2.運命の出会い
光の正体は、洞窟の一角にぽっかりと空いた小部屋だった。中は天然の鍾乳石に囲まれた美しい空間で、床には清らかな湧き水が溜まっている。
「わあ、綺麗な場所ですね。隠し部屋みたいです」
```
ポテチ:すご〜い!
だんご:秘密基地みたい
ねこまる:神秘的〜
```
カメラを部屋の中に向けていると、背後から足音が聞こえた。《危険察知》が軽く反応する。敵意のない、疲れた足音だ。
振り返ると、金髪ツインテールの可愛らしい女の子が洞窟の入り口でよろめいていた。配信者らしい装備を身に着けているが、顔は真っ青で今にも倒れそうだ。
「だ、大丈夫ですか?」
僕は反射的に駆け寄った。配信のことなんて完全に忘れて。
「あ...ありがとう、ございます...」
女の子は安堵の表情を浮かべて、その場にぺたんと座り込んだ。
「機材が壊れちゃって...迷子になっちゃいました...」
よく見ると、この子は——
「え、もしかして、星野美桜さん?」
みおりん☆channelの星野美桜。登録者120万人の超人気配信者だ。僕なんかとは格が違いすぎる雲の上の存在。
「は、はい...でも今は配信してないので、普通に美桜でいいです」
美桜さんは恥ずかしそうに俯いた。人気配信者なのに、意外と人見知りなのかな?
「あの、お疲れのようですが...」
その時、僕の配信がまだ続いていることを思い出した。視聴者数を見ると——
**視聴者数:247人**
え?
```
匿名:え、みおりんじゃない?
匿名:本物??
匿名:みおりんの配信から来ました
匿名:この配信者誰?
ポテチ:そらまめくん、有名人と遭遇!
だんご:美桜ちゃん大丈夫?
ねこまる:優しく介抱してあげて
```
コメント欄が一気に賑やかになる。知らない人たちのコメントがどんどん流れていく。
「あの、美桜さん、僕の配信に映ってしまってますが...」
「え?あ、すみません!でも今はもう配信どころじゃなくて...」
美桜さんは本当に疲れ切っているようだった。配信のことより、まずは彼女を安全な場所まで送らなくては。
「わかりました。まずは入り口まで戻りましょう。支えますから」
**視聴者数:1,247人**
数字がどんどん増えていく。でも今はそれどころじゃない。
美桜さんの肩を支えて歩き始めた時、《危険察知》が軽く反応した。振り返ると、茂みの向こうに緑色の小さな影が見えた。
ゴブリンだ。
でも敵意は感じない。むしろ...怯えている?
普通なら美桜さんを守るために戦闘態勢を取るところだ。でも《危険察知》は「危険なし」を示している。不思議だった。
そんな時、突然配信画面に異変が起きた。
画面の右下に小さなウィンドウが現れ、そこには——
**ゴブリンの視点**が映し出されたのだ。
そして画面下部に、信じられない文字が流れた。
『ゴブリンA:(怯えている)人間怖い...でも子どもを守らなきゃ...』
は?
モンスターの...心の声?
```
匿名:え?今のなに?
匿名:ゴブリンの字幕出てた?
匿名:システムエラーの影響?
匿名:新機能??
ポテチ:そらまめくん、何が起きてるの?
```
僕も混乱していた。こんな機能、聞いたことがない。
でも、ゴブリンが怯えていることは分かった。僕たちを攻撃しようとしているんじゃない。ただ、通り道を塞いでしまって困っているだけなんだ。
「あの、大丈夫ですよ」
僕はゴブリンに向かって優しく声をかけた。
「通りたいだけなので、ちょっとだけ道を開けてもらえますか?」
ゴブリンは驚いたような顔をしたあと、慌てたように茂みの奥に下がった。まるで「すみません」と言っているかのように、何度も頭を下げながら。
『ゴブリンA:(安堵)良い人間だった...ありがとう...』
画面にまたゴブリンの心の声が表示される。
**視聴者数:8,734人**
```
匿名:今のマジで感動した
匿名:ゴブリンお疲れ様
匿名:戦わずに解決??
匿名:この配信者すげえ
匿名:みおりんも見守ってる
ポテチ:そらまめくん優しい!
だんご:ゴブリンさんも可愛かった
ねこまる:やっぱり話せばわかるのね
```
「すごい...」
美桜さんが小さく呟いた。
「モンスターと対話するなんて...初めて見ました」
対話?僕はただ、普通に接しただけなのに。
でも確かに、画面に表示された『心の声』のおかげで、ゴブリンの気持ちが手に取るように分かった。これは一体...
「とりあえず出口まで行きましょう」
美桜さんを支えながら歩いていると、視聴者数はさらに増え続けた。
**視聴者数:15,432人**
いつもの3人から、1万5千人。
僕は、まだ理解できずにいた。
今日という日が、僕の人生を完全に変えてしまったことを。
そして、僕だけが持つ《モンスター視点モード》が、ダンジョン配信業界に革命を起こすことになるなんて。
でも今は、ただ美桜さんを安全な場所まで送ること。それだけを考えていた。
画面の向こうで、数万人の視聴者が見守る中——
僕の伝説は、こうして静かに始まったのだった。