二:清水陽菜と鈴木音也と推理部
瞬く間に昼休みになり、御神彩羽は隣の源幽玄に声をかけた。
「一緒にご飯行かない? ついでに先の話の続き。」
立ち上がろうとしていた源幽玄はその言葉を聞いて御神彩羽を見る。少女は背筋を正して少し緊張した様子で、大きな瞳をじっと彼に向けていた。数秒の沈黙の後、彼は言った。
「コンビニ?」
「うん、コンビニ。」少女はほっと息をつき、すぐに返事をした。
「じゃあ行こうわ。」そう言って源幽玄は教室を出て行き、御神彩羽もすぐ後を追った。
「なんか怖いな、あの二人。」
鈴木音也はそうぼやいて視線を戻し、隣に声をかける。
「清水は? コンビニ行く?」
「ごめん、佐藤先生が呼んでる、先に行ってて」清水陽菜は元気なく答え、背筋を伸ばして伸びをしてから立ち上がり、ドアへ向かった。
それを見て、鈴木音也も立ち上がり、彼女の後についていく。
「また部活のこと?」
「たぶん……ああああああ、もう面倒くさい!」清水陽菜はうんざりした様子で言う。
「頑張れよ、部長。」
「口先だけの励ましより、新入部員を何人か連れてきてくれた方が嬉しいけど。」
「俺だって一応頑張ってるんだぞ。」鈴木音也は弁解する。
「じゃあもっと頑張れ。」話しているうちに二人は階段に着き、清水陽菜は手を振った。
「じゃ、ここで。」
「おう、下で待ってる。」鈴木音也も手を振り、階段を降りて行った。
職員室に着いた清水陽菜は、開いたドアを軽く二回叩いた。
「佐藤先生」
昼休みの職員室には人影もまばらで、佐藤直美は肩までの長い髪を揺らしながら教材を整理していた。動作はきびきびとしていて、年の頃は二十五歳前後だろう。声に気付いた彼女は眼鏡を押し上げる。
「清水さん?少し隣の教室で待ってて、すぐ行きます。」
「はい」清水陽菜は力なく返事した。
隣の教室で一分も待たないうちに、先生がノックして入ってきた。
「ごめんね、昼休みを取らせちゃって」
清水陽菜の向かいの椅子を引き、先生は腰を下ろす。
「今回呼んだのはね、部活の話です。」
「やっぱり」清水陽菜は小声でつぶやき、眉をひそめて苦い顔をする。
「そんな顔してもダメですよ」
「推理部を潰そうとしてる人に、他の顔なんてできません」
「まるで私が悪者みたいに言わないですよ」先生はため息をつく。
「清水さんも知ってるでしょう、うちの学校の部活は一応最低五人で。今推理部は清水さんと鈴木くんしかないでしょう。来年は二人とも三年生になるし、試験勉強も大変になる。そろそろ諦めてもいい頃と思いますよ。」
「いやです」清水陽菜ははっきりとした口調で言った。「廃部なんて、絶対にいやです。」
「先生だってできれば廃部にしたくないけど、これは学校の決まりですから。」
「先生の権力でどうにかできませんか。」
「そんな権力先生もほしいですわ。」先生はまたため息をついた。「学校から、一週間以内に人数が揃わなければ解散すると決まりました。」
「一週間!?」清水陽菜は声を上げ、すぐに頼み込むように姿勢を変えた。
「もっと時間ください!」
「この前も一か月あげたでしょう」
「全然足りません!今は年度の途中で、みんなもう部活決めちゃってるし、入る気もない人ばかりです。来年新入生が入ってきたら、絶対入る人が出ます!」清水陽菜は身を乗り出して早口でまくしたてた。
「じゃあ今は解散して、来年人数が揃ったら再結成するってのはどですが?」先生が提案する。
「ダメです!」清水陽菜は即答した。
「じゃあ先生もどうしようもないですわ」先生は肩をすくめた。「もうだいぶ時間も経ったし、今日はそれだけ伝えに来たの。昼ごはん食べてきなさいね。」
「食べる気になれません」清水陽菜は拗ねたように言う。
「でも先生はお腹が空いています」先生は立ち上がり、椅子を机に押し込んだ。「あんまりここにいないようにですね。」
そう言って先生は去っていった。清水陽菜は悔しそうにスマホを取り出し、LINEを開いて鈴木音也とのトークに打ち込む。
「どこ?」
すぐに「いつもの場所」と返事が来る。清水陽菜は立ち上がり、制服のしわを整えてから椅子を机に戻し、教室を出てドアを静かに閉め、階段へ向かった。
