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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第三章 宮廷遊戯

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愛ってやつさ

 アリアは、感情を抑えた声で答えた。


「わたしは皇帝陛下の命令に服従している、従順な帝国民だもの。わたしは正しい。だって聖女になるのも、皇妃になるのも、あなたじゃなくてわたしだから。ルカ様は約束してくれたわ。わたしに何でもくれるって。二度と貧乏には戻りたくない。わたしには聖女になる才能があった。力を得たからそれを使う。あなたと一緒。それだけよ、何が悪いの?」


 その瞬間だった。アリアの瞳が、ギラリと輝く。一瞬のことだった。アリアが魔法陣を出した。

 目の前のディマに向かい、閃光がきらめく。――守らなきゃ! 防御魔法を使おうとしたけれど、今度はわたしの魔力が失せていた。今は、どちらからも、聖女の魔力は生じていない。


 ディマはアリアから身を離すと、防御魔法を使う。アリアが放ったのは聖女の魔法ではなく、普通の攻撃魔法だったから、ディマはそれを防ぐことに成功していた。


 でも、アリアの狙いは彼だけじゃなかった。わたしの目の前にも、魔法陣が出現した。やはり防御の魔法がわたしには使えない。避ける時間も、魔法で身を守ることもできない。


「この間抜けがッ!」

 

 その声とともに、わたしに体当たりをした人がいた。赤毛が目の前に現れて、一瞬の後、彼の体を引き裂いた。


 見るとエルアリンド・テミスだ。彼がわたしを庇ったのだ。


 振り返ると、彼が率いて来たらしい味方の兵士たちが、ぞろぞろとやってきていた。こちらでの異変を感じ取り、エルアリンドは駆けつけたらしい。


 瞬間、アリアが再び逃げ出した。空間転移や瞬間移動ではなく、彼女自身の足で逃げていく。


「イリスも私も無事だ! こちらに構うな! それよりもアリア・ルトゥムを逃がすんじゃない!」


 エルアリンドのその声を聞いたディマは、わたしが本当に無事であるか確認するようにさっと頭から足まで視線をすべらせると、小さく頷き、兵士から馬を借りると、数人引き連れ追いかけた。


「うぅ……」


 エルアリンドは、短いうめき声を上げると、地面に横たわった。傷は内蔵まで達していて、明らかな致命傷だと分かる。治癒魔法をかけようとしても、わたしには魔力の欠片さえなかった。

 エルアリンドはディマに治癒魔法を頼む間も惜しみ、アリアを追いかけさせたのだ。勝利への貪欲さこそ、彼が生き残ってきた理由だった。だけど――


「ごめんなさい。わたし、さっきまで魔法が使えていたの。でも今、また使えなくなって――……あなたを治すことができない。誰か、魔法を使える人はいませんか!」


 しかし兵士たちは首を横に振る。

 エルアリンドが苦笑した。血の泡が、口の端に浮かぶ。


「イリス――はじめから君に、期待などしていない。ここにいるのは、下っ端の、魔法も使えない、ならず者の兵士たちだ」


 エルアリンドはわたしの手を、恐ろしい強さで握ると、咳き込み口から激しく血を吐いた。彼の血が、わたしの服を赤く染めていく。


「だがこの働きは勲章ものだろう。いいかイリス、私の名誉を回復させろ。教会に言い、破門を取り消せ! ……私の、二人の元妻と娘達に、私の働きに報いるだけの年金を与えろ。誓えイリス! お前の生が私の死の上にあるということを忘れるな……!」


 いつかエルアリンドがわたしを訪ねた、その理由はこれだったのだ。妻と娘へお金を渡して、自らの名誉を回復させる。


「必ずそうするわ。だから、もう何も心配しないで」


 わたしが言うのを確認してから、エルアリンドは目を閉じた。力強かった彼の体から、魂が抜けていくのをはっきりと感じた。

 兵の中には、すすり泣く者さえいた。わたしには、敵だったときもあった。でも少なくとも彼らにとって、エルアリンドはいい指導者だったに違いない。


 味方も敵も入り乱れ、誰もが信じたもののために死んでいく。

 だけど、これではだめだ。そう思った。


「馬を貸してください!」


 兵士の一人にそう声をかけると、馬を借り、アリアを追いかけた。

 アリアとディマの魔法が交差する気配がする。気配は近い、すぐ側の森の中だ。


 やがてアリアの叫び声が聞こえた。

 

