3.バズる瞬間
ダンジョンの出口まで、あと半分ほどの距離だった。美桜さんは僕の肩にもたれながら、ゆっくりとした足取りで歩いている。
「すみません、重くないですか?」
「全然大丈夫ですよ。それより、体調はどうですか?」
「ありがとうございます...優しいんですね」
美桜さんの言葉に、僕は少し照れてしまった。普通のことをしただけなのに。
視聴者数を見ると、もう3万人を超えていた。コメント欄は知らない人たちのメッセージで埋め尽くされている。
```
匿名:この配信者、みおりんに優しすぎる
匿名:イケメンじゃないけど紳士的
匿名:モンスターの字幕はマジで何?
匿名:新機能の実験配信?
匿名:でもやらせには見えない
匿名:みおりんの反応もガチっぽい
ポテチ:そらまめくんはいつも優しいよ
だんご:新しい人たち、そらまめくんを見守ってね
ねこまる:みんなでそらまめくんを応援しましょう
```
常連の3人が新参の視聴者たちを案内してくれている。なんだか温かい気持ちになった。
その時、前方の分かれ道で《危険察知》が軽く反応した。でも今度は、敵意ではなく...好奇心?
「あれ?」
茂みの向こうから、ひょこっと小さな青いゼリー状の生き物が顔を出した。スライムだ。
すると、また配信画面に例の小窓が現れた。
『スライムB:(興味深そう)あ、人間だ...この人、嫌な感じしない...近づいてみようかな...』
スライムは僕たちの周りをぷるぷると跳ねながら回り始めた。攻撃ではなく、まるで歓迎しているかのように。
「可愛い...」
美桜さんが小さく微笑んだ。
「こんなに人懐っこいスライム、初めて見ました」
『スライムB:(嬉しそう)褒められた!この人たち好き!仲間に教えてあげよう!』
するとスライムは森の奥に向かって、ぷるぷると大きく震えた。まるで何かを呼んでいるかのように。
すぐに、3匹のスライムが現れて、僕たちの周りで楽しそうに跳ね回り始めた。
『スライムC:(好奇心旺盛)本当だ!優しい人間!』
『スライムD:(人懐っこい)一緒に遊ぼう!』
『スライムE:(心配そう)女の人、疲れてる?大丈夫?』
**視聴者数:47,259人**
```
匿名:スライムが心配してる...
匿名:可愛すぎて死ぬ
匿名:これ本物の字幕??
匿名:AIでも作れないレベル
匿名:スライムと会話してる...
匿名:新時代の配信者現る
匿名:みおりんも癒されてる
匿名:このチャンネル登録した
ポテチ:スライムさんたちも優しい
だんご:みんな仲良し♪
ねこまる:動物も人も、心は同じなのね
```
「すごいです...」
美桜さんが感動したような声で呟いた。
「私、今まで何百回もダンジョン配信してきましたけど、モンスターがこんな風に...まるで友達みたいに接してくれるなんて」
そう言われても、僕には理由が分からなかった。ただ、《モンスター視点モード》のおかげで、彼らの気持ちが手に取るように分かるだけ。
スライムたちは僕たちが歩く道の両脇に並んで、まるで護衛のように付いてきてくれた。
『スライムB:(親切)安全な道、教えてあげる』
『スライムC:(案内)こっちの方が歩きやすいよ』
**視聴者数:68,543人**
7万人近い視聴者が見守る中、僕たちはスライムたちに案内されながらダンジョンの出口へ向かった。
途中、小さな段差があった時は、スライムたちが柔らかいクッションになってくれた。美桜さんが足を滑らせそうになった時は、素早く支えてくれた。
「ありがとう、みんな」
僕が心から感謝を込めて言うと、スライムたちは嬉しそうにぷるぷると震えた。
『スライムB:(照れくさそう)どういたしまして!』
『スライムC:(得意げ)役に立てて嬉しい!』
『スライムD:(満足そう)また遊びに来てね!』
ダンジョンの出口が見えてきた。スライムたちは名残惜しそうに僕たちの周りを回った後、洞窟の奥へと戻っていった。
『スライムたち:(一斉に)また来てね〜!気をつけて〜!』
「また来ますね!ありがとう!」
僕が手を振ると、美桜さんも一緒に手を振ってくれた。
**視聴者数:89,234人**
```
匿名:泣いた
匿名:スライムたちお疲れ様
匿名:こんな配信初めて見た
匿名:モンスターとの友情に感動
匿名:登録者数3人から9万人...
匿名:伝説の瞬間に立ち会った
匿名:この人絶対バズる
匿名:みおりんとのコラボも最高
ポテチ:そらまめくんはずっと前からこういう人
だんご:でもこんなにたくさんの人に見てもらえて良かった
ねこまる:スライムさんたちも喜んでたね
```
ダンジョンゲートを出ると、美桜さんは安堵の表情を浮かべた。
「ありがとうございました。おかげで無事に帰れました」
「いえいえ、大したことしてませんよ」
でも美桜さんは首を振った。
「大したことじゃないなんて。あなたは...…」
彼女は一度言葉を切って、真剣な目で僕を見つめた。
「あなたは、ダンジョン配信の常識を変えるかもしれません」
**視聴者数:102,847人**
ついに10万人を超えた。いつもの3人から、10万人。
僕はまだ、この数字の意味を完全には理解できずにいた。
でも確実に言えることは、今日という日が、僕の人生を変えてしまったということ。
そして、《モンスター視点モード》という謎の機能が、これからの僕の配信を、いや、ダンジョン配信業界全体を変えていくということだった。
「あの...」
美桜さんが恥ずかしそうに俯いた。
「今度、一緒に配信させていただけませんか?もっと、あなたのやり方を学びたいんです」
人気配信者から、そんなお願いをされるなんて。
僕は慌てて頷いた。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
画面の向こうの10万人が見守る中、僕と美桜さんの約束が交わされた。
これが、のちに「みおそら☆チャンネル」として語り継がれる伝説的なコンビの、最初の出会いだった。
配信を終えて家に帰る道すがら、僕はまだ夢を見ているような気分だった。
スマホを見ると、チャンネル登録者数が15万人を超えている。
そして、企業からのコラボオファーメールが山のように届いていた。
僕の世界は、たった一日で完全に変わってしまった。
でも一つだけ、変わらないものがあった。
それは、視聴者のみんなと一緒に楽しい時間を過ごしたいという気持ち。
3人だった時も、10万人になった今も、それは変わらない。
明日からどうなるのか分からないけれど、きっと大丈夫。
僕には、《モンスター視点モード》がある。
そして何より、応援してくれる視聴者のみんながいる。
家に着くと、母さんが心配そうに迎えてくれた。
「隼人、今日は遅かったのね。配信はどうだった?」
「うん...ちょっと、いつもと違うことがあって」
僕は今日の出来事を簡単に話した。母さんは最初信じられないという顔をしていたが、スマホでチャンネルを確認すると、目を丸くした。
「本当に15万人...隼人、すごいじゃない」
「でも、一時的なものかもしれないよ」
「そんなことないわ。隼人は昔からお友達思いで、優しい子だったもの。きっと、その優しさが伝わったのよ」
母さんの言葉が胸に温かく響いた。
そうだ。僕は何も特別なことはしていない。
ただ、目の前にいる人...いや、モンスターも含めて、困っている相手に手を差し伸べただけ。
《モンスター視点モード》は確かに不思議な機能だけれど、大切なのはそれじゃない。
相手の気持ちを理解しようとすること。
それが一番大切なことなんだ。
その夜、僕は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。
明日から始まる新しい生活に、少しの不安と、大きな期待を抱きながら。