「おまたせ。」
着いた場所で、清水陽菜は声をかけて鈴木音也の隣に座った。
「まずは食え」鈴木音也は目の前の焼きそばパンといちごミルクを清水陽菜の前に置く。
「ありがと。いただきます。」清水陽菜は遠慮なく、袋を破って大口でかぶりつく。まるで不満をぶつけるように勢いよく食べ進めた。
それを見て、鈴木音也は手にしていたパンを置き、いちごミルクにストローを刺して彼女の前に置く。
「ありがと。」清水陽菜は牛乳を手に取り、力強く吸い込んだ。紙パックが少しへこむほどだ。
「むせるぞ。」鈴木音也が注意する。
「むせて推理部が助かるなら、百回でもむせてやる。」口いっぱいに食べ物を詰めたまま清水陽菜は言う。
「飲み込んでからしゃべれ。」鈴木音也は呆れたように言った。「で、今どういう状況だ。」
「一週間以内に人数が揃わなければ廃部。」
「もう詰みだな。」
「絶対なんとかするわ。」清水陽菜は食べ物を飲み込み、きっぱりと言った。
ふと何かを見つけたように、清水陽菜の目が光る。
「あの二人、入部してくれると思う?」
視線の先をたどると、男女二人が並んで歩いていた。だが会話はなく、周囲には微妙な空気が漂っている。
その二人は源幽玄と御神彩羽だった。
「無理だ、絶対無理。諦めろ。」鈴木音也は即答する。
だが清水陽菜は引き下がらない。「はぁ~、試してみなきゃ分がないしょう。」
焼きそばパンをあっという間に食べ終え、ゴミを丸めてゴミ箱に放り込み、二人の方へ駆け出す。鈴木音也もため息をつき、同じように食べ終えて後を追った。
御神彩羽は隣の源幽玄を見ながら内心でため息をついた。食事中、何度も話しかけようとしたが、彼の無口な様子に打ち消され、結局最後まで一言も会話がなかった。
このままじゃいけないと口を開こうとした瞬間、一人の影が二人の前に立ちはだかった。
「えっと、今日はいい天気ですね!」
息を切らしながら、意味の分からないことを言う清水陽菜。
気まずい空気を察した鈴木音也がすかさずフォローする。
「そうそう、陽気で散歩日和だな」
「お二人も散歩ですか? 偶然ですね。」……ますます意味が分からない。
「何か用?」源幽玄は会話を続けず、単刀直入に聞いた。
「お二人はまだ部活とか入ってないでしょう、推理に興味ありませんか?よかったら推理部に入りませんか?」清水陽菜は早口で言い切り、期待の目で二人を見る。
「いいわ」源幽玄はすぐに答えた。
「え?」
「え?」
「やった!」即答に清水陽菜は声を弾ませ、笑顔をあふれさせる。
他の二人は信じられないという顔で源幽玄を見ていた。
「いや、聞き間違いだろ。あの無口男がそんなこと言うわけ……」御神彩羽は心の中で否定する。
御神彩羽が混乱している間に、鈴木音也も同じように首をひねっていた。
「御神さんは?一緒に入ってみない?」清水陽菜は興奮していて、二人の思考など気づきもしない。
「私は――」断ろうとした御神彩羽は、源幽玄の入部に別の理由があるかもしれないと思い直し、「……私も...入りましょうか。」
「え?」鈴木音也は思わず声を上げた。まさか二人ともOKするとは。
「やった!」清水陽菜はまたも声を上げた。「これで四人! あと一人だ。」
「入部届、私が用意してくるね。あとで教室で!」そう言って清水陽菜は走り去った。
「あと一人って?」御神彩羽が首をかしげると、鈴木音也が事情を説明した。
「なるほど。」御神彩羽も清水陽菜の喜びの理由を理解した。
「入ってくれてありがとう。」鈴木音也は二人に頭を下げ、「じゃ、俺も行くわ。」と清水陽菜を追って行った。
「なんで?」御神彩羽が尋ねる。
「別に理由はない。」源幽玄は淡々と答え、それだけ言って歩き出す。御神彩羽を置き去りにして。
その背中を見つめ、御神彩羽は一つの可能性を考える。推理部の廃部を知っていて、彼女を助けるために入部した……?
「まさか……」御神彩羽は首を振り、その考えを否定した。氷のような態度の彼が、人助けをするとは思えない。しかし他に理由も思いつかない。彼は自分のことをよく知っているのに、自分は彼のことを何も知らない。
ため息をした、御神彩羽も教室に向かって歩き始めた。