「シューメルナ! このアリアこそがあなたの子供! あなたの力をわたしに与えなさい!」


 目を向けると、木々の中に、アリアとディマが向かい合っている姿が見えた。アリアは手を天高くかざしている。彼女に、聖女の力が戻っているのを感じた。

 

「そうはさせないわ!」

 

 なぜ聖女の力がアリアとわたしの間を、こうも短時間に行ったり来たりするのか分からない。もしかするとシューメルナ自身も、どちらが選ばれた聖女なのか、混乱しているのかもしれない。

 でも少なくとも、この瞬間は、わたしに再び力があった。


 アリアが放った攻撃魔法の方向を逸らした。

 魔法は森の中へと方向を変え、木々を削り、地面に巨大な穴を開ける。


「アリア! 降伏しなさい!」

 

 アリアが再び魔法を放つ。それを今度もわたしが防ぐ。森はどんどん形を変える。

 さながらラジオの混線のように、わたし達の魔力は、交互に出現し続けた。けれどそれも、徐々にわたしに収束していく。


「くっ……」


 最後にアリアが顔を歪めながらも使った魔法は、瞬間移動だった。わたし達の目の前から、アリアは消え失せる。追おうとしたけれど、既に気配は根絶していた。


「だめ。追えないわ」


 わたし達が帝都から逃亡した際、魔法の痕跡を消す魔法陣を作り上げ使用したけれど、その術式は、既に向こうにも知れているらしかった。

 首を横に振るわたしに向かい、ディマは信じられないものを見たような表情で、言う。


「イリス、聖女の魔力が戻っているのか?」

 

 ルシオを前にして呆然としていたディマでは、もうなかった。

 わたしは彼に頷き返す。

  

「ええ。だから、争いを止めに行かなくちゃ」


 眉を顰めたまま、ディマは拒否する。


「イリスを戦場に出すわけにはいかない」


「ううん。これはわたしの戦いでもあるから」


 わたしはディマの、手を握った。次には二人、乗っていた馬ごと平原の争乱の最中にいる。

 わたしは飛び交う矢を止め、兵士たちの動きも止めた。いつかと同じ、手だった。


 驚き、わたしたちを見る彼らの中を、ディマと共に走る。


「争いは終わりです! これ以上の血は不要です! 降伏しなさい! 大変な戦いだったでしょう。あなた達はよく耐えた! ですがもう、終わったのです! わたし達は、あなた方を受け入れます!」

 

 わたしは魔法の手を緩める。


 敵兵達が、次々と剣を地面に置いて、そのまま体さえ、地面にひれ伏した。咽び泣いている者さえいる。


 ――聖女様だ。やはり彼女が、本物の聖女様なんだ。

 誰かが、そう囁いた声がした。


 囁きは細波となり、誰もがわたしに目を向けた。異様な静寂が戦場を包む中、彼らは全て、降伏した。


 魔法を終わらせた瞬間、わたしは激しくむせた。

 いつかのように血は出ない。


「……けほ」

 

 代わりに血にまみれた小さな水晶が、口から飛び出た。なんだろうと思いディマを見ると、わたしの手の中の水晶を、彼もまた、凝視していた。

 


 こうして、フォルセティ家領地における戦闘は、おびただしい数の戦死者を出し、終結したのだ。



 ゆっくりしている時間はなかった。

 わたし達はすぐに、フォルセティ家の本陣があった場所まで戻る。彼らの遺体を確認しなくてはならなかった。

 ファブリシオ・フォルセティとその長男の死を確実に確認してから、わたしはルシオの遺体を確認する。


 それは、微かな違和感だった。


 彼の体に耳を当てると、急いでディマに向かい、大声を上げた。


「ディマ! 心臓が動いているわ!」


 エルアリンドの遺体を確認していたディマは、勢いよく振り返り、こちらに駆け寄り、ルシオの体を、激しく前後に揺さぶった。


「ルシオ! おい起きろ!」


 瞬間、気だるそうに、ルシオ・フォルセティは目を開けた。


「くそ、うるさいな。なんなんだよ……」


 ルシオは呆然としているようにも見える。体を起こすと、眉を顰めた。


「気色悪い気分だ。俺は死んだかと思ったが」


 泣き笑いのような表情を浮かべたディマが、彼に言う。


「死んだよ……! でもまた戻ってきたんだ! 治癒魔法が間に合っていたんだ!」


 ディマの言葉に、ルシオは破れたシャツをさらにめくり、傷一つない自分の腹を確認する。


「ディマ、お前が俺を治したのか」


 ルシオはせせら笑う。


「愛ってやつか」


 ディマは、泣きながら彼を抱きしめた。


「ああ、ああ! 愛ってやつさ……!」

  

