推し活は心の中でやれ」


「……善処します」


 ジェラルドは真剣だ。そして彼の懸念は正しい。

 ユーフィリアは推し語りになるとテンポが倍になる。田舎訛りで。


***


 王都で開かれるこの夜会は「デビュタント」、つまり社交界デビューの場である。

 ──だが、世間ではある噂が飛び交っていた。


 曰く、この夜会は

 王太子の婚約者を探すためのもの──だと。


 実際、王太子の婚約話など決まっていない。

 が、噂とはそれだけで力を持つ。

 今夜、誰もが勝手に「ヒロインと王太子のロマンス」を妄想しながらこの場に集まっていた。

 そして──ユーフィリアの登場が、その妄想に最高の燃料を投下したのだ。


「……あの目つき……悪役令嬢のよう」

「殿下の婚約者候補に違いないわ……!」

「ヒロイン役は誰になるのかしら」


(え、なにこの空気)


 ユーフィリアが気づいた時には、すでに観客(貴族)たちの間で「悪役令嬢 vs ヒロイン」の構図が完成していた。


***


 そのとき、ホールの入口にもうひとりの令嬢が姿を現した。

 淡い金髪にリボンのついた水色のドレス。

 ぱっと花が咲いたような笑み。


(……リディア枠だ……!)


 ユーフィリアの中で鐘が鳴った。

 リディア──それは『薔薇色ベール』シリーズのヒロインの名前。

 今、目の前にいるのは、まさにそのイメージを地で行く少女だった。


 リリィ・フォルモーザ伯爵令嬢。

 彼女もまた、この夜を境に多くの人々に知られる存在となる。


***


「ごきげんよう、クレイジオ嬢」


 ヒロインらしい、澄んだ声。


(キターーー!! 本物のヒロインだ!!)


 心の中では狂喜乱舞だが、兄の「しゃべるな」の呪いが効いている。

 結果、ユーフィリアの返答は短く、氷のように冷たいものになった。


「……そう」


 ──空気が凍った。

 周囲がざわつく。


「始まった……!」

「悪役令嬢とヒロインの対峙だ……!」


(いや、対峙じゃなくて感激してるだけなんですけど!?)


***


 一方のリリィも、勝手に震えていた。


(冷たい……やっぱり……この人が“宿命のライバル”なのね!)


 リリィもまた、『薔薇色ベール』シリーズのファンだった。

 ヒロイン推しで、リディアに自分を重ねてこの夜に臨んでいる。

 目の前の美しい氷のような令嬢は、まさしくイザベルの再来。


(負けない……! リディアはいつだって、まっすぐだった!)


 勝手に燃えるヒロイン。

 感激する悪役令嬢オタク。

 そして、両者を見守る王太子。


***


(……なんか……始まった?)


 王太子エリオットは、完璧な笑顔のまま、内心で深くため息をついていた。

 彼はただ、主催者として壇上に立っているだけなのに、

 空気が勝手に“恋の三角関係”を作り上げていく。


(俺、今、何かに巻き込まれている気がする……なにもしてないのに)


***


 その後も、リリィは何度かユーフィリアに話しかけた。

「素敵な夜会ですね」「殿下の御心は……?」と、

 まるで恋の駆け引きのような、ヒロインらしい台詞を浴びせてくる。


 だが、ユーフィリアはそんなことどうでもよくて、

 会場の“悪役令嬢っぽい髪型”を探すことに夢中だった。


(あっ! 縦巻きドリルいた!! 本当にいるんだドリル!!)

(あれは取り巻きのクラリッサ枠だ……!)


 視線があちこちに泳ぎ、表情はなぜか鋭く、冷ややか。

 観客たちから見れば「氷の視線でライバルを睨みつけている」にしか見えない。


「ご覧になって……あの眼光……!」

「悪役令嬢が周囲を威圧しているわ!」


(推し観察してるだけなんですけど!?)


***


 そして運命の瞬間は、あっけなく訪れた。

 リリィがぽつりとつぶやいた一言──


「……その黒紅のドレス、まるでイザベルみたいね」


 ユーフィリアの心臓が大きく跳ねる。


「……い、いま……イザベルって……!」


 胸の中で長年温めてきた祭壇に、いきなり火が灯ったような感覚だった。

 まるで呪文を唱えたように、二人の空気が変わる。

 『薔薇色ベール』──その一言が、二人を仲間に変えたのだ。


「ヨナ先生……ご存じですか?」

「当然よ。あのシリーズ、大好きなの」

「わたしもッッ!!」


 その瞬間、二人のテンションは跳ね上がった。


「あの御方の最期、尊すぎてもう芸術でしたわ!」

「鐘楼の場面は、まさに全巻コレクションの再編成を決意させられました!!」

「やっぱり三巻派ですか!? わたしもです!!」


 周囲には何も聞こえない。

 でも、目を輝かせて向かい合う二人の姿は──

 まるで、恋の火花を散らしているようにしか見えなかった。


「……殿下が見守っていらっしゃる……!」

「いま、宿命の対決が和解に……!」


(いや、見守ってないし、和解じゃなくて「同志」になっただけなんですけど?)


 誰も聞いていない。


***


 王太子エリオットは思った。


(俺……いらなくない?)


 完全に背景。

 しかし、王都の社交界では、この夜を“殿下と二輪の花の夜”と呼ぶ伝説が生まれつつあった。

 本人が何もしていないのに、ロマンスが完成していく──恐ろしい集団幻覚。


***


「ねえ、今度ちゃんと話しません? ヨナ先生のこと」

「えっ、いいんですか!?」


 二人は嬉しそうに笑い合った。

 ヒロインと悪役令嬢という構図は、いつの間にかオタク仲間の誓いへと変わっていた。

 観客たちはそれを「友情と愛の共存」だと解釈したが、もちろん的外れである。


***


 夜会が終わり、会場のシャンデリアが徐々に明かりを落としていく。

 王都の社交界はすでにこの夜の話題で持ちきりになるだろう。

 二輪の花。宿命の対決。友情の和解。殿下の選ばなかった愛。

 そのどれもが、実情とは何一つ合っていない。


***


 夜空を仰ぎながら、王太子エリオットは深く息を吐いた。


「……俺って今日、何してたんだろうな」


 背後で、ヒロインと悪役令嬢が楽しそうに推し活の約束を交わしている。

 噂は膨らみ、伝説となり、王都の人々の心の中で、彼は“ロマンスの中心人物”として語られるのだろう。


 ・殿下が選ばなかった愛

 ・氷の女王の、一瞬の優しさ

 ・二輪の花と、殿下の三角関係


 ──実際は、ただの被害者であるにもかかわらず。


 夜風が吹き、黒紅のドレスの裾が揺れた。

 この夜、辺境の花は“悪役令嬢”として──そして“オタク”として、確かに王都に咲き、伝説となった。


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