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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第三章 宮廷遊戯

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わたしが聖女であるならば

アリア・ルトゥム

 フォルセティ家の領地から、遥か離れた帝都まで、必死にアリアは戻ってきた。他に、行く場所などない。

 聖女の力は、戦闘より数時間後に手元に戻ったが、引き返し再び戦いを挑む気力は残っていなかった。再びイリスに近づけば、同じことが起こると、アリアは確信していた。だから逃れた。逃げることは許されないと知りつつも――。


 裏手から城に入ったが、ルカは抜け目なく見抜いていた。

 すぐに部屋に呼ばれ、戦いの顛末を知らせる羽目になった。


 深夜にも関わらず、彼の執務室には仕事をしていた形跡がある。アリアの報告を、ルカは足を組み、腕も組み、目を閉じ眉間に皺を寄せながら、自身の椅子に座り聞いていた。彫像のように美しい人だと、アリアは思う。


 聞き終えて、彼は言う。


「シューメルナの総量が、イリスと拮抗したか、下回ったのだろう。なぜ取り込まなかった?」


 慎重に、アリアは答えた。


「あれを飲む度に、わたしの体が死に近づくように思います。戦闘前に命を失っては元も子もありません。魔力はわたしが持っていましたし、まさか奪われるなんて、思いませんでした」


 ルカは目を開け、険しくアリアを見た。


「イリスは、生き残ろうとする意思がお前よりも遥かに強い。どんな手を使ってでも、お前を上回ろうとするだろう。最悪の場合を想定して動けと言ったはずだ」


 決して言葉にはしないだろうが、ある意味ではこの男もイリスを尊敬し、認めているのだとアリアは思った。ディミトリオスが現れなければ、今もイリスを重用していたはずだ。

 ルカは立ち上がり、奥の戸棚に置いてある、鍵のかかった金庫の中から、アリアにとっては見慣れた水晶結晶を取り出した。


「幸い、ネルド=カスタから奪った水晶結晶はまだ残っている。飲みやすいように、この私が自ら粉にしてやろうか?」


 彼の手から自分の口に、粉薬が押し込まれる様は、さぞ甘美な瞬間だろうと思ったが、アリアは首を横に振った。


「いいえ、自分でやります」


 水晶を渡しながら、ルカは言う。


「次はない。奴らは帝都までやってきて、オーランド様を殺すだろう。そうはさせない」


 アリアは唇を噛み締めた。


(あの夢のような人は、わたしの伴侶になるんだもの。殺させるわけにはいかないわ)

 

 準備は整っていたはずだった。

 テミス家とディミトリオスを葬り去り、アリアが聖女にも、それから皇妃にもなるはずだった。

 彼らが逃げたとしても、教皇庁がアリアを聖女だと認めてくれれば、国内外は、アリアの味方になるはずだった。

 現法皇のヘイブンは、リオンテール家の子飼いだったから、そちらも問題なく進むはずだった。


 手の中の水晶を見つめながら、アリアはルカに問いかける。


「ヘイブン法皇はなぜ、リオンテール家の言葉を聞き入れないのでしょうか? 彼は何を考えているのです?」


「時間の問題だ。いつまでも歯向かうつもりはないだろう」


「すぐにでも彼に伝えてください」


「あの男はエンデ国に引きこもっていて、こちらの問いかけには一切応えようとしない。ヘイブン家を反逆の罪で牢にいれると脅してもな――」


 ルカは実際にヘイブン家を牢に入れたが、アウグフェロ・ヘイブンに効果は無かった。

 エンデ国は不可侵だ。誰も手出しはできない。ヘイブンを待っている時間はなかった。


「わたしを、絶対に皇妃にしてください。皇妃にしてくださるのなら、なんだってやります。わたし、幸せになりたいんです」


 ルカは微笑んだ。冷酷な笑みだと、アリアは思う。


(この人の残酷さを知っている。自分以外、誰も信じていない人。オーランド様さえも……)


 貴族というものは、例外なくそうだ。 

 それでもアリアは、ルカに出会った時から今まで、これほど素晴らしい男はいないのだと考えていた。ルトゥム家を訪れた彼が一番始めにしたことは、暴力ばかり振るう父を永遠に消したということだ。

 彼に従えば、四六時中腹を空かせることも、誰かに体を売ることも、もうしなくていい。


 一瞬でも魔法が消え失せたことを、城の誰にも悟られるわけにはいかなかった。だがそれでも、噂は広まっているらしかった。


 曰く、やはり本物の聖女はイリス・テミスではないか。

 曰く、ディミトリオスの治世では、誰も飢えることはない。

 曰く、死者ルシオ・フォルセティが蘇った――。


 賄賂と策略で城をうろつく、贅沢ばかりを覚えた貴族達は、当然、反ディミトリオスを掲げていた。アリアのこともまた、聖女として扱っていた。

 日に日に、ディミトリオスは帝都に近づいてくる。恐れをなして、城から逃げ出した貴族もいるほどだ。彼は、恐るべき脅威だった。

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