 皆が静まり返っていた。この奇跡を、どう受け止めて良いのか、誰も分からないようだった。


 しばらくそうやって抱き合っていたディマとルシオだったけど、ルシオが突然悲鳴を上げ体を離した。彼は胸を露出させる。


「なんだコレ、胸に生えてる!」


 治癒魔法が間に合った。そんな単純なものではないのかもしれない。

 彼の心臓付近には、わたしが首から下げている結晶とよく似た小さな水晶結晶が、びっしりと隙間なく生えていたのだ。 




「じゃあ、もう本当に魔法は無いんだな?」


 テントの中で、わたしの体をあちこち点検した後で、ディマはそう問いかけてきた。


「うん……」


 嘘ではない。戦闘が終わって数時間。今再び、わたしは魔力を失っていた。

 側で聞いていたルシオは言う。


「しかしパフォーマンスとしては最高の出来だった。やはり聖女はイリス様じゃないかって、兵等は思いを改めたようだ。あれだけの力を目の当たりにしたらそりゃそうなるだろうな。第一、死者を蘇らせられる人間が、普通のはずがない」


「……けれどルシオさんだけだったわ。他の方は、無理だったもの」


 テントの中でわたしたちを見ていたミアは、小さく笑った。


「仕方のないことだわ。奇跡はそうそう起こらないから、奇跡と言うのでしょうから」

 

 ルシオの身の上に起こった蘇りは、他の人間には起こらなかった。

 例えばファブリシオや、エルアリンドに試したけれど、彼らの魂は戻らない。悔しさも悲しみもあった。


 理由をつけるとしたら――わたしとアリアの間を行き来した聖女の力が、あの場で混乱に混乱を極めて、完璧な状態で傷の治ったルシオの体に、一部流れ込んだということだろうか。

 闇の魔術を行使して、わたしはルシオを蘇らせた。

 水晶達も謎だ。わたしの体からも、ルシオの体にも、突如出現したように思える。


 ルシオが胸に生えた水晶をぼりぼりと掻き毟ると、小さな水晶結晶はポロポロと剥がれ落ち、地面にこぼれていった。気味悪そうにそれを見ながら、ルシオは言った。


「止まるわけには行かない。考えるのは後だ。俺の蘇りも、イリスの魔力も、そうしてフォルセティ家の没落も、死者を悼むことも後回しだ。このままの勢いで、帝都を制圧するんだ」


 ディマはルシオに頷いてみせる。


「ルシオ。君の言うとおりだ。希望は捨てない。僕なら……僕らならできる」


「聞こえていたのかよ」


 恥ずかしいからやめてくれ。そう呟いて、ルシオは天を仰いだ。



 ◇◆◇



 フォルセティ家側の兵士のほとんどが、ディミトリオス側に寝返った。

 ルシオの言葉通り、わたしの魔力を目撃した兵士らは、やはりイリス・テミスが聖女なのではないかと囁きあった。囁きは村へと伝播し、街と街の間へと広がった。


 味方は、どんどん増えていった。

 道すがら、皇帝陛下万歳と、ディマに声をかける者もいた。道は拓かれ、皇帝側の兵士すらディマに向かい敬礼し、それをディマは、静かに受け取った。

 

 国中が、ディミトリオス・フォーマルハウトを認めた瞬間だった。


 そうして数日後、わたし達は、帝都の前まで、やってきた。おそらくは、最後の戦いの舞台となる、その場所まで。

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― 新着の感想 ―
ルシオおおおおおおお✧\(>o<)ノ✧ 胸にびっしり生えた結晶を掻き毟ってぽろぽろ落ちるところを想像すると背筋がゾワゾワしました笑笑 集合体恐怖症ってやつか……?
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