魔術塔の最上階に私の推しは居る
甘めです。ザマァ要素なほぼ無いです。
図書室から裏庭を見る。そこにはきゃっきゃうふふと頭をお花畑化させた逆ハーレム。それを見て、今更ですが、本当に今更なんですが!自分が悪役令嬢だったんだろうな、多分。と気付いた。まぁ、びっくり。知らぬ間に私は異世界転生していたらしい。
私、ミラージュ・エルノット。王立魔法学園三年生の、あと卒業まで一週間と言った身の上だ。
私にも一応婚約者は、居た。眼鏡枠の嫌味野郎だ。既に婚約者はヒロインちゃんに攻略され済みなので最早名前は割愛する。
これは向こうの有責確実でしょ。この時期になって婚約破棄して、良い物件の殿方が残っているかとかとりあえず知った事か。
ヒロインちゃん、逆ハールート目指してるのかな?肉食だな。
というか後々が怖くないのかな?此処は現実なんだから、逆ハーなんて許される訳ないと思うんだけどなぁ。一応本命とか居るのなら、是非うちの元婚約者をよろしくお願いしたい。今更、万一、返されても非常に困る。
私にはもう関係ない。だって私にも推し様が居る!一刻も早くそのご尊顔を拝みたい。
私はいそいそと魔術塔を登り始めた。
魔術塔は高い。この世界にはエレベーターなんてないし、気軽にほいほい行く場所ではない。
それでも私は最上階に居る推し様を一目だけでも見たい。あわよくばお声を聞きたい。
その一心で最上階まで登って来たものの、なんて言って入れば良いんだろう?そもそも此処は完全に推し様のプライベートルーム。推しの嫌がる事はしたくはない。でも会いたい。私は扉の前でウロウロと行ったり来たりして悩んでいた。
「そなた、我に用があるなら入ればいいじゃろう」
しばらくして、完全に呆れきった声の推しがちょこんと扉から顔を出した。
「可愛い!本望です!お母さんありがとう!」
「確かに我は可愛いが、そなたぶっちゃけ過ぎぬか?」
「すみません!この世界で良かった事が今初めて起きたもので」
艶々の黒髪、アメジストの様に綺麗なぱっちりな目。小さい手足。可愛い。転生万歳、推し万歳!
出来る事なら推し様の真の姿もこの目で見たいが、あれは全てのエンディングを迎えた者のご褒美の様なもの。ヒロインにあっさり婚約者を奪われた私にはもったいないです、はい…。
「まるで他所の世界から来た様な事を言うの」
ヤバっ、流石推し。千年生きてるだけある、勘が鋭い。
「まぁ詮索はせぬよ。そういう事もあろう。久しぶりの客じゃ。茶と菓子を用意してやろう」
「砂漠の様な心に優しさが染み渡る…」
「ホッホ、そなたもあの破廉恥に婚約者を奪われた口か」
「そうなんです。今となってはあんなに簡単に浮気する男なんかもうどうぞどうぞって感じですけど」
「強い子じゃ。我嫌いじゃないよ」
「ありがだぎじあわぜ…」
「そんな号泣せずとも…可笑しな子よのぅ」
出してもらった紅茶を一口いただく。
「もっとはやく思い出したかった」
「うん?」
「そうすれば先生ともっと沢山お喋り出来たのに」
「可愛い事を言うのぅ。卒業はもう来週か」
「あーあ。あんな男に未練なんか全く無いけど、断罪は嫌だなぁ」
「……断罪?」
「それとも、修道院とか行く羽目になるのかな。もしくは何処かのおじさんの後妻とか?やだなぁ…私は、セリアス先生が好きなのに」
「……」
「ずっと好きだったのに、一回しか会えないなんて、不公平だ。ううん、一回会えただけでも、私は幸せだと思わなくちゃ。けど本当は…私がセリアス先生を幸せにしたかったなぁ…」
私は自分が何を話しているのか意識していなかった。本音が勝手にポロポロと口から溢れてる、そんな感じ。
「我より先に死んじゃうのに」
その声は、何処か拗ねた様な、それでいて、寂しそうで。
「それでも、だからこそ。貴方に私があんな事言ってた、この季節には何をしてた、そんな風に思い出して、それで、笑ってくれる様な存在になるのが夢だったんです」
「いつの時代も人の子は身勝手よの」
「すみません。でも、好きな人に少しでも多く、幸せな思い出を残してあげるのが、私の、夢で…」
「もう良いよ。身勝手なのは我も同じ。覗き見てすまなかった」
気が付いたら翌日だった。私は授業を終えるとまた魔術塔を登り始める。
「いや、でも流石に2日連続は迷惑か…」
「そなたなかなか脚力があるの」
「愛故にですかね!」
「そう口説くでない。照れるじゃろ」
「照れてくれます!?それならこの想いの丈を吐き出しても!?」
「とりあえず落ちつけ、茶と菓子を出してやるから、良い子で待つんじゃ」
「はーい!」
セリアス先生が鼻歌を歌いながらお茶を淹れてくれる。
私はその歌を知っていた。ゲームのエンディングテーマだ。何故先生がエンディングテーマを?
というか、え?今エンディングなの??
いやいやまさかね!まだ卒業式まであと五日あるし!
