第二話:火曜日の昼とカップゼリー
彼は、今日も給食のデザートを落とした。
落としたのは、プルプルと揺れるオレンジゼリー。容器がふた付きの透明なプラスチックだったのが救いで、床に落ちても中身は無事だった。
……ただし、開ける前なら。
彼は、ゼリーの蓋をちょっとだけ剥がして、中の空気を抜こうとしていた。すると、隣の席のケンタに話しかけられた。
「なあ、おまえって、バナナで朝食済ます派?」
その瞬間、彼の指は蓋の力加減を見誤った。
ぱんっという軽い破裂音とともに、ゼリーの一部が宙を舞い、机、床、制服の袖にまで分散して着地した。
彼はしばらく言葉を失ったが、次にこうつぶやいた。
「……昨日のほうがマシだったな」
ゼリーの香りだけが、彼の敗北を甘く包み込んだ。
彼女――ミナミは、ちょうどその様子を横目で見ていた。
「うわー」と口には出さず、心の中で思うだけで済ませた。ミナミは、基本的に人前ではあまりリアクションをしない。けれど、心の中のツッコミはいつも活発だ。
昨日の朝に彼がくわえていたバナナ。
今日の昼にはゼリーが爆発。
彼女はノートの隅にこっそりこう書いた。
《観察記録:今のところ、週の前半だけで2件の“食”関連事故。金曜までにあと3件は期待できる。》
ミナミは科学クラブ所属。実験と記録が大好きである。
その少し斜め後ろの席、オオタくんは、ゼリーの爆発前から、その予兆に気づいていた。
彼はゼリーの蓋を剥がす瞬間、彼の指が少し汗ばんでいたことを目撃している。汗ばんだ指では、プラスチックの薄い蓋の“加減”を誤ることは、十分にあり得る。
さらに言えば、ケンタくんの声の大きさも問題だった。あれは不意に驚くに足る音量だった。
彼は内心でこう思っていた。
「……ゼリーって、意外とデリケートなんだな」
オオタくんはその日、図書室で「ゼラチンの科学」という本を借りていた。
ある意味、事件
日常とは、事件が起こらないことを前提として進んでいく。
でも、それは“誰かにとって”の話だ。
食べ物を落とした彼にとっては、今日はちょっとした事件だったし、
観察していた彼女にとっては、データの更新日であり、
静かに見ていたオオタくんにとっては、知的好奇心のきっかけとなった。
だからこれは、三人称視点で語られる――
ほんの小さな“非日常”。
そして、こうしたささやかなズレや違和感が、彼らの日常を少しずつ、少しずつ、変えていくことになる。




