鏡に映る姿
宮殿に戻った色歌は、洗面所の鏡の前で身だしなみを整えていた。
涙の跡が残っていた顔を洗い、軽く寝癖のついた髪を櫛でとかしていく。
「可愛くないな、今日」
鏡に映る自分の姿を見つめ、色歌は困った表情を見せる。
もっと不細工になった。
「私はどうしたら良いですか……?」
鏡の世界を生きるもう一人の自分に問いかける。
言葉は返ってこない。
不安そうに私を見つめるだけで、何も教えてくれなかった。
「あ、色歌さん! おはようございます」
元気な声が聞こえた方に目を向けると、小鈴が会釈してくれた。
いつも三つ編みにしている茶髪を下ろしていて、椿の髪飾りもまだしていない。
「おはようございます。今日は雰囲気が違いますね」
「……? そうですか?」
「髪型も違いますし、小春とお揃いの髪飾りもつけてないじゃないですか」
「今から結ぼうと思って来たところです……さっき、起きたので」
小鈴は椿の髪飾りを見せると、丸い目をぱちぱちとさせた。
「……髪を結んだら私も可愛くなれますか?」
「色歌さんは羨ましいくらい可愛いですよ!? 自信持ってください!」
「それなら良いんですけど……」
「何かあったんですか? 色歌さん変ですよ」
「変な顔ですみません」
「そ、そんなこと言ってません! 本当に、どうしたんですかぁ……?」
困ったように立ち尽くす小鈴は、心配そうな声を漏らす。
そこへ遅れて小春もやって来た。
「おはようございます」
小春も髪を下ろしていて、少し眠そうな表情をしている。
「ねぇ、色歌さんが変なの!」
「……そう?」
「うん。なんかおかしい」
「やっぱり、私は頭がおかしいんですね……お医者さん、病人は私です」
小鈴の言葉に反応した色歌は、俯きながら右手を挙げて居場所を示す。
残念な姿を晒す色歌に歩み寄った小春は、同じように右手を挙げた。
「私が医者です」
「小春!? 多分、遊びじゃないよこれ!」
洗面所に響く小鈴の驚いた声。
しかし、様子がおかしい色歌と、寝起きの小春には届かない。
お医者さんごっこが始まった。
「今日はどうしました?」
「はい。頭がおかしいみたいなんです。あと、顔も変みたいで……」
手を洗った小春は、小さい手でぺたぺたと色歌の体に触れていく。
そして、何かを理解したように頷いた。
「残念ですが……重い病のようです」
「そ、そんな……私は助からないんですか?」
「治す方法が一つだけあります」
呼吸を整えた小春は、真面目な声で告げる。
「髪を結ぶと良いです。他の人の髪も結ぶともっと良いです」
「髪を結んでもらいたいだけでしょ!?」
小鈴の声を聞いて、小春は表情を緩めた。
微笑ましい二人の姿を見て、色歌も笑みを浮かべる。
「ふふっ。ありがとうございます。元気出ました」
「私は医者ですから」
「まだ続けるの!?」
誇らしげに胸を張る小春と、驚いた表情で姉に駆け寄る小鈴。
仲良く笑い合う双子姉妹の姿は、癒されるくらい可愛かった。
「せっかくなので、お医者さんの言う通りにしますね。他の人の髪を結んであげると尚良いらしいんですけど、結んで欲しい人います?」
いつもの調子が出てきた色歌は、小悪魔的な笑みを浮かべて問いかける。
すると、二人揃って勢い良く手を挙げた。
「では、そこに座ってください」
洗面所の小さな椅子に二人を座らせて、それぞれの髪型を作っていく。
小春は編み込んだ髪を一つに束ねて、小鈴は三つ編みのおさげを作る。
二人の髪を編み込んでいる時間は心も落ち着いてくれて、余計な事を考えずにいられた。
これから忙しくなる事を分かっている。
だからこそ、穏やかな気持ちで居られる時間を大切にしたい。
双子姉妹の髪を結び終えた色歌は、最後にお揃いの椿の髪飾りをつけてあげる。
「出来ました」
いつもの姿になった二人は、鏡に映る自分の姿を確認する。
子供らしく素直な笑顔を見せると、小春と小鈴は声を弾ませた。
「ありがとうございますっ」
「可愛いです!」
喜ぶ二人を見て表情を緩めた色歌は、引き出しから桜色のリボンを取り出した。
「私も髪を結んでから向かうので、先に行ってて良いですよ」
色歌に促されて、支度を済ませた二人は洗面所を出て行った。
再び一人になった色歌は、可愛い髪型を作ろうと手を動かし始める。
長い髪を櫛を使って整えながら、一つの束にするようにまとめていく。髪色に近い髪留めで一度結び、 最後に桜色のリボンを飾りつけた。
鏡に目を向ける。
そこに居たのは、可愛さに溢れた一人の女の子だった。
綺麗な色のリボンで一つ結びにしただけなのに、別人のように輝いて見える。
普段髪を結ばない事もあって、鏡に映る自分の姿は新鮮だった。
「え、可愛過ぎません?」
色歌の問いかけに、鏡は無言を貫き通す。
冷たい対応をされたのに、不思議と心は温まっていた。




