7.プレッシャーとの戦い
翌日の午後、僕は美桜さんと待ち合わせた。場所は渋谷にある配信者向けの機材レンタルショップだった。
「隼人さん!」
美桜さんが手を振って駆け寄ってくる。今日はいつもの配信衣装ではなく、カジュアルな私服を着ていた。
「こんにちは。今日はありがとうございます」
「こちらこそ!それより、大丈夫ですか?なんだか顔色が...」
美桜さんは心配そうに僕を見つめた。確かに、昨夜はあまり眠れなかった。
「ちょっと緊張してるだけです」
「無理もありませんよ。急に28万人の注目を集めるなんて、私でも戸惑います」
美桜さんは優しく微笑んだ。
「でも、隼人さんなら大丈夫。昨日のスライムたちとの交流、本当に素晴らしかったです」
店内に入ると、最新の配信機材が所狭しと並んでいる。美桜さんは慣れた様子で店員さんと話している。
「今日は三人同時配信用の機材をお借りしたいんです」
「承知いたしました。星野様のご利用でしたら、最高品質の機材をご用意させていただきます」
店員さんが丁寧に対応してくれる。やはり美桜さんは業界では有名人なんだな。
「隼人さんも、何か必要な機材はありますか?」
「あ、僕は普通のカメラで十分です」
「だめですよ!今日は特別な配信なんですから」
美桜さんは僕の腕を引っ張って、高性能カメラの前に連れて行った。
「これなら、《モンスター視点モード》もより鮮明に映せるはずです」
確かに、画質が良ければ視聴者にも伝わりやすいかもしれない。
機材の準備を終えて、僕たちは近くのカフェで打ち合わせをした。
「黒崎さんのことですが...」
美桜さんが真剣な表情になった。
「彼は本当に実力のある配信者です。でも、少し頑固なところがあって」
「頑固?」
「配信者は強くなければならない、戦闘力こそが全て、みたいな考えの持ち主なんです」
美桜さんはコーヒーカップを両手で包みながら続けた。
「多分、隼人さんの配信スタイルが理解できないんだと思います。モンスターと戦わずに解決するなんて、彼にとっては『逃げ』に見えるのかも」
「でも僕、本当に戦闘は得意じゃないんです」
「それでいいんです。隼人さんの強さは、戦闘力じゃありません」
美桜さんは僕の目をまっすぐ見つめた。
「相手の気持ちを理解する力。それこそが、隼人さんの本当の実力です」
その時、カフェの入り口から長身の男性が入ってきた。黒髪で鋭い目つき、筋肉質な体格。
黒崎竜也だった。
「あ...」
美桜さんが小さく声を上げる。黒崎さんは僕たちを見つけると、まっすぐに歩いてきた。
「星野美桜に、桜庭隼人か」
低い声で僕の名前を呼ぶ。間近で見ると、やはり迫力がある。
「黒崎竜也だ」
「あ、は、初めまして。桜庭隼人です」
僕は慌てて立ち上がって頭を下げた。
「座ってくれ」
黒崎さんは向かいの席に座ると、僕を値踏みするような目で見つめた。
「昨日の配信、見せてもらった」
「ありがとうございます」
「面白い茶番だったよ」
その一言で、カフェの空気が張り詰めた。
「茶番って...」
「モンスターの字幕?あんなもの、CGか何かの演出だろう。視聴者を騙すようなことはやめた方がいい」
美桜さんが口を挟もうとしたが、黒崎さんは手で制した。
「美桜、君は純粋すぎる。この業界には、注目を集めるためなら何でもする奴らがいるんだ」
「でも、隼人さんは...」
「本物かどうかは、明日の配信で分かる」
黒崎さんは僕を見据えた。
「君が本当にモンスターと意思疎通できるというなら、証明してもらおう」
「分かりました」
僕は精一杯の勇気を振り絞って答えた。
「ただし、僕のやり方でやらせてください」
「やり方?」
「戦わずに解決する方法です」
黒崎さんは鼻で笑った。
「戦わずに?ダンジョン配信で戦わずに何をするんだ?」
「対話です」
僕の答えに、黒崎さんの表情が険しくなった。
「対話...ふざけているのか?」
「真剣です。モンスターにも心があります。戦う理由があります。それを理解すれば、きっと分かり合えるはずです」
「馬鹿馬鹿しい」
黒崎さんは立ち上がった。
「明日の配信で、君の『対話』とやらがどれほど通用するか見せてもらう。期待しているぞ」
そう言い残して、黒崎さんは店を出て行った。
「隼人さん...」
美桜さんが心配そうに僕を見つめる。
「大丈夫ですか?」
「はい。でも、やっぱり緊張しますね」
「隼人さんは間違っていません。私も、隼人さんの配信を見て、考えが変わりました」
「考えが変わった?」
「はい。今まで私は、モンスターを倒すことばかり考えていました。でも隼人さんの配信を見て、気づいたんです」
美桜さんは窓の外を見つめながら続けた。
「モンスターも私たちと同じ、生きている存在なんだって。心があって、感情があって、きっと大切にしているものがあるんだって」
「美桜さん...」
「だから、明日は隼人さんと一緒に、新しい配信の形を作りたいんです」
美桜さんの言葉に、僕の心は温かくなった。理解してくれる人がいる。それだけで、どんなに勇気をもらえることか。
「ありがとうございます。頑張ります」