「何より、私は選べる立場じゃないし」
「急に弱気な事を。どうした?奴に未練があったか?」
「まさか!私の心はセリアス先生のものですから!もうずっと昔にあげてしまったので、返品も出来ないんです」
「ホホホ、詐欺師じゃのぅ」
「ただの押し売りですよ、でも…」
セリアス先生を見つめる。貴方の心に少しでも届きますように。
「私の心はずっと傍に居ますから。貴方の傍に置いてくれますか?心だけでも構いません。ずっと、貴方と寄り添って居たいんです」
上手く笑えているだろうか。
私の推しは、好きな人は、千年以上生きる、とても孤独な人なのだ。
この魔術塔で、千年前の王妃様との約束を守って、ずっとこの学園を見守ってきた、一途な人。
羨ましいな、私も、この人の心に残れるだろうか。千年なんてわがまま言わないから…。
「……どうしたものか」
「はい?」
「えー、我ちょっとチョロくない?流石に二日で堕ちるのはちょっとなぁ」
「あの??」
「しかもこっちは無自覚じゃし。でもなぁ、もう後悔するのは嫌じゃしなぁ」
「セリアス先生?」
「あ、そうじゃった。名前すら聞いてないじゃん我」
「ミラージュですよ。呼んでくれますか?」
「…ミラージュちゃんさぁ」
「はい」
「もし、我が嫌だって、もう置いて逝かれたくないから一緒に生きてって言ったら、覚悟出来る?」
「え!?そんな事出来るんですか?」
「んー、まぁ、一生一度奥義的に出来なくはない」
「それは、あの、セリアス先生も私を好きになってくれたと言う事です…?」
セリアス先生が頭を抱える。
「初恋じゃから、正直これが恋なんだか情なんだか分からんのじゃ」
「ぐぅっ!」
「え、どうした」
「ときめきが過ぎて死ぬかと」
「死んじゃ許さないからね」
「…私、どういう立場におさまります?弟子とか?」
「え?お嫁さんじゃなくていいの?」
「およめざんにじでぐれるんでずが」
「ワァ滝の様な涙。泣くでない泣くでない。我世間に疎いんだけど、こういうのご両親に挨拶に行くべきじゃよね?」
「待って、怒涛の展開に私の頭がついていけてない」
あれ?こんなルート無かったよね?
でもここは現実なんだから、こういう事が起きる可能性はゼロじゃないのかな?
私、人やめる?セリアス先生の為にやめられる?
「ミラージュ」
「え」
そこには大人姿のセリアス先生が居た。
え?やばい、普通にときめき死する。
「息をせい」
「はっ、忘れてました…」
「そなたは、面白い女じゃ。きっと一緒に居ったらもう退屈せずに済むじゃろう」
ギシリとセリアス先生が私の座っているソファーに両腕をつく。
ん、んんん!壁ドン的な!?距離近いです。これは、もしや、本当に、口説かれているのでは?
「卒業式のエスコートは我がしよう。もうあのような男に触らせぬ様に」
「……なんのご褒美ですか」
セリアス先生の指がふにっと私の唇に触れる。
「ご褒美を貰うのはこちらの方よ。千年待ったかいがあった。良き出逢いに感謝を。今はまだ生徒だから待ってやるが、卒業したら、本気で口説くから覚悟せいよ」
「……お待ちしてます」
「ホホ、結婚式はやはり真っ白のドレスよの。ちょっとセンスが古臭いかも知れぬが許してくれるか?」
「幸せで死んじゃう」
「大丈夫じゃ、そう簡単には死ねぬ身にさせてもらうからな」
「あの…その奥義?はセリアス先生に負担にはならないですか?」
「…ミラージュちゃんさぁ」
「は、はい」
「ちょっと味見させてもらうけど、我悪くないよね」
「え?んぅ…!」
き、キスしてる?嘘、本当に?
本当に、愛してくれたんだろうか?
「…流石に泣かれちゃうと我、ちょっと凹むんじゃけど」
「う、嬉し泣きなのでお気になさらず…」
セリアス先生は驚いた様に目をパチパチすると、ふはっと珍しく、破顔した。
「可愛い」
卒業式、本当にエスコートしてくれたセリアス先生が、断罪イベントをめちゃくちゃにして。
ちょっと懲らしめちゃった、てへ!と茶目っ気に言って。一番ズタボロなのが自分の元婚約者だった事にきゅんとしてしまった。
そして私は長い、長い時間を生きる事になる。
とは言っても、セリアスの残りの時間の半分を私に分けてくれる術だったらしく、何百年くらいだそう。
「セリアス!今日は入学式だね!」
「そなたはいつも元気じゃが、今日はより一層張り切っとるな」
「今年は何人この塔を登ってくる生徒が居るかな?」
「…なんじゃ、我だけじゃ物足りなくなった?」
「え、無い無い!そうじゃないよ!昔の私を思い出しただけ!もっと早く登っていれば良かったなぁって思って」
「春が来れば、新品の制服に、緊張した面持ちのそなたを思い出す」
「え?」
「夏は十年前、学園にプールを作ろうと暴走したそなたを」
「ゔっ」
「秋には月を切なげに見上げていた、ミラージュを。何処かに行ってしまわぬかと心配で仕方なかった」
「…そんなこと、ないのに」
「冬、二人揃って校庭に巨大雪だるまを作ったら、あやつ意思持っちゃって大変じゃった」
「大変だったけど、ようやく溶けた時にはなんか泣いちゃった」
セリアスが私を見て不敵に笑う。
「そなたの望んだ我になっただろう?ご褒美は無いのか?」
私もくすりと笑いながらセリアスの膝の上に乗る。
「私の旦那さまは何が欲しいの?」
その長い指が私の頬をすりすりと撫でる。
「そなた」
「もうあげた」
「もっと」
「ふふ、はい、どーぞ」
魔術塔の最上階には、何十年経っても甘い夫婦が住んでいる。
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