STORIES 044:ユー・アー・ローリング・サンダー
STORIES 044
夏に向かう時期、行事やイベントで和装の参加者に囲まれる機会が増える。
華やかな女性陣の浴衣姿。
男性陣は甚兵衛や作務衣なんかも多いかな。
着ているものに応じて所作も変わったりするから…
ちょっとした仕草にドキッとしたり、ね。
それだけじゃなく…
夏祭りの夜、薄明かりに照らされた笑顔とか、露店から漂ういろんな香りとか、そんな遠い記憶も蘇ったり。
和装を見ると、なんだか懐かしさに包まれたりもする。
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とある音楽イベントの会場。
この日も、和装やアロハシャツ、夏らしい装いの参加者が多く集まった。
機材チェックの待ち時間に、少し間が空いていた。
そこで、ステージの上でスタンバイする演者に…
夏の思い出や恋バナで少し間を繋ぐようにと、指示が出される。
恋の話かぁ…
あんまりいい思い出はないんですよね。
そう前置きして、彼はゆっくりと思い出すように話し始めた。
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小学校低学年の頃、同じクラスの女子と仲良くなったんです、ちょっと気になる存在で。
でもね、基本的にシャイなので…
友達として、休み時間とかによく話はしたんですけど、それ以上のことは何もなかったんですよね。
どうすることもできなくて、日々だけが過ぎて。
そしてそのうちに、僕らは中学生になったんです。
もちろん何も進展はなくて、片思いのまま。
でもね、2年生の春、同じクラスになれたんですよ。
これはもう、そろそろ動かないとダメなんじゃないかと。
修学旅行のときに、ダメ元で告白しようと。
何故かな、中高生の頃って…
修学旅行とか体育祭とか、学校のイベントをきっかけに、告白しようと決心する人、多いですよね。
なんとなく、上手くいきそうな気がするのかな。
全然、自信なんてなかったんですけど。
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それで、思い切って自分の気持ちを伝えると…
彼女は、少し考えてからこう答えたんです。
ちょっと時間が欲しい。
友達としては好きだけれど、特別な存在として意識したことはなかったから、ということですかね。
もちろん、待つよ、そう返しました。
もう何年もずっと温めてきた気持ちを伝えられたのだから、少し待つくらい、なんでもないじゃないですか。
でもね…
一日過ぎて、一週間が終わって、一ヶ月が経って。
いつまで待てばいいのかな。
本当に待ってるだけで大丈夫なのかな。
そんな焦りというか不安というか…
ダメならダメで、せめて返事だけでも欲しいじゃないですか、落ち着かないし…
そうこうしているうちに、夏になってしまったんです。
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それでね…
そのまま長い長い夏休みが明けて新学期が始まったとき、とてもショックな出来事が起こりました。
そのコ、夏休みの間に引っ越しちゃったんです。
どこか遠くへ。
何の前触れもなく…そんなことってあります?
何年も何年もかけて、少しずつ大きくなっていった気持ち、それをようやく伝えられたのに、って。
遠くに離れてしまうというのは…
中学生にとってはどうにも解決できないことで。
夏の終わりに、恋も終わってしまったんだ、と。
せめて、もっと早く伝えられたら良かったんですけど。
なんというか、僕にはそういう間の悪いところがむかしからあって。
だから…
恋の話と言っても、あまりいい思い出はないんです。
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機材の調整、チェックが終わる。
ちょうどいいタイミング。
この曲は夏の歌じゃないし、今日は演るつもりなかったんだけど…
そう前置きして、彼らは歌い始めた。
力強く、時にコミカルに。
アリスの、有名なあの曲だ。
誰かの恋の話って…
どうしてこんなに面白いんでしょうね。